Season企画小説
Lの襲来・4
イヤな予感がした。
どう説明していいかワカンネーけど、とにかく、追いかけなきゃいけねーような気がした。
「おー、アイツどうしたん?」
榛名が、三橋の消えた階段をアゴで差す。
「いや、トイレ行くつって……」
「ははっ、観戦中にビール飲みまくったんじゃねぇ?」
榛名の能天気なコメントに、周りのクルーも笑ってる。
それを無視して階段の方を見てると、「大丈夫だって」って言われた。
「アイツ、NY長ぇんだろ? ガキじゃねーんだから心配し過ぎんなよ、過保護」
ガキじゃねぇってのは確かにそうだけど、過保護って言われるとムカッとする。
確かに三橋はオレより在米歴長ぇし、日本語なまりは強いけど、一応喋れる。日本語も英語もドモってはいるけど、頼りねぇって訳じゃねぇ。
1人でトイレ行って戻って来るくらい、できるだろう。そう……ハンバーガーだって、試合開始前に1人で行って買って来た。
でも何か、どうにも気になって、インタビューにも集中できなかった。
『榛名投手は、どんな少年でしたか?』
「ああ……横暴でした」
言葉を選ばず、頭に浮かぶまま答えながら、愛想笑いを貼り付ける。
どうせ、まんま放送することもねーんだろうし。後は編集に期待することにした。
ようやく解放されたのは、10分かそこら経ってからだったと思う。三橋はまだ戻ってなくて、榛名もさすがに気になったんだろう。
「あれ、アイツ、戻って来ねぇじゃん」
そう言って、バックボードの時計にちらっと目をやった。
「トイレ、混んでんじゃねーか? まあ普通、球場出る前にドッと行くよな」
そう言ったのは、河合だ。
日本と違って公衆トイレがあちこちに点在してねーから、施設や店を出る前に、確かに行っとくこともある。
ケータイに電話をかけたけど、コール音がするだけで出ねぇ。でも、もしかしたら周りの騒音のせいで、音が聞こえねーのかも知れねーし。よく分かんなかった。
「迷子になってんなら電話するだろ」
高瀬にそう言われ、「……っスね」とうなずきながら、階段を睨む。けどやっぱ、これ以上じっと待ってはいらんなかった。
「どうする? 待ってもいいけど、気になるんなら手分けして探すか?」
河合の申し出に、「いえ」とオレは首を振った。確かにその方が早いだろうけど、行き違いになんのが怖ぇ。
「ちょっと見て来るんで、すんませんけどここにいて貰えませんか?」
2人に頼んで、大股で階段に向かい、コンコースへと駆け降りる。
観客席はだいぶ人が減ったけど、そんでもコンコースはやっぱ、人の波にあふれてた。売店っつーより、グッズショップが混んでんだろうか?
ノベリティショップの行列をすり抜け、すぐ横のトイレに入ってみたけど、三橋の姿は見当たんねぇ。
「三橋!」
大声で呼んだけど返事がねぇから、個室にも入ってねぇらしい。
じゃあ、もっと向こうのトイレだろうか?
「三橋! いたら返事しろ、三橋!」
思いっ切り日本語で呼ばわりながら、人の群れをかき分ける。
どいつもこいつも三橋と同じ青いシャツで、紛らわしいことこの上ねぇ。そう言うオレも同じだから、文句言うこともできねぇ。
「三橋!」
もっと先にあるトイレを目指し、できる限り急ぎながら、キョロキョロ視線を巡らせる。
トイレに行くつったんだから、トイレにいるんだろう。そう思うのに、心配で仕方なかった。
万が一ここではぐれたって、人混みが落ち着いてから電話してみればいい。最悪、アパートメントに帰れば会える。分かってんのに、不安だった。
まったく榛名に関わると、ろくなことがねぇと思う。
そういや前の年末年始も、榛名のせいで似たような状況になったっけ。
甘いもんが食いたいとか何とかってワガママ言って……オレだけ買いに行かされて。戻ったら2人ともいなくて。混雑しすぎて電話は通じねーし、人混みはスゲーし、どこに言ったかワカンネーしで焦ったよな。
そうか、こんなに不安なのは、あん時のことがあるからか?
不安で寂しくて仕方ねぇって顔して、人混みん中で一人ぼっちで、泣きそうになってた三橋の顔が記憶に残ってるからだろうか?
泣いてねぇといい。
笑ってて欲しい。
せっかくの野球観戦、いい思い出だけ覚えてて欲しい。
こんなこと言ってたら、また榛名に「過保護か」って笑われるかな?
それでも大事にしてーんだ。奇跡のように見つけた理想の恋人。ずっと大事にして側にいて、ずっと一緒に暮らしてぇ。
せっかく掴んだあいつの手を、放して見失ったりしたくねぇ。
走るのをやめ、壁にもたれて、オレはもっかい三橋のケータイに電話した。ムダに怒鳴ったりしねーで済むよう、コール音を聞きながら、深呼吸を1つする。
耳に押し当てたケータイから、ルルルルル、と軽い音を数回繰り返して聴いた時――。
『は、はい』
少し高めの声が聞こえて、思わずその場に座り込みそうになった。
『うお、ごめ、い、インタビュー、終わった?』
「……おー。今、どこだ?」
口調に気を付けつつ訊くと、迷子を案内中らしい。
『う、うちの学校の教え子、で。家族とはぐれちゃったらしい、んだ』
そんな理由を聞いてしまえば、「そうか」としか言いようがねぇ。
三橋はオレの恋人だけど、それ以前に日本人学校の理事の先生で。オレと教え子とどっちが優先かなんて、訊くまでもなく明らかだった。
「連絡は取れたんか?」
『う、うん。6番ゲートで待ってる、って。送り届けたらすぐ戻る、から』
6番ゲートつったら確か、1塁側の方のゲートだ。じゃあこの人混みん中、ぐるっとあっち側まで回ってんのか。
大変だな、と思いつつ、「分かった」つって苦笑する。
迷子になってんじゃねーかと思って心配してりゃ、迷子の世話してたなんて。予想外で笑えた。
そうだよな、ふわふわして一見頼りねーけど、三橋はあれでも「先生」だ。
英語だってできるし、いい加減土地勘もあるだろうし、ガキでもバカでもねーんだし、心配することは何もねぇ。
「じゃあ、元の席で待ってっから、廉。Loving you」
電話の向こうで『ふおっ』って声が聞こえたけど、オレは無視して電話を切った。
ヤキモキさせられたんだし、こんくらいの意趣返しは当然だろう。
教え子の手ェ引いて真っ赤になってる三橋の姿が、目に浮かんでおかしかった。
(続く)
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