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Season企画小説
Lの襲来・3
 残念ながら、榛名が打たれたホームランボールを、キャッチしてやることはできなかった。
 誕生日だからって、気合入ってたんだろうか? 今日の榛名は相手打線を4安打無失点に抑えて、なかなかの好投ぶりだった。
 代わりにキャッチされたのは、7回の表、榛名の打ったホームランだ。

 カン、と打ち上がった白球と共に、湧き上がる歓声。
 マウンド上のピッチャーが振り向いて空を仰ぎ、バックスタンドに入るのを見届けて、首を振る。
 ホームランボールをキャッチしようと、グローブを持ってる客も持ってねー客も、派手に騒ぎながら打球の軌跡を追った。
 見た瞬間から、こっちの方向に来るっつーのはすぐに分かった。もうミットを置いてからずいぶん経つのに、やっぱ、高く上がる白球を見ると、無意識に構えそうになっちまう。
 捕れる、と思った体が左に傾き、河合の肩にぶつかって、ハッとした。
 その河合が構えてたのは、使い込まれたキャッチャーミットで……そこに吸い込まれるように、ぽすんと白い硬球が落ちる。
 河合の横に座ってた高瀬と、オレの横に座ってた三橋が、同時に立ち上がって、歓声を上げた。
「ス、スゴイ、ねっ!」
 興奮した三橋に抱き付かれ、「ああ」と答えつつ肩を抱く。グローブのこと、後悔してももう遅い。

 妙に可愛らしい笑みを浮かべ、捕った球を高く掲げる河合。その河合に抱き付く高瀬も、そしてその横で抱き合うオレたちの姿も、バッチリとカメラに映ってた。

 そのことを知ったのは、試合の後、TVや雑誌のインタビューを受けてからだった。
 例の、榛名のバースデーがどうこうってヤツだ。
 まだまだスタンドに多くの観客が残ってる中、観客席の一番前にまで呼ばれ、マイクとカメラを向けられた。
『榛名投手を祝おうと、NY在住の陽気な仲間たちが、わざわざ集まってくれてるよ』
 テンション高く紹介され、カメラの後ろから盛り上げるようジェスチャーされて、精一杯の笑みを浮かべる。
 何が仲間たちだ、と思ったけど、それを口に出すほど空気読めねぇ訳でもねーし。カメラに向かって日本人らしく、礼儀正しく笑って手ェ振っといた。
 どういう友達なのかとか、訊かれたらどうするかと思ってたけど、幸い話題の中心になったのは、偶然ホームランをキャッチした河合で。こっちにはあんま質問が来なくてよかった。
 河合こそ、人数合わせに誘っただけで、榛名の友達でも何でもねーんだけどな。
 でも、そんな裏事情なんかちらっとも見せず、落ち着いた口調でインタビューに答える様子は、やっぱ年上なんだなと思った。

 前に英語が苦手だっつってたけど、もうだいぶ慣れたんだろうか? 河合も高瀬も、通訳なしで大丈夫みてーだ。
『グローブ持って来たの? 用意がいいね』
 そんなインタビュアーの質問にも、「必要でしょ」って、河合が穏やかな口調で返事してた。
「榛名が打たれたホームランを捕りに来たのに、榛名が打ったホームランを、うっかりキャッチしてしまいました」
 河合の言葉に、ドッとウケるスタッフ。
 本気なのか冗談なのか、よく分かんねぇ。アメリカンジョークのつもりか? マイクを向けたインタビュアーも、「それは残念だ」って笑ってた。


 別の場所でヒーローインタビューを受けてた榛名がこっちに来たのは、インタビューも写真撮影もほとんど終わる頃だった。
 まだスタンドに残ってた観客が、ヒーローを見付けてわぁっと騒ぐ。その声援に応える様子も板についてて、呆れるほどのスターぶりだ。
「よー、隆也。みんなも、今日はあんがとな」
 そう言ってにっこにっこ笑いながら手を振る榛名は、恐ろしく機嫌良さそうだ。けどまあ、無理もねぇ。誕生日に投げて打って、大活躍だったもんな。
 またカメラに向かって例のアレを言ったのかと思うと、知り合いだけに恥ずかしい。
 三橋は結構喜んでるけど――、と思ったところで、その三橋に服の裾を引かれた。
「あ、阿部君、オレ、ちょっとトイレ行って、来る」
 それを聞いて、「だろうな」って納得したのは、コイツが試合中、散々飲み食いしてたからだ。
 ビールは1杯までで阻止したけど、ジンジャーエールやらレモネードやら飲みまくってたし。最初に食ってたハンバーガーの他、キャラメルポップコーンとかピーナッツとか、とにかくノドの乾きそうなモンばっか食ってた気がする。

「バカ食いするからだぞ、早く行って来い」
 背中を押しつつ、自分も一緒に歩き出す。当然、付き添ってやるつもりだった。

 それができなかったのは、榛名に「隆也」と呼ばれたからだ。
「ちょっと来いよ、何か言ってやって」
 手招きされて、タイミングの悪さに「はあ!?」と顔をしかめる。
「すんません、トイレの後にして貰えますか?」
 日本語でそう言うと、今度は榛名に「はあっ!?」って言われた。
「何言ってんだ、そんなすぐ漏らすほど切羽詰まってねーんだろ? ちょっとくらい待てっつの!」

 まあ、確かに正論だ。インタビュー中だもんな。
 三橋と榛名とを比べたら、断然三橋の方が重要だけど、トイレとインタビューと比べたら、それはちょっとトイレだとは言いがたい。
 ため息をついて、三橋を見下ろす。
「ワリー、呼ばれてっから。数分だけ待てるか?」
 インタビュアーの方をアゴで差してそう言うと、三橋は一瞬黙った後、「うんっ」とキッパリうなずいた。

「だ、大丈夫、だよ。後からゆっくりでいい、よっ」

 その答えに、「ごめんな」と返事して恋人に背を向けた時――。
「じゃっ、行くね!」
 三橋が一声そう言って、ダッと階段の方に駆け出した。

(続く)

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