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Season企画小説
Lの襲来・2
 榛名の用意した席は、レフトスタンドの外野席1階だった。屋根の付いてねぇ、ブリーチャーズって呼ばれてる場所だ。
 すぐ下にブルペンがあって、多分投球練習する時に「よく見てろ」とか言って、ちょっかい出しに来るつもりだったんじゃねーかと思う。
 けど残念ながら、榛名のチームのベンチは1塁側だ。いくら厚顔無恥だっつっても、さすがに敵側のブルペンまでは来れねーだろう。
 まったく、相変わらず大雑把なヤツだと思う。それとも、何も考えてなかったのか?
 ブルペンではビジターチームの投球練習が始まってて、野球小僧たちが見学してた。それを見て、三橋がそわそわしだすのも、いつものことだ。
「いーぜ、行って来いよ」
 そう言ってやると、「うんっ」ってパアッと笑顔になって、子供らに混じりに行く。
 昔、同じく投手をしてたっつーだけに、何よりも関心があるらしい。

 金髪美女よりハンバーガー、ハンバーガーより投球練習、と、三橋の優先順位はスゲー分かりやすくて、露骨で可愛くてたまんなく好きだ。
 その順位のかなり上の方に、オレがいんのは疑いようもなくて、それもこっそり自慢だった。
 無邪気な恋人の背中を温かく見守ってると、横から河合に声を掛けられた。
「阿部って、高校は日本だよな? 榛名と同じトコか?」
「はっ、まさか」
 即答されると、「おいおい」と穏やかにたしなめられる。
「仲いいじゃないか、先輩で親しいんだろ?」
 って。冗談じゃねーっつの。先輩だけど、ただの「知り合い」だ。
 そもそも、一緒のチームでプレイしてたんだって1年間だけだった。けど、なんでか縁が切れなくて、年に数回連絡が来る。
 渡米してからもこうして関わり合ってんだから、これはもう、腐れ縁ってことなんかも知れなかった。

 試合が始まる頃、三橋も満足したのかオレの隣に戻って来た。
 電光掲示板に出場選手の紹介映像が派手に流れて、ビジターチームの紹介には大ブーイング、ホームチームの紹介には大歓声が沸き起こる。
 榛名の時には特に歓声が大きくて、人気なんだとしみじみ思った。
「は、榛名さん、スゴイ、ねっ」
 三橋も大喜びで拍手してて、嬉しそうだ。
 あいつが渡米して来た時の年末年始、さんざん振り回されたっつーのに、全く気にしてねぇらしい。
 榛名が多忙な選手で良かった。
 もし、しょっちゅう近所をうろつくような身分なら、この河合や高瀬みてーに懐きまくってんじゃねーか? 想像しただけでゾッとする。

 榛名がマウンドに立った時も、大歓声だった。
 パチパチと拍手する三橋。その一方で、持参のビニール袋からグローブを出して来たのは河合達2人だ。
 スタジアム内にカバン類は持ち込めねーから、ナマで持ち歩くか、こういうレジ袋みてーのを使うしかねぇ。
「用意いーっスね」
 苦笑しながらツッコむと、「榛名が打たれた球、捕ってやる」って。人が好さそうな顔して、案外えげつない。
「外野席って聞いた瞬間から、もう楽しみで仕方なかったんだぜ。ねぇ、和さん」
 高瀬もニヤニヤ笑いながらそう言ってて、似た物夫婦だなと思った。
 でもそうか、そういう楽しみも大事だよな。グローブ持ったまま地下鉄乗んのかよと思って、今まで三橋にも持たせなかったけど、ちょっと横暴だったかも知んねぇ。
 次回は考えてやってもいーかもな、と、ちょっとだけ反省した。

「本人は、自分がホームラン打つって電話で言ってましたよ」
 河合らと話しつつ、フィールドを見る。
 マウンドに立つ榛名は堂々としてて、まさにヒーローって感じだ。
 別にオレは榛名のファンでも何でもねーけど……すぐ間近に見える、黒人レフトの後ろ姿は、何だかスゲー頼もしく見えた。

 3回の表に進む頃、ようやく榛名に打順が回った。
「榛名って、打つんだっけ?」
「まあ、投手としては……打つんじゃないスか?」
 河合の問いに答えながら、ホームの方に目を向ける。
 バットを数回振りながら打席に立つ榛名は、ここでも声援を貰ってた。ヒーローかって感じだ。
 左利きの、左投げ左打ち。オレらから見て左側のバッターボックスに入り、あの鋭い目でじっと相手投手を睨む。
「中学ん時は、荒いバッティングしてましたけどね」
 といっても、それももう10年も前の話だ。
 10年って考えると何だか、随分遠くまで来たような気がした。

 榛名は投手だ。決してオールマイティって訳じゃねぇし、打撃センス抜群って訳でもねぇ。
 ただ、ピッチャーだからってアグラかいて、バッティングをおろそかにするような選手でもなかった。
 外野までバットの音は聞こえねぇ。
 わっと歓声が上がる中、榛名が1塁に向かって走る。打球は二遊間をバウンドし、相手チームのセンターが軽いフットワークで拾って投げた。
 ホームランじゃねーけど次に繋ぐ立派なヒットで、それは何となく、榛名がチーム野球をしてる証拠にも思えた。
 あんま賞賛はしたくねぇけど、否定もしねぇ。
「榛名さん、打った、ねっ」
 素直に気負いなく賞賛する恋人に、「おー」と返事して頭を撫でる。
 榛名に対して、必要以上に卑屈にならずにすんでんのも、この恋人の存在のお陰かも知んねぇ。スゴイのはスゴイでいいんだっつーのは、三橋が教えてくれたことだ。

「Yes,Haruna! YO-KU-MI-TO-KE!」
 後ろから、ガキどもの騒ぐ声が聞こえて、苦笑して首を振る。後続のバッターが今度こそホームランを打って、歓声は更に大きくなった。

 ホームランボールをキャッチしたのは、ライトスタンドの観客の1人だ。
「うお、ホームラン! いい、な!」
 羨ましそうに言った三橋の頭を「そーだな」と言いながら、ポンと撫でる。
「次は、オレらもグローブ持って来るか?」
 そう言うと、三橋は嬉しそうに「うん!」と笑顔でうなずいた。

(続く)

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