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Season企画小説
白靴恋・7
 隆也さんの腕を取り、再びホールに入ったところで、後ろから「三橋!」と声を掛けられた。
「夏、甲子園絶対に行くから。応援しに来いよな!」
 叶君の言葉を聞いた瞬間、隆也さんの腕がぴくりと動く。やはり同じく高校時代に野球をしていただけに、こういう話題には敏感なのだろうか?
「はい、楽しみ、です」
 立ち止まって振り向き、笑みを向けると、叶君は片手でぐっとガッツポーズをして見せた。
「決勝戦なら、オレがお連れしますよ」
 横から隆也さんに言われて、「えっ」と彼に目を向ける。
 私は野球に詳しくないけれど、甲子園に出て決勝まで進むのがとても大変な事なのだと、それくらいは知っていた。
「それとも、初戦にした方がいいのかな?」
 笑顔で叶君に問いかける隆也さん。その彼に、「決勝で大丈夫です」とキッパリ答えて、叶君は大股で人混みの中に消えて行った。
 
 入れ替わるように私たちを囲んだのは、隆也さんのお友達だ。
「ひゅーっ、言うねぇ」
「廉ちゃんの友達か? どこの高校だって?」
 隆也さんが高校野球をしていた頃の、チームメイトの方々だと、紹介されなくても分かった。その中に、篠岡さんがいらしたからだ。
「み、あの、群馬の三星学園、です。叶君は、エース、で」
 ドモリながら答え、深々と礼をする。
「あの、お久し振り、です。今日は、ありがとうござい、ます」
 私のつたない挨拶に、みなさんは笑顔で「おめでとう」とお祝いしてくださった。
「もう18歳かぁ、キレイになったねぇ」
「阿部がデレデレするハズだ」

 ははは、というお友達の笑い声に、「うるせーな」と顔をしかめる隆也さん。
 普段は紳士らしく丁寧な話し方しかしないのに、彼らと一緒にいる時だけは、昔に戻るようだ。やはり、青春時代を供に過ごすというのは、特別みたい。
 去年の春までは疎外感を感じて、寂しく思わないでもなかったけれど、今は何となく微笑ましく思えるから不思議だ。
 愛されているという自覚は、こんなにも影響するものなのだろうか?
「廉ちゃん、おめでとう。すごく素敵だねぇ!」
 篠岡さんに笑顔で誉められても、もうあまりドキリとはしなかった。
「ありがとうござい、ます。篠岡さん、も……」
 礼を返しながら、目を向ける。
 篠岡さんは落ち着いたリラ色の、フロントショートのロングドレスを着てらした。白い脚がすんなりと伸びて、大人っぽくて、憧れていたドレスだけに羨ましい。

「あの、ドレス、素敵、です」
 こそっと告げると、篠岡さんは破顔して「あはは、ありがとう」と明るく言った。
「廉ちゃんも、すごく可愛いよぉ。ねぇ、指輪見せて?」
 屈託なく言われて、求められるまま左手を差し出すと、周りにいた隆也さんのお友達が一斉に「スゲー」と覗き込んだ。
「可愛いな、おい」
「こんな色の宝石あるんだな!?」
「阿部ぇ、お前こんな可愛いの、どんな顔して買ったんだよ?」
 遠慮なく冷やかされて、私の方も気恥ずかしい。
 けれど私はそれより、篠岡さんの左手にも指輪があるのが気になった。
「あ、の、ご婚約されたんです、か?」
「え? ああ、うん。そうなんだ」
 照れくさそうに笑う彼女に、お祝いを言おうとした時――。

「それよりオレは、この阿部がどんな顔して指輪渡したのか、そっちの方が気になるな」
 誰かがそう言うのが聞こえて、ドキッとした。
「まさかひざまずいて、キザったらしく渡したとか?」
「いやむしろ、素っ気なく箱ごとぽいっと渡してそうじゃねぇ?」
 ケラケラ笑うみんなの言葉に、じわーっと顔が熱くなる。
 隆也さんは何て答えるつもりだろう? 恐る恐る視線を向けると、目が合った。ニヤッと笑われて、びくっと肩が跳ね上がる。
 いやな予感にキョドりそうになった時、隆也さんが堂々と言った。
「んなの、ベッドの中で渡したに決まってんだろ」

「なっ、たっ……!」
 何言ってるんですか、と叫びたいのに言葉が出ない。
 精一杯の抗議を込めて、ぽかっと背中を殴ると、ちっとも痛くなさそうな声で「痛いな」って笑われた。
 もう、本当に何を言うんだろう。信じられない。
「赤面してると、ホントのことだとバレますよ」
 って。誰のせいだと思ってるんだろう? 絶対わざとだ。

「阿部君、最低!」
 篠岡さんの非難に、言葉が出ないまま、こくこくとうなずく。
「そんな人放っといて、あっち行こっ」
 そう言って、メインテーブルの方を指さす篠岡さん。
 ちょうどデザートが運ばれて来たところだったようで、女性の方々が楽しそうにテーブルの周りに集まっていた。
 クラスのお友達や、従姉妹の瑠璃の姿もある。
「そう、ですね」
 デザート目当てというよりも、もう、恥ずかし過ぎてここにはいられそうにない。逃げ出したい。
 私は彼女に誘われるまま、そちらに目を向けて1歩踏み出した。

 と、その時だった。
 踏み出した足のバランスを崩し、10cmのヒールががくんと揺らいだ。
「きゃっ!」
 悲鳴を上げ、手を泳がせたけれど、掴まる物は何もない。
 ああ、倒れる。そう覚悟したのと、後ろからぐいっと腰を掴まれたのと、ほぼ同時だった。
「お……っと。危ない」
 耳に心地よい低い声。慣れたたくましい腕、固い胸に抱き留められて、ハッとする。

 けれど、隆也さんはそのまま私を、側に留めようとはしなかった。
「足元、気を付けて」
 そんな言葉と共に、優しく手を放されて、振り返る。
 やっぱり隆也さんは、大人で紳士だ。時々意地悪なこともされるし、そのたびに恥じらったり拗ねたりしてしまうけれど、もしかしたら何もかも、彼の思惑通りかも知れない。
 彼の大きな手のひらの上で、護られながら、泳がされてるだけなのかも?

 それは決して悪い気のするものではなかったけれど、いつかはしっかりと自分の足で立ち、彼の隣に並びたいと思った。

(続く)

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