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Season企画小説
白靴恋・6
 エステと隆也さんのイタズラのせいで、どこかに行ってしまってた緊張も、ホールに1歩入った途端、ぶり返した。
 わあっと歓声と拍手があがる中、隆也さんにエスコートされながら会場に入る。
 10cmのヒールを履いても背の高さには差があるけれど、それでもほんの少し、彼のヒジに掴まるのが楽な気がした。
「そんな高いヒール、捻挫したらどうするんですか」
 隆也さんは最初、そう反対してたけど、それを守ってこそのエスコートだとお母様に諭されて、一応は引いてくれた。
「オレから離れないように」
 そう言われて頼もしく思ったけれど、ずーっと彼の腕にぶら下がったままでいる訳にもいかない。
 離れ離れになっても不安がらず、キョドらないよう注意して、自分1人でも挨拶しよう。そう心に決めていた。

 吹き抜けの広いホールはたくさんのシャンデリアに照らされ、とても明るくてキレイだった。
「おめでとう」
「お誕生日、おめでとうございます」
 口々に声を掛けられ、笑みを浮かべて挨拶を返す。
 お顔をしっかりと見て、お名前をうかがうことすら満足にはできなくて、せっかくの予習もほとんど役には立たなかった。
 あらかじめ渡されてた招待客リストには、200名に満たないお名前しかなかったけれど、どうやら同伴の方もお見えらしい。フロアは人の波で溢れている。
 目まぐるしいというか、本当に目眩がするかのようだった。

「学校の全校集会より、少ないくらいでしょう?」
 隆也さんにそう言われたけれど、全校集会は、みんなが同じ制服を着て整列するのだし。それに第一、みんなに挨拶して回る訳じゃない。
「か、数の問題じゃありま、せん」
 反論しながら、ホールの中をぐるりと見回す。
 5月と言う季節柄、男性方も黒服ばかりではないけれど、何より華やかなのは女性たちのドレスだろう。
 色が多くて、頭の処理が追いつかない。
 それぞれが身に着けているジュエリーも目映くて、シャンデリアの明かりを受け、キラキラと美しく輝いていた。

 初対面の方々との挨拶をひとしきり終えた後、ようやく学校のお友達と話すことができた。
「廉ちゃん、すごいパーティね! おめでとう!」
「わあ、三橋さん、可愛い!」
 弾んだ声、屈託のない笑顔に囲まれると、私もかなりホッとした。
 お友達は多く呼ぶ方がいい、とのお母様の言葉も、今なら分かる気がする。大人に囲まれるより、やはり気分が楽だ。私を値踏みすることもない。
 ミニドレスやショートドレスの彼女たちを見ると、いいなぁと思うけれど、それより何よりも賑やかで楽しい。
「この丈のドレスもいいよね〜」
「ネックレス、可愛い〜っ」
 ハイテンションできゃいきゃいと誉められると、私もすごく嬉しかった。

 それに友人たちの多くは、私よりもドレスやジュエリーよりも、隆也さんの方が気になるみたい。
「婚約者、の、阿部さん、です」
 私が紹介するや否や、わぁっと隆也さんを取り囲む。その様子も学校にいる時と同じで、少々複雑だけどイヤな気分にはならなかった。
 いい機会だからと、少し隆也さんから離れ、仲のいい友人たちの側に寄る。
 パーティのことを真っ先にメールで知らせた友人たちは、目ざとく指輪を見付けて歓声を上げた。
「これ、エンゲージリング!? すごーい!」
「いやっ、可愛い色だねー!」
 左手を取られ、しげしげと眺められると、照れてしまう。

「何年も前から婚約してたんでしょ? 今こんなお披露目のパーティがあるってことはさ、入籍も案外近いんじゃないのぉ?」
 からかわれながら、容赦なくヒジ打ちされて、痛いけど照れくさい。
「ま、だ先、よ」
 赤面しながらそう言うと、「またまたぁ」とからかわれた。
 照れ隠しにボーイさんを呼んで、彼女たちにソフトドリンクを取って貰う。
「お料理、食べてください、ね」
 お友達みんなにそう言って、私はフロアを見回した。
 隆也さんはと見ると、クラスメイトたちの円陣から早々に退散したらしい。お仕事関係の方だろうか、壮年の男性方と向こうでお話をされていた。

 背が高くて姿勢もいいし、ハッと目を引く容姿なので、少々離れていてもすぐに彼の居場所は分かる。
 けれど、私はすぐに彼の元には行かなかった。目の合う方々と挨拶を交わしながら、少しずつ移動してホールの外にそっと出る。
 中にいる時には気にならなかったけれど、開け放したドアをくぐると、一気に静寂に包まれて、驚いた。
 静けさが心地よくてホッとしながら、お手洗いに行こうと廊下を抜ける。
 カードルームやカラオケルームの前を通り、ちらりと中を覗いた時――廊下の向こうから、「三橋」と名前を呼ばれた。
 私のことをそう呼ぶ男性は、限られている。
 ハッと振り向くと案の定、そこには幼馴染の姿があって、笑みがこぼれた。
「叶君……お久し振り、です」
 彼が近付くのを待って声を掛けると、随分背が伸びた幼馴染は、「ああ……」と答えて微笑んだ。

 久し振りと言っても、お正月に群馬に帰省した時に挨拶をしたので、まだ半年も経ってはいない。
「誕生日、おめでとう」
 大人びた笑みを浮かべ、眩しいものを見るような目をされて、少し戸惑う。
「ありがとうござい、ます。あの、今日は瑠里、と……?」
 尋ねながら、ホールの方を振り返る。そういえば今日はまだ、従姉妹の顔を見ていなかった。
 数百人の集まるホールでは仕方ないかも知れないが、隆也さんの姿はすぐに見つけられるのに、仲のいい従姉妹を見付けられないなんて、変な話だ。
「ああ。つっても、すぐに別行動になっちまったけど。スゲェ人だよな。……三橋は何しに? トイレ? それとも休憩か?」

「お、お手洗いにと思ったんです、けど、手袋のこと忘れて、て。なので、もういい、です」
 はにかんで答えると、「じゃあ戻るか?」って訊きながら、叶君が右手を差し出した。
 一瞬迷ったけれど、エスコートを断るのも失礼かと思って、その手に左手をそっと乗せる。
 婚約指輪がキラリと光って――。

「廉さん」
 婚約者の声が聞こえたのは、その時だった。

 幼馴染に預けた手をそっと取り戻し、隆也さんに向き直る。
「姿が見えないので、探しましたよ」
 隆也さんがそう言いながら、大股でこちらに歩いて来た。
「あの、隆也さん。こちらは、お、そ、祖父の家のお向かい、の……」
 ドモりながら紹介をすると、隆也さんは「ああ」と笑って私の言葉を遮った。
「叶君だったかな。廉と仲良くしてくれて、ありがとう」
 にこやかに笑いながら、叶君と握手を交わす隆也さん。
 顔は笑ってるのに、涼やかな目がちっとも笑ってなくて、なんだか不穏でそわそわした。

(続く)

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