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Season企画小説
白靴恋・5
 母たちがパーティの前にエステを、と私に勧めたのは、美肌のためというより、きっとリラックスのためだったのだろう。
 心地よい湿度のある暖かい部屋で、静かな音楽を聴き、エキゾチックな香をくゆらせ、気持ちのいいマッサージを受けた後は、気分がスッキリと晴れやかになっていた。
 エステの後はジャグジーで汗を流し、涼みながらハーブティーを頂いた。
 この11階にはエステルームの他に、大浴場やサウナ、プールやジムもあるそうで、移動する間にちらりとそれらの施設が見えた。
 あまりキョロキョロするのははしたない気がしてできないけれど、後でゆっくり、できれば隆也さんと、2人で船内を見学してみたい。
 ピアノサロンやプラネタリウム、シアターなどもあるようで、やはり大きな船なのだと思った。

 お昼をとうに過ぎたこともあって、お茶をいただいてる間、恥ずかしながらお腹が鳴ってしまった。
 けれどそれは、母もお母様も同じだったようで、3人分のお腹の音を聞いて、「やぁねぇ」と照れつつも、顔を見合わせて笑った。
 ただ、エステを受けてすぐには食事をしない方がいいらしい。
「2時間ほど待たれてから、高たんぱく、低カロリーのものをお取りになられるのがようございます」
 スタッフの方の言葉に、母たちは「そうよね〜」とうなずいていたが、そう言われてもとっさにはメニューが思い浮かばない。
「蒸し鳥のサラダか何か、後でお部屋で食べたらどう?」
 と、母の助言を受けて、美容室に行っている間にお部屋に届けて貰うことにした。

 隆也さんは、何かお口に入れただろうか?
 私がエステや美容室で過ごす間、隆也さんはお部屋でパソコンを使ってお仕事をするのだと言っていた。
 春休みは少し暇になると言っていたのに。相変わらず多忙な方だ。
 ドレスやジュエリーの試着のために、何度も阿部家におじゃますることもあったけれど、残念ながら彼の顔を見られない日も多かった。
 ドレスに限らず、オーダーメイドの服という物は、1回の採寸でそのまま作られる訳ではない。仮縫いの段階を含めて、4、5回の試着がいるそうだ。
 完成した後も微調整がいるとかで、4月の下旬、ゴールデンウィーク前には、ドレスはほぼ出来上がっていた。
 春らしい萌木色と白の、ふんわりとしたドレス。
 彼の望む通り、ヒザ頭の隠れる長さの丈にしたのだけれど、喜んでくれるだろうか?

 美容室でドレスに着替え、髪を可愛らしく結い上げて貰う。
 私はどうにも不器用で、お団子1つさえ上手に作ることもできないから、美容師さんの腕には感心するばかりだ。
「ムースなどは使わないようにさせていただきますね」
 と、そう言われても、何がどう違うのかも分からない。「はい」とうなずいて、お願いするしかなかった。
 白いケープを肩から掛けられ、髪を結われている自分の姿を、鏡越しにそっと見る。
 薄くお化粧もしていただいたので、普段見る顔とは少し印象が違っていて、変な感じだ。
 その内お化粧も、自分で上手にできるようになるのだろうか?
 早く大人になりたいと思う反面、子供だと思うことに甘えている自分もいる。背伸びをしなくても遠くを見通せるようになりたいけれど、まだまだそんな余裕はなかった。

 ヘアメイクの後にケープを外し、それからジュエリーを身に着けた。
 ドレスと似たような色味の、ペリドットをメインにしたネックレスは、必要以上にギラギラとはしてなくて、でも華やかで可愛くてお気に入りだ。
 大きなダイヤやエメラルドも勿論素敵だけど、それなりに品格というものが必要な気がするし。
 品格の有無にはあまり自信もないけれど、まだ高校生だし。ペリドットやルベライトなどの、可愛い色を楽しみたかった。
 イヤリングと髪飾りも、お揃いで用意して頂いた。
 萌木色のペリドット、つつじ色のルベライト、それから小粒のダイヤモンド……。それぞれのついたヘアピンを、美容師さんが結い上げた髪に差していく。
 全体を眺めながらの、真剣な作業。それが終わった後、鏡の中の私に目を向け、美容師さんが微笑んだ。

「まあ、よくお似合いですねぇ」
 鏡越しに笑顔で誉められて、ちょっとはにかむ。ビジネストークだと分かっていても、そう言われると嬉しい。
 「キレイ」だとか「美人」だとか、言われるような容姿じゃないのは自覚してるし。あからさまにお世辞だと分かるような言葉より、「似合ってる」って言われた方が、まだ本当のように思えた。

 スタッフの方々にお礼を言った後、新しい白い靴に履き換えて美容室を後にする。
 ヒールのところに銀の花柄をあしらった、かかとの高いパンプスは、とても可愛いけれど、やはり少し歩きにくい。
「廉さんは小柄だから」
 と、お母様には15cmのヒールを勧められたけれど、それはとても履きこなせる気がしなかったので、10cm程度の品にした。
 普段はせいぜい5cmのものしか履いたことがなかったので、私にとっては十分に高い。
 闊歩する必要はないのだけれど、お部屋まで付き添ってくださるスタッフの方に縋る訳にもいかなくて、平気な顔をするのに苦労した。

 お部屋の前まで戻った時は、本当にホッとした。
 コンコンとノックをすると隆也さんが出て、船室のドアを開けてくれる。彼ももうタキシードに着替えていて、一瞬見とれた。
 私のドレスと同じ、萌木色のカマーバンドを着けていて、それが黒の上下によく映える。
 隆也さんも、支度を済ませた私を見て、一瞬驚いた顔をした。
「とても似合ってて、可愛いですよ」
 整った顔を緩め、微笑みながら言われると、やっぱり嬉しい。
「ドレスの丈も、十分ですね」
 満足そうに言われて、おかしくて少し笑ってしまう。
 差し出された手に左手を重ねると、手袋の上でオレンジの指輪がきらりと光った。

「サラダが届いてますが、その指じゃつまめませんね」
 導かれるままソファに座ると、隆也さんがそう言って、サラダを少し指につまんだ。
 フォークもお箸も添えられてるし、素手で食べるなんてはしたない真似、する訳もないけれど――。
「口、開けて」
 艶のある声で囁かれ、口元につまんだサラダを寄せられて、私は素直に口を開いた。太く長い指が唇に、歯に、舌に触れるたび、食事だというのにドキッとする。
 キスよりも震えて、目眩がした。

(続く)

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