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Season企画小説
白靴恋・4
 パーティの開始は、夜の7時から。
 私はその10時間ほど前、まだ午前中の内に会場となる客船に乗船した。
 家まで車で迎えに来てくれた隆也さんは、いつも通り私を助手席に乗せ、荷物を積み込み、車のままで港に着いた。
 港で車の鍵を渡せば、後はホテルなどと同じく、スタッフの方が船の中に運んでくださるらしい。
「トランクの荷物も頼む」
 隆也さんはそう言って、助手席のドアを開けながらスタッフに指示を出していた。

 乗船してまずやったのは、船長さん始め、スタッフの方々への挨拶だ。
「あの、今日はよろしく、お願い、します」
 たどたどしく挨拶すると、皆さんは笑顔で私にお祝いを言ってくれた。
「本日はまことにおめでとうございます」
 会ったばかりの方から丁寧にそう言って頂けて、嬉しいけどやはり気恥ずかしい。すごく大がかりなパーティなんだなぁと、改めて思った。
 誕生日のお祝い兼・婚約のお披露目パーティで、これだけの規模なのだと考えると、結婚式はどうなってしまうのだろう? まだまだ先のことだけど、少し不安だ。
 逆に、海外の小さな教会で2人きりで式を挙げたりできないものだろうか? いや、問題は式そのものではなくて披露宴のパーティなのだから、結局ささやかにはできないだろうか。
 隆也さんも、同じことを考えたみたい。
「もういっそ、籍も入れてしまいますか?」
 ふふっと笑いながら言われて、ドキッとした。

 冗談だと分かってはいるけれど、ちょうどタイミングよく言われたから、カーッと赤面してしまう。
「ま、まだ高校生です、し。苗字が変わるのは、困ります」
 そう言って、ふいっと顔を背けたけれど、赤くなった顔は誤魔化しようがない。
「苗字が変わるのがイヤなら、オレが三橋になりますよ?」
 って。そういう問題じゃないの、分かってるくせに。ニヤニヤ笑いながらからかってくるの、本当に意地悪だと思う。
 船室に案内された後も、くすくす笑われて恥ずかしかった。

 婚約のお披露目も兼ねているのだから、大体は予想できたことだけれど、お部屋は隆也さんと同室だった。
 船に4つあるロイヤルスウィートの1室で、白を基調としたエレガントな部屋だ。
 4部屋とも趣が違っているようで、他のお部屋は和風だったり、ヨーロッパの王朝風だったりするらしい。
「あまり派手なのは好きじゃないですから」
 隆也さんはそう言っていたけれど、カーペットやカーテンが落ち着いた色味のピンクベージュだし、きっと私の好きそうな部屋を選んでくれたのだろう。
 相変わらず紳士で大人で、素敵だと思う。
 そんな彼だから、両親も信頼してくれてるのだろうか? 
 広い船室の中、2つ並んだベッドを見ると、私たちの関係を見透かされているようで、恥ずかしい。
 1月のパーティの時、あっさりホテルへのお泊りが許された時にも思ったけれど……すでに彼と深い仲であることを、両親に知られてしまうのには抵抗があった。

「お部屋、2人部屋なん、です、ね……」
 ぼそりと呟くと、「不満ですか?」って笑われた。
 あっと思う間もなく手が伸びて、固い胸に抱き締められる。深いキスの後、首筋に唇を這わされてドキッとしたけれど、そこまでご乱心ではなかったようだ。
「今すぐ抱きたいけど、夜まで我慢だな」
 頭を撫でながら耳元で囁かれるだけで終わって、ホッとした。
 この後は着替えの前にエステも予約してあるし、妙な痣などつけられては、恥ずかしいなんてものじゃない。
 夜ならいいかというと、そういう訳でもないけれど、キスマークを気にしながらパーティに出るよりはマシだと思う。
 この日の為に準備に奔走したのだから、つつがなくパーティを終わらせたかった。

 春休みから今日までの2ヶ月足らずの間は、とても忙しかった。
 隆也さんも忙しかっただろうけれど、私にとって、この多忙さは初めてのことだったから、右も左も分からず、戸惑うばかりだ。
 挨拶の練習、マナーの勉強は勿論だけれど、膨大な数の招待客リストを渡されて、予習するようにと言われたのは驚いた。
 隆也さんは、そのリストを全て頭に入れているのだろうか?
「覚えるのなんて簡単でしょう」
 当たり前のように言われると、能力の差というものを痛感して仕方ない。やはり隆也さんは優秀だ。
 婚約者のように頭のよくない私には、とても覚えきれるような内容ではなかったけれど、それでも一応は目を通した。暗記はできなくても「覚えがある」だけで、随分違うのだとか。
「いろんな方にお会いするんだから。阿部さんにお任せしたっきりじゃダメよ?」
 母のお小言も想定通りで、うなずくしかなかった。1月に隆也さんと、パーティに出かけた時にも同じようなことを聞いた気がする。

 ぎゅっと抱き締められた時、心臓の鼓動も聞かれてしまったのだろうか?
「緊張しなくても、大丈夫ですよ」
 隆也さんには、見透かしたように笑われた。
 手を引かれてベッドに座らされ、左手の指に軽くキスされる。
 薬指にはまっているのは、彼に買って頂いた指輪だ。イエローダイヤにもピンクダイヤにも決めかねていた私のために、方々に手を打って探してくれたらしい、オレンジダイヤ。
 茶色がかったものが多い中、ミカンのように彩度の高いビビッドオレンジのダイヤモンドは、とても希少なのだとか。
 それだけに、指からはみ出る程大きい石ではなかったけれど、パヴェダイヤモンドを周りに敷き詰め、キラキラと輝く指輪はとてもキレイだ。
 さすがに学校には着けて行けないけれど、頂いて数日は、嬉しくて何度も指にはめ、こっそりとその輝きを堪能した。

「指輪、気に入って貰えましたか?」
 指先にキスをしながら、隆也さんがじっと私を見た。
「勿論、です」
 答えながらじわっと赤くなってしまうのは、渡されたのがベッドの中だったからだ。
 もっと正確に言えば、ヒザの上に乗らされて、下から彼のモノで串刺しにされてる時のことだった。
 それまで散々揺さぶられ、喘がされて、意識がもうろうとしている時に、「手を出して」なんて。まさか、指輪をはめて頂けるなんて思ってなかったから、一瞬意味が分からなかった。
 はめた後も、分からなかった。
 目の前にひざまずいて求婚して欲しい、なんて乙女なことは言わないけれど、もう少しロマンティックにしてくれてもよかったと思う。
 照れ隠しなのか、その後はいつも以上に激しくされて――気が付いたら朝だった。
 でも、朝の光の中で指先に見たオレンジの指輪は、とても爽やかで可愛らしくて、美しくて、笑みがこぼれて仕方なかった。

 ソファに座って、指を絡めながら何度もキスを重ねていると、やがてドアがノックされて、スタッフの方が迎えに来た。
 これから船内でエステを受け、その後同じく船内にある美容室で、ドレスに着替えて、髪を結いあげて貰う予定だ。
 乗客の定員が700人というだけあって、船内はとても広い。
 全部で12階建てになるフロアで、ロイヤルスウィートのあるのが10階。エステルームのあるのが、その上の11階だ。
 きらびやかなエレベーターで階を上がり、お部屋の真上にあるエステルームへ。そしたら、先に隆也さんのお母様がいらしたので、驚いた。母もいる。
「い、つ、来られたんです、か?」
 動揺してドモリながら、2人に連れられてエステルームの奥に入る。
「少し前よぉ」
 楽しそうに笑いながらそう言われて、何とも答えようがなかった。

 そういえば、4月にお母様に学校までお迎えに来られて、行きつけらしいエステサロンに連行されたこともあった。
 黒塗りの高級車を校門前に見かけた時は、なんだかデジャヴを感じたものだ。
 車の前で、にこやかに私を待っていたのは、黒いスーツをビシッと着こなした隆也さんではなかったけれど……黒いスーツピースに黒い帽子を被られたお母様の姿は、とても印象深かった。
 やはり親子なのだなぁと思った。

(続く)

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