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Season企画小説
白靴恋・2
 正直に言うとミニドレスはともかく、ショート丈のドレスには憧れがあった。
 ヒザ上10cmというスカートの長さは、私服で着るにはかなり勇気が必要だ。制服でそのようにしている方々を見かけることもあるけれど、うちの高校にはほぼいない。
 けれどパーティドレスならば……悪目立ちすることもないだろう。
 パニエでふんわりとさせたヒザ上のドレスもいいし、前が短くて後ろが長い、フロントショートのロングドレスも素敵だ。
 だから隆也さんのお母様から、ミニドレスをというお話が出た時、口には出さなかったけれどわくわくした。
 お店で試着するのはやはり、人の目もあって恥ずかしいけれど、阿部家に仕立ての方を呼んで頂いて選ぶなら、身内ばかりだし、まだ大丈夫だろう。
 隆也さんは「とんでもない」と言っていたけれど、そう頭ごなしという訳でもなかったし。
 私の誕生日のお祝いなのだし。
 これが着たいのだ、と説得すれば、分かって貰えると思っていた。

 隆也さんは大人で、紳士だ。
 多少強引なところもあるけれど、思慮深いし優しい。私のことを愛してくれるし、いつも尊重してくれる。大事にされていると思う。
 けれどその隆也さんも、ドレスの丈に関しては、譲れないものがあったらしい。
 夜、私の部屋に来たとき、ベッドの中でもちくちくと言われた。
「オレ以外の男の前で、肌を晒す気ですか?」
 肌って言ったってヒザの上だし……別に、生足でパーティに出る訳ではないのだから、大袈裟な言い方だ。
 体育の時間にはくハーフパンツだって、もう少し丈が短い。
「そ、それに、夏に海に行ったとき、には、水着だって着たじゃない、ですか」
 反論を試みてみたものの、頭の良い隆也さんに口でかなうハズもない。元々口下手だし、自分の意見をハッキリ伝えるのは苦手だ。
 体育は体育、海は海、パーティはパーティだ、と言い負かされてしまった。

「水着だって、うちのプライベートビーチで2人きりだと思っていたから、許したんです」
 真顔でそう言われてしまえば、反論のしようもない。
「でも、そうですね。今年の夏は、もっと露出の少ない水着をオレがプレゼントしますよ」
 ニヤッと笑いながらそんなことを言う隆也さんは、どこまで本気なのだろう?
「ドレスは、ヒザが隠れる長さにしてください」
 隆也さんはベッドの中でもそう言って、私が「分かりました」と泣くまで、とてもとても意地悪なことをした。
 それだけでも恥ずかしかったし、ヒドいと思うのに、朝起きた時には、もっと驚かされた。
 両足の太股やヒザの表裏に、幾つもの内出血の痕を見た時の衝撃は、とても言葉では言い表せない。

「隆也、さん!」
 真っ赤になって怒って見せたけれど、隆也さんはふふっと笑うだけで、ちっともこたえてはいなかった。
 唇の痕だけじゃない。ヒザ小僧には指の痕までくっきりと残っていて、とても「ぶつけた」などと誤魔化せるような状態ではなかった。
「さ、採寸、今日ある、のに。どうすればいいんです、か?」
 私の苦情に、「それはすみません」ってしれっと謝っていたけれど、絶対わざとだ。
「あなたがあまりに可愛いから」
 ニヤニヤ笑いながらそんなことを言われたって、反省しているようには見えない。
 第一、それが本当の理由でないことは、考えなくても分かる。今までこんな場所に、こんな痣をつけられたことなんてなかった。

「今度は気を付けますよ」
 そう言っていたけれど、絶対ウソだ。わざとやったに違いないのに、気を付けるも何もない。
 これはある意味、脅しでもあると思う。
 今回は採寸だけだけれど、もしかするとパーティの直前にも、同じような痣を同じようなところにつける気かも。
 ショート丈のドレスから見えるヒザに、男性の指の痕をくっきりとつけたままでパーティに出るなんて、考えただけで恥ずかしい。
 そうされたくないのなら……大人しく、彼の言うとおりにするしかなかった。
 過ぎた独占欲も、愛情表現の1つなのだと思えば、怒れない。
 去年までの、無関心で素っ気ないような態度を考えれば、今の方がはるかに幸せだ。

 私が怒るのも、泣くのも、拗ねるのも全て、彼の手のひらの上のことで。
 8歳の年の差はどうしようもないし、彼のコトを大人だとしか感じたこともないけれど、もしかしたら一生、かなうことはないのかも知れなかった。

 身内だけしかいないとはいえ、さすがに諸々の痣を見られてしまうのは恥ずかしく、私はドレスの採寸に、黒ストッキングをはいて臨んだ。
「まあ廉、それじゃドレスのイメージが変わっちゃうでしょう?」
 同席した母には叱られたけれど、とても本当の事情は言えない。
「タカに何か言われたの?」
 お母様にズバッと訊かれたけれど、「言われた」のではなく「された」のが正しい。
 ただ、それも口にはだせなくて、「すみま、せん」って謝るしかなかった。
 いくら黒のストッキングだといっても、タイツよりは薄い。もしかしたら、採寸してくださった仕立て屋の方には、見られてしまったかも知れない。
 来てくださったのが、女性スタッフで良かった。
「大丈夫ですよ」
 と、優しく接してくださった。

 ドレスの見本は色や形を変えて何種類もあるようだった。
 私の憧れていた、フロントショートのロングドレスもあったけれど、未練を抱いていても仕方ない。
 ヒザ全体が隠れる程度のレギュラー丈で、パニエを使ってふんわりとさせた、プリンセスラインのドレスに決めた。
 色は、5月にふさわしいように、との母たちの意見を聞いて、萌木色に。
 レースやリボンを黒にもできると聞いて、やっぱりちょっとドキッとしたけれど、それは母たちにあっさりと却下されて、白いものを使うことになった。
 パンプスも白がいいそうだ。
「やはり初夏には、白靴よねぇ」
 母たちはそう言って、楽しそうに笑っていたけれど、理由はよく分からない。

「廉さんは、黒が良かったの?」
 隆也さんのお母様に、黒ストッキングをじっと見られながら訊かれて、慌てて小さく首を振る。
 黒いドレスにも、黒友禅の着物にも、ミニドレスと同様に憧れはある。いつか、お母様や隆也さんのように、黒の似合う大人になりたい。
 けれど今の自分には、まだ早いのだとしか思えなくて――。
「初夏には白ですから」
 私はそう言って、微笑んだ。
 白靴が初夏の季語だと知ったのは、それから随分経ってからのことだった。

(続く)

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