Season企画小説 ある大学生の街歩き・後編 公園を横切るのはいい。ビルとビルの間にある、幅60cmくらいの細い路地を抜けんのも、まあいい。 ゴミ容器をまたぎ、食いもの屋の換気扇の下を通り、むせ返るようなニオイを浴びて「うげっ」とはなったけど。 「こっち真っ直ぐ、だよ」 自信満々でてくてく歩いてく三橋に、「ホントかよ」ってツッコミながら街を歩く。それもいい。 けど、見知らぬ月極め駐車場を横切り、よそのマンションの廊下を突っ切ってった時には、さすがに「おいおい」って注意した。 「お前、いつもこの道通ってんのか?」 そう訊くと、「ううん」って自信たっぷりに首を振られて、安心していいんだかどうなんだか分かんねぇ。 「いつもは阿部君と一緒にバス、乗る、から」 って。なんで阿部の名前が出んのか分かんなかったけど、バスがあんならバスに乗せろっつの。 「つーかさ、だったらバス通り行った方がいーんじゃねぇ?」 立ち塞がるビルを通り抜け、「まだ真っ直ぐだよー」って北を指差す案内人に、まっとうな道を進むよう促す。 けど、ダメだ。「遠回り、だし」って一蹴されて、聞く耳も持って貰えねぇ。ガキか? 保護者は何やってんだ? 「田島と泉は?」 オレの質問に、三橋は「アパートで待ってるよっ」と答えた。 アパートって、だから、誰んちだっつの。泉も田島も、この近所じゃなかったハズだけど。引っ越したか? 「オレ、昨日は阿部君とこ行ってて、準備手伝えなかった、から。ぺ、ペナルティとして、花井君のお迎え、1人で行って来い、って」 「ペナルティ……」 それは三橋へのペナルティか? それともオレへのペナルティじゃねーのか? 誰かに問いただしてぇとこだけど、誰に言えばいーのか分かんねぇ。 つーか、何のためにオレ、こんな何十分も歩かされてんだろう? その意味も分かんねぇ。 誕生日……誕生日だから、か? 誕生日って、おめでたい日じゃなかったっけ? いや、誕生日は昨日だけど。 「あ、後ね、ついでにケーキ屋さん、で、ケーキ受け取って来ないといけなく、て」 「ケーキ……」 ようやく誕生日らしい単語が出て来たけど、なんか……あんま楽しみだなぁって気分になんねーのはなんでだろう? ケーキより先に、スポドリでも飲みてぇ気分。 「ケーキなら、うちの近所に有名なとこあんだろ。あそこ美味いって話だぞ?」 オレの言葉に、三橋は「うん」とうなずいた。 「し、知ってる。オレ、その店で予約、した」 その返事の意味を理解するのに、不覚にも数秒かかった。 「……はあ?」 ケーキ、ついでに受け取って行くんだよな? えっ、三橋、手ぶらじゃねぇ? つーか、オレら、今どこに向かってんの? 「田島君たち待ってる、から、急ごう」 そう言って、ダッと駆け出す手ぶらの三橋。 ケーキはどうすんのか、オレはとうとう訊けないままで、やがて目の前に高い金網が現れた。 線路だ。 「うおっ、行き止まりっ」 三橋が奇声と共に、金網に両手を掛ける。 「も、もうそこなのにっ」 って。んなこと言われても知らねーっつの。とにかく、踏切か高架か地下通路か……何か探すのが先決だ。 「おい、迂回路は……」 周りを見回すオレの横で、「乗り、越え……」って、不穏なことを呟く三橋。いやいや、まさかホントに本気じゃねーとは思うけど、怖ぇ。 「おい、バカな真似すんなよ!?」 慌てて忠告し、ゴツンと頭にゲンコツを落とす。勘弁してくれ。 「しょうがねーだろ。ほら、どっか渡れるとこ探すぞ」 つっても、土地勘がねーからよく分かんねぇ。大体オレら、どこに向かってんだ? ゴールはどこ? 三橋は? ホントに道、分かってんのかな? 「うえっ、でもオレ、この辺、道、分かん、ない」 「おい……」 そんなんでよく「大船に乗ったつもりで」とか言ったよな。いや、言ったのは泥船だったけど。 「だからバス通り行けつっただろ?」 「で、でも、遠回り、だよ?」 って。結局行き止まりになってたら、一緒だっつの。 誰か通行人に道を訊こうにも、こんな時に限って誰もいねーし。とにかく、迂回路を探して線路沿いに歩き出す。 はー、もう、一休みしてぇ。足が疲れたっつーより、気持ちが疲れた。甘いモン食いてぇ感じ。 と、そう思ったところで頭に浮かぶのは、さっきうやむやになったケーキの話題だ。 「なあ、ケーキってさ、オレんちの近くの店っつったよな? 取りに行かなくていーの? お前、忘れてねぇ?」 オレの問いに、三橋は自信たっぷりにうなずいた。 「うん、忘れた」 「はあっ!?」 思わず訊き返しちまったのは、仕方ねぇだろう。忘れたって、んな堂々と言う事か? どうすんだ? 「だ、だから今、取りに行ってる」 って。意味分かんねぇ。オレんちから、つまりケーキ屋から、どんどん遠ざかってんだけど、大丈夫か? 高校時代、阿部がやってたみてーに胸倉掴んで問いただしてぇ気分。ただ、それをオレがしねーのは、いい加減付き合いが長ぇからだ。 こいつとは、1つ1つ話していかねーと通じねぇ。 「なあ、三橋……」 頼りねぇ案内人にオレが声を掛けるのと、遠くにカンカンカン……と踏切の音が聞こえたのと、ほぼ同時だった。 「わっ、踏切、だっ」 そう言って、ダッと駆け出す三橋。 「待て!」つっても聞くようなヤツじゃねぇ。遠ざかる背中を必死になって追いかける。 走るオレの横、金網の向こうでは、電車がゴーッと音を立てて通過してく。キーッという金属音。ガタンガタン、カタンカタンと鳴る走行音。 どこまで走らせる気だ? どんなトレーニングだよ? 内心ぼやきながら追ってった先にあるのは、踏切のある大通り、で。 「あっ、ああっ!」 三橋はキョロキョロと左右を見回し、嬉しそうにオレを振り向いた。 「もう、ここから道、分かる、よっ」 「ああ……そう……」 ってことは、バス通りか? ほらだから、最初からそういう道を行っとけっつーの。そもそもバスを使え。 けど、もうツッコむ気力も元気もねぇ。どうでもいいから、さっさと目的地に移動してぇ。 つーかケーキはどうすんだ? もう何回目か分かんねぇため息をつきながら、はつらつと歩き出した三橋を追う。 ちっとも息を切らしてねぇ相手を見ると、余計に疲れた気になんのはなんでだろう? 「あの、オレンジの屋根の、だよっ」 弾んだ声に「ああ……」と返事して、オレはビルの合間にちらっと覗く、オレンジの屋根に目をやった。 あのアパートがゴールか? 誰のアパートだ? 泉か田島か? ぼうっと考えつつ路地を抜け、アパートの外階段をトントンと上がる。この長かった街歩きも、ようやく終わりなんだと信じてた。 けど――。 ピンポーン。三橋が呼び鈴を鳴らした部屋から顔を出したのは、田島でも泉でもなかった。 「よお、廉。戻って来ると思ってた」 上半身裸にハーフパンツ1枚っつー格好で、そう言ってニヤッと笑ったのは阿部だ。「ほら、忘れ物」って言いながら、三橋にケータイと財布を渡す。 ああ、そういや昨日、阿部んちに行ってたっつってたよな。そんで準備手伝えなかったから、ペナルティとして……。 いつの間にそんな仲良くなったんだ? 「廉」って名前呼びか? いや、断じて羨ましくはねーけども。 ぼんやりと考えるオレの前で、渡された財布を漁る三橋。 無造作に突っ込んだレシートをぽろぽろ落としながら、何探してんのかと思ったら、1枚の薄い白い紙を「あっ、た!」つって広げてる。 「ケーキ、これがない、と!」 って。 よく見りゃそれは、ケーキの予約受け取り票で――。 「ケーキ?」 オレが声を上げたと同時に、三橋が目の前で奇声を上げた。 「うおっ」 ギョッとして目をやると、その三橋の腰に阿部の裸の腕が巻き付いてる。 「お帰り、廉」 にやにや笑いながら、三橋を抱き竦めて部屋の中に引きいれようとする阿部。 「だ、だ、だ、ダメ、だよ。花井君のパーティ、だよっ。……ああんっ」 抵抗しつつ、妙な声を上げる三橋。 「んなの、お前がいなくたっていーだろ。なあ、花井?」 いきなり話を振られても、返事のしようがねーっつの。意味が分かんねぇ。 状況から考えて、ここは阿部の部屋なんだろう。そんで三橋は昨日ここに泊まって、財布とケータイを忘れてった、と。で、その財布の中にはケーキの予約表が入ってて……えー? いやーな予感に顔をしかめながら、じゃれつく2人を無言で眺める。 オレの目の前で、じたじた暴れる三橋の体を、いやらしい手つきで撫で回す阿部。何やってんだ、と、赤面する間もねぇ。 「トモダチとカレシとどっちが大事?」 って。カレシって誰だ? 意味分かんねぇ。いや、何となく分かって来たけど、納得したくねぇ。 「田島らには欠席の連絡入れてやるよ」 くくっと笑う阿部の声に、「んでもっ」とか「ダメんっ」とか甘ったるい三橋の声が混じる。 耳を塞ぎてぇところだが、その前に、聞き捨てなんねぇ言葉が聞こえた。 「だって、オレんちでやる、のに」 オレんち? 三橋んち? で、何をやるって? 「いーじゃねーか。鍵、渡してあるんだろ? あいつら、勝手にやるって。なあ、花井?」 阿部の言葉に目をやると、「いーよな?」って言われた。 「……はあ?」 いーよなって何が? 話が頭ん中で繋がんねぇ。 「お前のバースデーパーティ、コイツいなくてもいーよな?」 って。いや、まあ、確かにどうしてもいなきゃダメってことはねーけど、意味分かんねぇ。その肝心のパーティはどこでやんの? つーか、パーティに欠席してぇのはオレの方こそなんだけど? ゴールはどこだ!? 頭痛がしてきたオレの前に、阿部が白い薄紙を「んっ」と突き出す。 つい反射的に受け取っちまったその紙は、オレのバースデーケーキの予約票。そこに書かれた住所は、間違いなくオレのアパートの近所、で。 「じゃーな。誕生日、おめでとう」 心のこもってねぇ祝福と共に、阿部の部屋のドアが、三橋を飲み込んでパタンと閉まる。 「ちょっ、待て!」 慌てて叫んだけど、返事の代わりに聞こえて来たのは、カチャッと内鍵を回す音。 呼び鈴を押してもノックしても、それから一切応答はねぇ。 「何なんだ!?」 頭を抱えてぼやいても、周りに同意してくれるヤツはいなくて――。 『よー花井、お疲れ』 と、直後にかかって来た田島からの電話に、惚れそうなくらいホッとした。 『災難だったな〜』 って。 『バカップルはもう放っとこうぜ』 って。 「分かってくれるか!?」 同意を求めながら、Uターン地点の階段を駆け下りる。 早く田島と泉に会いてぇ。 今のオレには愚痴を聞いてくれる仲間の方が、誕生日よりもはるかに重要だった。 (終) [*前へ] [戻る] |