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Season企画小説
ある大学生の街歩き・前編 (2015花井誕・大学生)
 どうしてこうなったんだろう?
「うおっ、あとここ、まっすぐなの、にっ!」
 目の前にそびえる高い金網。その金網をギシッと掴んで叫ぶ三橋に、オレは頭を抱えるしかなかった。
 その金網の向こうでは、オレたちをあざ笑うかのように、ゴーッと音を立てて電車が通過して行く。線路だ。一般人は立ち入り禁止だ。
「乗り、越え……」
 物騒なことを呟く三橋の頭に、「ふざけんな」とゲンコツを落とす。
 冗談だろうと思うけど、冗談に聞こえねぇから怖ぇ。
 なんでこうなった?
 つーか、ここ、どこだ?

 4月29日、祝日の朝。オレは三橋に連れられるまま延々街を歩かされ、金網の前で立ち往生することになった。
 1日遅れのバースデイパーティ、やるっつってた会場はどこなんだ? 
 田島も泉も、この近くには住んでねーハズなのに。オレんちの近所にある、三橋んちじゃねーんならどこだろう?
 今日中に辿り着けんのか?
 それは三橋にも分かってなさそうで、不安だった。


 事の起こりは、前の晩に田島からかかって来た電話だ。
『よー、花井。誕生日おめでとう!』
 そこまでは良かった。「おー、さんきゅー」と礼を言って、「元気か?」みたいな世間話を少しした。問題はその次だ。
『オレと泉と三橋とで、盛大に祝ってやる予定だから。明日、どうぜ暇だろ? 朝から迎えに行くから、ちゃんと来いよ』
 「暇じゃねーよ……」と言い返したけど、田島の耳に入ったかどうかは分かんねぇ。そんだけ言った後、電話はぶちんと一方的に切れた。
 イヤな予感しかしなかった。
 オレの誕生日にかこつけて、何か騒ぎてぇだけならいいんだけどさ。田島、泉、三橋……あいつらがノリノリで何かやる時、大概ワリを食うのはオレだ。
『は、ない君。おは、よう』
 ピンポーンという呼び鈴の後、インターホンから聞こえた声に、その予感はますます大きくなった。

 単に集まる口実なだけとしても、誕生日を覚えてくれてたってのは十分嬉しい。嬉しいけど、正直、辞退して家で寝ときてぇ。
「気持ちだけ、受け取っとくわ」
 そう言ってドアを閉めようとしたら、「待って!」つって、隙間にガッと手を挟まれた。
 慌てたのは勿論だ。だって大事な投手の指だもんな。
「こら! アブネーだろ!」
 叱りつけると、「だ、だって……」って。こう食い下がられちゃ、付き合うしかねぇ。
「分かったよ、付き合えばいーんだろ。どこ行くんだ?」

「えっと、先に、ね……」
 オレの問いに答えながら、三橋はポケットを探り、「あっ」と呟いて目を泳がせた。
「うお、わ、忘れた」
 って。ケータイでも忘れたか?
 ケータイをメモ代わりにすると、こういう時不便だよな。まあ、オレも経験がねー訳じゃねぇし、責めねーでやることにする。

「まあいーや。道分かるんだろ? ついてくから、もうこのまま行こうぜ」
 オレはそう言って、三橋を押しのけて靴を履いた。
「えっ、あっ……」
 三橋は何か言おうとしてたけど、「何?」つって訊いたら、首を振った。
「ほ、ホントに一緒に来る?」
 って。意味分かんねぇ。なんで? オレのバースデーパーティじゃねーの? まあ、行かずにすむんならそれでもイイけど、そういう訳じゃねーんだろ?
 けど、オレがそう言い出す前に、三橋がアパートの外を指差した。
「じゃ、じゃあ、えっと、あっち」

 あっち、って。いや、だから、まずは口で説明しろっつの。
 けど、その口での説明が、三橋はとんでもなく下手なんだってことも分かってる。
 とにかく、直接行った方が多分早い。オレは今までの経験上そう悟って、頼りねぇ案内人にそのままついてくことにした。
「おい、どこまで行くんだよ?」
 アパートを出て訊くと、三橋はスッと目の前の道を指差した。
「ここ、まっすぐ、だよ」
 って。それ、答えになってねーから! 喉まで出かかった文句をぐっと飲み込み、はーっ、とため息をつく。
 まあ、今日は休みだし。田島に言われた通り、予定もねーし。せっかく祝ってくれようとしてんだし、付き合ってもいーけど。
 どこまで行くんだ? どっかの店か?

 ぼうっと考えながら歩いてると、T字路にぶつかった。目の前は公園だ。
「おーい、行き止まりだぞ」
 からかうように言うと、三橋は一瞬だけキョロキョロと視線を巡らせて、それから自信たっぷりに公園の向こうを指差した。
「まっすぐ、だよっ」
 そう言って、ずんずん公園を突っ切ってく。いや、別にいいけどさ。
 滑り台やブランコの脇を通り、やがて反対側の道に出ると、三橋はまたキョロキョロと視線を巡らせた。
「あの道、行こう。まだまっすぐ、だ」
 って。ビミョーに不安なのは気のせいか?

「お前って方向音痴じゃねーよなぁ?」
 ふと気になって訊くと、「ち、違うよっ!」とムキになったように言い返された。
「オレ、東西南北、分かるよっ」
 って。
「花井君ちから、考える、と、オレんちは、西だから……あ、あっちが北、だ。だから、北に向かってまっすぐ、だよ」
 三橋の指差す方向は、確かにアパートの方角から考えて、まあ北には違いねぇ。それが分かるってことは、ゲンミツには方向音痴じゃねーんだろうけど……。
「うおっ」
 T字路に差し掛かってはうろたえる三橋を見ると、不安でしかなかった。

 住宅と住宅の合間、60cmくらいの隙間を抜ける時にも不安は募った。
「おい、ホント大丈夫なのか? 道、合ってんの?」
 そしたら三橋は、オレの方を振り向きもしねーで、自信たっぷりに「うん」と言った。
「ほ、方角は合ってる、よっ」
「方角……」
 呆然と繰り返しながら、ぐっと腹を押さえる。なんか、胃が痛い。
「花井君、疲れた?」
 くるっと振り向かれ、こてんと首をかしげて訊かれて、「いや」と首を振る。
 そろそろ2kmくらい歩いたかも知んねーけど、こんくらいじゃ汗もかかねーし。軽い運動ですらねーっつの。
 ただ、ひたすら不安なのは、この案内人の案内だ。

「大丈夫、だよ。方角はバッチリ、だし。泥船に乗ったつもりで、オレに任せてくだ、さい」

 それを言うなら「大船」だろ、と思ったけど、ツッコむ元気はなかった。
 泥船には乗りたくねぇ。
 やっぱ、田島か泉に直接訊いた方がよかったか?
 でも、張り切って案内してくれてる三橋を無視して、あいつらと連絡取んのも悪ぃ気がするし……どうすりゃいい?
「行く、よー」
 にこっと笑って前を行く三橋に、「ああ……」とうなずいてついて行く。全然大丈夫な気はしなかった。

(続く)

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