Season企画小説 沈黙美・後編 言葉が出て来なくてうろたえるなんて、初めてだった。 何を言いたいのか、言いたくないのか、自分でもよく分からない。三橋君のことどう思ってるのか、それも自分で分からない。 みんなが私の誕生日の為に、準備してくれてる。それを伝えに来てくれたハズの三橋君が、私をじっと見つめたまま、赤い顔で目の前に立った。 「ありがとう、もう行っていいよ」と笑顔で言おうとしたけど、口元に当てた手を離せない。 話はそれだけじゃないの? 訊きたいのに言葉が出ない。 先に口を開いたのは、三橋君だった。 「あ、のさ。昨日、さ……」 ためらうような言葉と共に、照れ笑いがふと消えて、ドキッとした。 昨日? 昨日が何? 試合のこと? それとも試合の後のこと? 色んな思いが頭の中を駆け巡り、落ち着いて言葉を紡げない。「なに?」って短く訊くこともできない。 黙ったままの私に、三橋君が訊いた。 「昨日、見た、よね?」 それにもまた、ドキッとした。 「き、のう、って……」 三橋君みたいに思いっ切りドモりながら、意味もなく手元に視線を下ろす。カーッと顔が熱くなって、くらくらして、目の前の彼をまともに見られない。 「昨日、ここで。オレと阿部君、が、キスしてるの。見た、よね?」 確信を持ったような言い方だと、ぼんやり思った。目が合ったと思ったの、間違いじゃないんだ? とっさに隠れたのもバレバレかと思うと、恥ずかしくて肯定も否定もできない。固まってると、「ありがとう」って言われた。 「ずっとお礼、言いたくて。その……黙っててくれて、ありがとう」 それには、ちょっと「ええっ」と思った。 三橋君の為に黙ってた訳じゃないから、お礼を言われたって困る。けど。 「そんな、私は別に……」 言いかけて「うん」ってうなずかれて、そうか、と思った。三橋君たちはこのこと、知られたくないんだな。 そうだよね、甲子園の真っ最中だし。チームメイトだし。そもそも男同士なんだし。試合後のホテルでキスしてたなんて、秘密にするのは当たり前だよね。 見せつけられた訳じゃない。 だって、バレたら……みんな困る。 そう悟った途端、頭に浮かんだのは、「絶対内緒にしなきゃ」っていう思いだった。 「誰に見られるか分かんないんだから、気を付けて?」 たしなめるように言ってから、またハッとする。 変なの。恋敵なんだから、破局した方が嬉しいに違いないだろうに、そんな風に思えない。 応援したい訳じゃないけど、ダメになればいいとも思えなくて、自分でも不思議だった。 私はどうしたいんだろう? 「う、ん。ごめん」 謝る三橋君に、じわっと胸が痛む。 今でもやっぱり、阿部君のことが好きだ。 彼のことを思うと胸がきゅんとなるし、失恋だと思うと悲しいし切ない。三橋君のこと、ずるいとも思う。応援できない。代わってほしい。 でも、横から強引に引き裂きたいとも思えない。 「ごめん」 三橋君が、もう一度私に頭を下げた。 「オレ、知ってた。篠岡さん、が阿部君のこと好き、なの。で、でも、見られたのはワザとじゃない、んだ。けど、ホッとした。ごめん」 ホッとしたって――それはなんで? 罪悪感? 「篠岡さん、いつも阿部君のこと、見てたよね」 「えっ……」 そんなことないよ、とは言えなかった。「そうだよ」とも言えない。穏やかな口調で指摘され、ますます顔が熱くなる。 赤面症のハズの三橋君は、逆にもう赤い顔をしてなくて、オドオドもキョドキョドもしてなかった。 大きな目にまっすぐ射抜かれて、ハッと目を逸らす。 マウンドの上で三橋君は、いつもこんな顔をしてたのかな? 「オレ、阿部君のこと、好きなん、だ。だから、ず、ズルくても、譲れない」 エースを譲らない、って言うのと同じくらいの口ぶりで、三橋君がキッパリと語る。 周りからどんな反感を買っても、嫌われても、仲間外れにされても――絶対に譲らないんだ、って、そんな覚悟が透けて見えて心臓がこわばる。 私にそんな覚悟があったかな? 変な雰囲気にならないようにって、気を遣ってたつもりだったけど。それは結局、行動を起こさないことへの言い訳だったのかな? 三橋君のそれは……その強さは、ズルいんじゃないのかな? 「ず、ズルいよ、そんな……」 思わず声を上げると、三橋君は「うん」って。 「ズルいの、分かってる。篠岡さんは怒っていい、よ」 そんな言い方もズルい。 ううん、ホントはズルくない。 謝る必要もなければ、怒る必要も、なじる必要もない。 抜け駆けされたって悔しいなら、自分も告白すればいい。「私を選んで」って言えばいい。それが分かっててためらう私は、その時点で勝負に負けてるんだろう。 「私は……」 私は。ずっと前から阿部君のことが好きだった。 なのに、三橋君とのことに気付けなかった。いつも見てたハズなのに。 でもそれで、あっさり負けを認めていいのかな? 「私も、阿部君のこと、好きだよ」 今まで必死に隠してたこと、口に出して言ってしまうと、やっぱりとんでもなく恥ずかしい。 顔から火が出るくらい熱くなって、頭の先までそれが広がって、立ってられないくらいフラフラした。 足元が震える。 「う、ん」 三橋君がうなずいて、大きな目で私をまっすぐに見た。 「オレ、負けない、よっ」 そして、ニカッと笑った。 その瞬間、ああかなわないなぁと思ったけど、それは黙ってることにした。 「誕生日、おめ、でと」 ライバルからのお祝いに、「ありがとう」と呟き返す。 この2年で随分背が伸びた三橋君は、もう立派にエースの風格で。 彼を見上げ、後ろめたさも隠し事もわだかまりも失くしたら、私も少し、背が伸びた気がした。 (終) [*前へ][次へ#] [戻る] |