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Season企画小説
ギャップ\・8 (完結)
 声もかけられず、それ以上近寄れもしないで立ち尽くしてると、女の子の1人がイスに掛かったトレンチに触った。
「ねぇ、もしかしてコートもグッチ?」
 ハッとしたのはその次だ。
「触んな!」
 よく響く声を上げて、阿部君がその子の手を払った。
「借り物なんだよ。だから触んな」

 店内が一瞬、鎮まったような気がした。
 100席近くあるような広いフロア、みんながみんな、そこに注目してる訳じゃない。けど、なぜかその時は、誰もが阿部君に目を向けたように思えて――。
「隆也!」
 気が付くと、声を張り上げて、名前呼びしてた。

 阿部君が、パッとこっちを振り返る。
 彼と一緒にテーブルを囲んでた、男子も女子も。みんなが阿部君の視線をたどって、オレの方を向いた。
 オレはっていうと、体の方が無意識に動いてた。
 姿勢を正して前を向き、肩甲骨を寄せて胸を開く。ランスルーで歩くときのようにまっすぐ、阿部君だけを見て1歩踏み出す。
 コツン、コツン、と歩く度に足音が響いたけど、そんなのももう気にならなかった。
 ほんの数mのキャットウォーク。周りの音も、視線も気にならない。阿部君しか見えない。
「レン……」
 ビックリ顔だった彼が、立ち上がってじわっと笑った。

 オレのだ、と思った瞬間、独占欲丸だしの顔で彼の背中から抱きついてる、自分の顔がふわっと浮かぶ。
 誰にも渡したくない。
 いつも側にいたい。
 ああ、あの写真を選んだ人は、やっぱ見る目あるんだと思った。

「やっぱ、お前が着ると格好いーな」
 目の前に立ったオレを見て、阿部君が眩しそうに笑った。
 格好いいのは服でしょ、と思ったけど、誉められれば悪い気はしない。
「阿部君も、格好いいよ」
 お世辞でもなくそう言って、彼のネクタイに手を伸ばす。
 ダークグレーのスーツに白いシャツ。同じくダークグレーとシルバーとサックスブルーのストライプネクタイ。
 そのネクタイの歪みをきれいに整え、改めて眺めると、よく似合ってて格好いい。

「話、終わった?」
 オレはそう言って、阿部君を囲んでた男女の方に目を向けた。
 みんなぽかんとした顔で、オレたちの方を見つめてる。
「おー、特に大した話はしてなかったしな」
 イスに掛けてた黒のトレンチを取り上げて、阿部君はもう袖を通してる。
 みんなよりオレの方を優先してくれて嬉しい。周りのみんなは誰も反論しなくて、帰り支度する阿部君を、ただぽかんと眺めてた。
「ワリーな、お先。いくらだっけ?」
 阿部君が財布を取り出すのを、「いいよ」って制してテーブルの伝票を取り上げる。
 勿論、全員分払うつもりだ。
 大人ぶりたいとか、そういうんじゃなくて……阿部君を横からかっさらう、ささやかなお詫びのつもりだった。

 どよめいた学生たちを背に、店の外に出ると、周りはさっきよりスーツの男女であふれてた。
 みんなイベント帰りかな? 1人で足早に駅に向かう人もいれば、やっぱ数人ずつで固まって、わいわい話してる人もいる。
「おー、増えたなぁ」
 周りを見回しながら、阿部君が言った。ポケットからケータイを取り出し、時間を確かめて、「もう6時過ぎか!?」って驚いてる。
 マナーモードにしたまま、忘れてたみたい。
「あっ、メールくれてたんだな、ワリー。返事できねーで、ごめんな」
 謝られて、「ううん」って首を振る。
「お、オレこそ、ごめん。割り込むみたいにしちゃって……」

「ああ、さっきのな」
 阿部君がおかしそうに破顔した。
 思い出すと、ちょっと恥ずかしい。独占欲が我慢できなくて、ムキになっちゃって、大人げなかったかな、と思う。
「最高だったな、あいつらの顔。お前に見とれて、ぽかんとしてただろ」
 はははっ、と笑われると余計に恥ずかしくて、じわっと顔が熱くなる。
 しかも、なんか大声で名前呼びしちゃったし。

「あの、まだ1時間くらい余裕あるんだ、けど」
 恥ずかしさを誤魔化すように言うと、阿部君はビルの向こうを指差した。
「じゃあ、観覧車乗らねぇ?」
 ここからはビルが邪魔で見えないけど、ライトアップされた観覧車の映像が、パッと頭に浮かび上がった。
 ドキッと心臓が跳ね上がる。
「黒っぽい服のヤツらばっかだし、今ならアリの群が見れるぞ」
 そういう阿部君も、そしてオレも、同じくダークスーツなんだけど。
「でも、間違いなくこん中で1番格好いーのは、お前だ」
 そんな風に、真顔で言われると照れるけど、嬉しい。

 観覧車、誘ってくれたのも嬉しい。
 阿部君は覚えてるかな? 去年のホワイトデー、フリーゲートの遊園地に行ったよね。
 あの時はまだちょっと遠慮があって、「観覧車乗ろう」なんてなかなか言い出せなかったの覚えてる。
 1年ってあっという間だった気もするけど、そう考えると色々、この1年で変わったんだ、な。
「ありがとう、阿部君!」
 そう言うと、ふふっと笑われた。
「あれ? 隆也って呼んでくれねーの?」

 不意打ちに「うえっ」と動揺する。
「さっきは大声で呼んだじゃん?」
 って。確かに呼んだけど、あの時は衝動的だったし。改めて言われると恥ずかしい。ほら、と促されて口を開くけど、ムリだ。
「たっ……」
 隆也、と、さっきは呼べた名前が、ノドに詰まる。
 元々、スムーズに話せる方じゃない、し。こうなったら、呼べる気がしない。
「あ、後、で! それより急ぐ、よっ」
 照れ隠しにダッと駆け出すと、阿部君が「おいっ」って焦ったような声を上げた。

「待て、こら、レン!」
 大声で呼ばれる名前。
 それはモデルネームだけど、本名でもあるから、やっぱ恋人に呼ばれると嬉しい。
 オレばっか嬉しくても仕方ないし、彼が望むなら、ノドに詰まるとか言ってないで、頑張った方がいいのかな?

 レストランの予約まで、あと2時間。
 スーツ姿の学生たちでいっぱいの道を、革靴の音を響かせて走る。
「走って、隆也」
 振り向いてそう言うと、「走ってんだろ」って彼が笑った。
 やっぱとんでもなく恥ずかしかったけど、走ってる内は平気だと思った。

   (終)
ギャップ] に続く

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