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Season企画小説
雨の七夕に誓う事 (高1・夏大前)
 7月7日、期末試験1日目。
 夏大に向けて、猛練習をこなしながらの勉強は、ホント過酷だった。
 勿論、試験前1週間は部活禁止だし、猛練習がない分、きっちり猛勉強できた(?)けど。
 でも、1教科でも赤点を取ったら、夏大に出られないから……中間の時みたいに、また皆で勉強会しながら頑張ったんだ。

 1時間目のテストは、現国。2時間目は理Tだった。
 そして今、3時間目。保健体育のテストを受けながら、オレはちらっと窓の外を見た。
 教室の窓の外には、少し萎れた笹飾りが、ビニール紐で結び付けられていて、朝から雨に打たれている。
 試験の時には、廊下側から出席番号順に並ぶから、今、オレが座るのは窓側の真ん中辺り。そして、ここからは、笹飾りの様子が良く見えた。

     @

 この笹は2週間前に、同じ野球部員の田島君が、家から持って来たものだ。
 田島君は折り紙もいっぱい持ってきてて、それを短冊代わりにして、クラスの皆で願い事を書いた。
 田島君は、「甲子園」って書いた。
 泉君は「打倒桐青」って書いた。
 オレは……オレも書きたいことあったけど、書く勇気が出なくて、書けなかった。

「短冊何枚でもあんだから、幾つだって願い事書いたっていーんだぞ?」

 田島君はそう言ってくれたけど……うん、オレも、短冊に願い事とか、本気で考えてる訳じゃないんだけど。
 でも、説明しにくいけど、大事にしたかったんだ。例え、紙切れ一枚のママゴトでも。

     @

 しんと静まった教室の中には、カリカリと鉛筆の音だけが響く。
 オレも窓から目を逸らし、再び答案に取り組んだ。
 バスケットボールの、コートの名称とか、ルールとか。3Pシュートはどこから投げるのか、とか……。

 これが野球の問題だったら、マウンドからホームまでの長さは、とか、そういう問題も出るのかな?
 マウンドを思って、鉛筆が止まる。
 早く投げたいな。
 阿部君に投げたい。
 オレはまた、ちらっと窓の外を見た。

     @

 短冊用の折り紙と油性マジックを持って、田島君は昼休み、オレの手を引いて7組に行った。
「おーい、短冊書こうぜーっ!」
 花井君と水谷君は、ちょうどお弁当を片付けてた。そして阿部君は……机に突っ伏して、寝ているようだった。

「花井ぃー、短冊ー!」
 田島君が、花井君の目の前に、折り紙とマジックを突き出した。
「はあ? 七夕? お前ら、ガキか」
 花井君は呆れながら、短冊に「田島が静かになりますように」って書いた。
「何だよー、真面目に書けよなー」
 田島君がちょっとむくれた。
「オレは大真面目だよ!」
 花井君が、マジックで田島君の頭をコツンと叩いた。

 水谷君は席を立って、篠岡さんに折り紙とマジックを差し出した。
 篠岡さんは笑顔で、「皆が一つでも多く勝ちますように」って書いてくれた。
「三橋君は何を書いたの?」
 篠岡さんに訊かれ、オレは何も応えられなかった。

 書きたいことは一つだけある。
 でも、それを書く勇気がない……。

「三橋が書くことなんて、決まってんだろ」
 突然、阿部君が言った。
 机に突っ伏して、寝てると思ってたからドキンとした。
「うへっ」
 飛び上がるように振り向いたら、阿部君と目が合った。
 阿部君は机にひじ枕して、オレの方をじっと見てた。
 オレは、彼の真っ黒い目が怖い。
 だって、何もかも……隠さなきゃいけないことも……全部、見透かされていそうだから。

 阿部君が言った。
「投げたい、だろ? どうせ。お前の考えてる事なんてさ」
「う、お……」
 オレは、頬が熱くなってくるのを感じた。
 そうだよ、オレは投げたい。
 どうしたいかって言ったら、やっぱり投げたいんだ。

     @

「10分前」
 試験監督の先生が、言った。
 うお、ぼうっとしてる場合じゃなかった。
 スリーポイントライン。急いで空欄を埋めていく。フリースロー。ヴァイオレイション。
 適当でも何でも、とにかく空欄を埋めたところで、チャイムが鳴った。
「はい終了。後ろから答案を集めなさい」

 後ろの席から回って来た答案用紙に、自分の答案用紙を重ねて前に回す。
 そしてもっかい、窓の外に目をやった。
 雨に打たれたままの笹飾り。
 そこには、阿部君が書いた短冊も下がってる。

     @

「三橋が思う存分投げられるようにな」
 そう言って、阿部君が書いてくれたのは、「三橋が赤点とりませんように」だ。

 嬉しかった。
 ちゃんと阿部君に「ありがとう」って言えてないけど、オレ、嬉しかった。
 だって阿部君が……自分の為にじゃなくて、オレの為に、願い事書いてくれたんだ。

 阿部君の短冊を受け取った後、オレも教室で、自分の願い事を短冊に書いた。
 「投げたい」って。
 阿部君に投げたいって。

 できるなら、ずっと……。

     @

 窓の外をぼんやり眺めてると、後ろからいきなり背中を叩かれた。
「みーはし! 何だ、笹飾り見てたんか?」
 田島君が、ぐいっとオレの肩に腕を回した。
「う、ん、雨……」
「おー、七夕なのに、雨降っちゃったな」

 肩を組んだまま、一緒に窓の外を見る。
 灰色の雲から、降り続く雨。
 梅雨なんだから仕方ないけど、夜にはやめばいいのにとか、ちょっと思う。
「雨、降ったら……」

「あー? 雨降ったら、願い事どうなるか、かぁ? うーんどうだろな。けど、晴れたからって、叶う訳でもねぇしな。書いた願い事は、自分で責任とって、叶えなきゃいけーねーんじゃねーんかな?」

 オレは、はっと田島君の顔を見た。
 田島君は、オレの顔を見て、にかっと笑った。

 そっか、他力本願だから、不安なんだ、な。
 願い事があるなら、頑張るしかないんだ
 自分で、責任とって、叶える。阿部君にずっと、投げたいならば。

『それには赤点回避だぞ』
 ふと、阿部君の声を聞いた気がした。
 そうだね、赤点あったら、夏大出られない。阿部君に投げられなくなっちゃうよね。

 窓の外の笹飾りを見て、オレは「うん」とうなずいた。油性マジックの願い事は、雨で流れたりなんか、しないから。

  (終)

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