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Season企画小説
My Sweet・7
 どうすればいいのか、分かんなかった。
 ど、ど、ど、ど、どうしよう? 頭ん中はそんな思いでいっぱいで、他には何も考えられない。
「カキにも産地によって種類が……」
 とか、にこやかに語られても、答えられない。
「今日のおススメは何だね?」
 阿部君の上司は口調を変えず、カウンター越しに板前さんと話してる。
 その間も、ずっと彼の右手はオレのヒザを掴んだままだ。
 手を払いのける訳にもいかず、大声で「やめてください」って言う勇気もなくて、固まるしかできなかった。
「網焼きでいいね?」
 さらっと言われても、網焼きがどんなのか考えられない。
 ただ、掴まれたヒザが熱くて、居たたまれなくて――どうやって逃げようって、そればっか考えた。

 ケータイがポケットの中でムームーと鳴ったのは、その時だ。
「ふあっ」
 とっさに大声を上げて立ち上がり、ポケットに手を突っ込んだ。その拍子に、掴まれてたヒザから熱い手が離れる。
「何だ?」
 咎めるように訊かれたけど、動転し過ぎて萎縮するどころじゃない。
「あっ、の、電話……」
 思いっ切りドモリながらそう言って、ギクシャクとケータイを掲げ、お店の邪魔にならないよう外に出る。
 電話の主は、阿部君、で。
『今どこだっ!?』
 すごい剣幕で怒鳴られたけど、オレ自身、どこなのかよく分かってなくて、説明に困った。

「え、えっと、カキの、店……」
 取り敢えずそう答えながら、店名を探して周りを見回す。
『オイスターバーか? 高層ビルの2階?』
「そっ!」
 こくこくとうなずいて、「阿部君、は?」と訊こうとした時――。
「料理が来たぞ」
 後ろからそんな声がして、ひょいっとケータイを奪われた。

 あっ、と思った時には、ピッと通話が切られてて、ケータイを店内に持ち去られる。
「うおっ、待っ……」
 待って、と言ったって待って貰えない。スタスタと先に行かれ、オレも慌てて席に戻った。
 阿部君がここに来れるかどうか気になったけど、ケータイを差し出されて、「ほら」ってイスを指されたら、元通りに座るしかない。この人、マイペースで強引だ。
 やっぱ、大きい企業でそれなりに出世するには、これくらい押しが強くないとダメなのかな?
 サッとケータイをしまいながら、恐る恐るイスに座る。
 阿部君から前売りチケットを取り上げた時も、もしかして今みたいな強引な感じだったのかな?
 さっき、フロアで半券を奪われた時も、似たような感じだったな、って思い出した。

 カウンターの上には、1人用の小さな網焼きセットが用意されていて、網の上に殻つきのカキが1個だけじゅうじゅうと焼かれてた。
「焼けましたよ」
 カウンター越しに、板前さんにそう言われたら、「は、い」って箸を取るしかなかった。
 阿部君、もう接待終わったの、かな?
 デート、って言われたのを思い出し、胸の奥がモヤッとする。
 阿部君と、阿部君の上司のことが気になって、せっかくのカキも、十分には味わえなかった。
 相変わらずじーっと横から見つめられて、今はもう、視線すら熱い。
「意識してるね?」
 おかしそうに言われたけど、意識するのは当たり前だ。もうホント、こっちなんて見ないで欲しい。

「顔赤いぞ」
 見透かしたようにぼそっと言われて、また肩を掴まれる。
 ギョッとしたその時――。

「部長!」

 聞き慣れた張りのある声が、店内に響いた。
 ハッと振り向くと、入り口に立ってるのは阿部君、だ。仕事って言ってた通り、濃紺のスーツに黒のトレンチコートを羽織ってる。
 よっぽど急いで来たのか息を切らしてて、でも上司の前に来たら、ピシッと背筋を伸ばして礼をした。
「デートは終わったの? 随分早いね」
 部長って呼ばれた人は、落ち着いた声でそう言って、さらにぎゅっとオレの肩を掴んだ。
 阿部君の整った顔が、それを見てヒクッと歪む。けど、やっぱ上司相手だからかな? いきなり怒鳴ったりはしなかった。
「デートじゃありませんし。専務のご家族の方を、今夜の会食会場までお連れしただけです」
「でも、チョコ貰っただろ?」
 ズバッと言われて、阿部君の顔が、またイヤそうに引きつった。

「確かに頂きましたが、義理だからとおっしゃってましたし。お返しも不要だと」
「そう言わせたんだろ?」
 ふふっと笑う部長に、「とんでもない」って言いながら、ニヤッと笑い返す阿部君。
 2人の会話を聞きながら、ああ今日、バレンタインだなぁってぼんやりと思い出す。
 オレはそう言えば、去年も今年も何も用意してない、な。お店でチョコのカクテル飲んで貰って、それで満足しちゃってた、かも。
 オレは阿部君に、いつも甘い思いを貰ってるけど……オレは何かあげられてるかな?
 もしかしたら阿部君は、「清濁併せ呑む」くらい度量が広くて――オレの情けないトコや気が利かないとこも、全部赦してくれてるだけなんじゃないの、かな?

「三橋、行くぞ」
 ぐいっと腕を掴まれ、立つように促されながら、阿部君の顔をじっと見る。
 阿部君の部長さんは、やれやれって感じで苦笑しながら、オレに右手を差し出した。ためらいつつ握手に応じると、ぎゅっと手を握られて、肩をぽんと叩かれる。
「今日は楽しかったよ。またお店に伺おう、邪魔者のいない日にね」
 邪魔者、といいつつ阿部君の顔に目をやる部長さんは、やっぱ強引でマイペースだ。
 でも、阿部君が一緒だと思うと、もう怖いとは思わなかった。

 そう感じちゃうトコが、隙だらけってことなのかな?
「お、待ちして、ます」
 にへっと笑ってそう言うと、部長さんはまた一瞬目を見張って。
「ホントに行くよ?」
 そう言って、オレのお尻をぎゅっと掴んだ。

(続く)

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あきゅろす。
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