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Season企画小説
My Sweet・3
 カクテルを2杯ずつ飲んだ後、阿部君たちはお会計をして、日付の変わる前に出て行った。
 立ち上がった時、やっぱり片手で拝むようにジェスチャーをされたから、オレも笑顔でうなずいた。
「ありがとうございまし、たー」
 カウンターの中から、声を上げて見送る。
 今日はうちに来ないのかな? ちらっと思ったけど、お連れ様がいるなら仕方ない。
 来たのも遅かったし、上司や女の子をうちまで送ってったりするかも知れない。そしたら最終電車もなくなっちゃうし、店まで戻って来られない。
 阿部君だって忙しいし、お店に来るとお金かかるし、毎週毎週会いたいって思うのは、贅沢だよね。
 明日は一緒に修ちゃんのコンテスト、見に行く予定になってたし、デートできるんだから、それでいい。
 それでいいんだけど、やっぱり、寂しいなぁってちょっと思った。

 閉店後の後片付けをしてる時、阿部君のお連れさんの話がちょっと出た。
「阿部と一緒に来てた女の子、可愛かったな」
「あれ、カンペキに阿部のこと狙ってたな」
「三橋ぃ、ピンチだぞー」
 ケラケラと笑われて、「うえっ」と肩が跳ねる。
 けど、そうやって面と向かって笑ってるってことは、冗談の証拠だ。だから、ピンチじゃないってことだよ、ね?
 とは言っても、気の利いたコメントなんてとっさにはできないから、「う、へ」って曖昧に笑うしかない。
 それにオレはむしろ、あの上司だっていうスーツの人の方が気になった。

 そう思ってたのは、オレだけじゃないみたい。
「オレは女より、あのおっさんの方が印象深かった」
 畠君が、思い出すように言ったんだ。
「『ここはメニュー豊富なようだけど、さすがにオイスターショットは置いてないよねぇ』ってさ。んなもんある訳ねーだろっつの」
「さすがに生ガキはな」
「居酒屋じゃねーんだから」
 畠君の話に、みんながどっと笑った。
「あれって料理じゃねーの?」
 って言う人もいた。

 オイスターショットっていうのは、文字通り、ショットグラスに生牡蠣を入れたものだ。
 大根おろしやビネガーソースと一緒に盛りつければ料理になるし、アルコールに沈めればカクテルになる。
 オーストラリアとかニューヨークとかで、はやってるんだって。
 辛めのブラッディマリーに合わせるのが定番だけど、日本酒仕立てなのもあるみたい。どっちも写真では見たことあるけど、飲んだことはなかった。

「あー、カキは使えねーなぁ」
 黙って話を聞いてたチーフも、やっぱりそう言って首を振った。
 だって生ガキは食中毒とか、怖い。最近はスーパーでも、生食用のカキって見ないし。扱いが難しそう、だよね。
「カキの代わりにゼリーでもよくねぇ?」
「それはそれで、ノドに詰まるとな」
「カキの代わりっつーと、卵だろ。プレーリーオイスターだっけ? ……」
 みんなの話を聞きながら、洗ったグラスやティンを布巾で拭いて並べてく。
 すっかりカキの方に話題が移っちゃって、阿部君やあの上司の話は、それ以降は出なかった。

 みんなと一緒にいつもの銭湯に行って、わいわい過ごしてる内は楽しかったけど、真っ暗なアパートに1人で帰ると、途端に寂しくなってきた。
 阿部君からは、メールが1通。
――お疲れ、今夜はゴメン――
 短いメールは彼らしくて、でも嬉しい。ちゃんとオレのこと、気にかけてくれる。阿部君は優しくて、いい人だ。
 時計を見ると、もう4時だ。阿部君はさすがに寝てるかな?
――阿部君も、お疲れ様――
 オレはそんだけ打ち込んで、送信してから布団にもぐった。

 明日は、っていうか、もう今日だけど、修ちゃんのコンテストに行くから、いつもみたいにダラダラとできない。
 阿部君がいれば、オレが寝坊しても起こしてくれるんだけど、それも期待できない、し。
「アラーム、セットしよう」
 もっかいケータイを操作して、9時と9時半と9時45分に目覚まし機能をセットする。
 修ちゃんの出るコンテストは、新都心のホテルで12時開催だ。
 チケットは前売りの買ってあるし、ここを10時半に出れば余裕で間に合う。

 ふわっと大きくあくびしながら、ふと阿部君のことを思い出した。
 そういえば、どこで阿部君と待ち合わせすればいいんだろう?
 阿部君、「どこそこに何時に来いよ」って、決めたら連絡くれるかな? それともオレが考えるべき?
 いつも何もかも任せっきりだから、連絡がないとちょっと不安だ。
 阿部君には先にチケットを渡してたから、最悪、会場で待ち合わせでも大丈夫だけど……滅多にない外出だし、少しでも長く一緒にいたい。
 うちの店の開店は6時だけど、それまでに掃除や準備が色々あるから、オレが店に入るのはいつも4時だ。
 でも今回だけは特別に、いつもよりちょっとだけのんびりにして、阿部君とデートしたかった。

 けど――。
『ワリー、三橋』
 8時50分に電話を掛けて来た阿部君は、ケータイの向こうでオレに沈んだ声で謝った。
『コンテスト、行けなくなった』
「ふえ? ふお……」
 思いっ切り寝ぼけた声で応対したオレに、阿部君は接待がどうとか謝ってたけど、よく頭に入らなかった。
『聞いてんのか?』
 ちょっとだけ苛立った声を出されて、ドキッとする。『起きてんの?』って。

「う、うん。起きてる、よ」
 言いながらむっくり体を起こすけど、眠くて目が開けられない。
 オレにとっては、阿部君のキャンセルが一番の事実で。その言い訳とか事情とか、誰の接待なのかとかは、そん時はあんま気にならなかった。
 昨日一緒だった2人への接待かな? それとも、ワンピースの女の子の方?
 阿部君をぽうっとした目で見つめ、ヒジに手を掛けてた昨日の様子を思い出す。
 やだなぁ、と思えて来たのは、3段階のアラームを停めて、自力で時間通りに起きた後で――。

 コンテスト、どうしよう?
 そう思っても、他に一緒に行く人もいなくて、一気にテンションがどんよりと下がった。

(続く)

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