Season企画小説
My Sweet・2
いつもは修ちゃんと2人でやるショーの準備も、今日は1人だ。
ショーに使うのは、ティンって呼ばれる銀のカップ、透明なパイントグラス、そしてポアラーを差し込み、目分量で測れるようにしたリキュールビン。
果汁はコンテストの時と同様、ビンの形をしたジュースコンテナに入れてある。
普段は、注文に合わせて作るカクテルを変えるんだけど、1人の時はちょっと、そこまでできる余裕がない。作るのもあらかじめ決めた1杯だけ、だ。
音楽は、出る予定のコンテストに合わせてピッタリ3分。
もっと上のランクのコンテストなら4分とかもあるんだけど、オレや修ちゃんのレベルなら、大体こんなものだろう。
時間内に演技が終わらないと減点になるから、「3分」っていう長さを体に教え込まなきゃいけないんだって。
「おし、始めるぞ」
マイクを持った畠君に声を掛けられ、こくりとうなずく。
『みなさま、本日はご来店ありがとうございます。ただ今より、フレアバーテンダーによります、エキシビジョンショーを行います……』
マイク越しの畠君の案内に合わせ、店内の音楽のボリュームが上がる。
『それではお願いします! スリー、ツー、ワン、Go!』
司会と同時に音楽が変わった。
オレ単独のショー専門の、オレの為だけの音楽。
それに合わせ、透明なパイントグラスを放り投げる。右手で受け、ヒジから肩、肩から左手まで転がして、また同じく転がして右手に戻す。素早く指先でタップして上に弾き、その隙にアイスキューブを上に3個放って、くるっと背中を向け、首の後ろで受け止める。
左手を高く上げると、お客さんたちが「わーっ」って拍手してくれた。
氷を受けるの、銀のティンじゃなくて透明なグラスの方がいいぞ……って、アドバイスくれたのは阿部君だ。
阿部君のいる席からも、見えてるかな? 確認したかったけど、今は視線を向ける余裕もない。
リキュールビンを2本持ち、左右交互にジャグリングする。合間にヒジや肩、ヒザも使ってタップさせ、途中で銀のティンもフリップ。
同じビンを3本より、2本とティン1個を操る方が、難しいようにオレは思う。
ビン1本を後ろ手にキャッチして脇に置き、ティンの上で残りのビンを受けてスピン。回転が止まる直前、上に投げて、手首でキャッチ、フリップ、後ろ手にタップして前でキャッチ。
「おおー」
お客さんのどよめきが嬉しいけど、今は応えてる余裕がない。
首を持ってキャッチしたビンを、くるっと下向けてティンに注ぐ。1、2、3、と数えながら30ml。
一旦ティンをカウンターに置き、リキュールのビンをフリップしながら、次に使うビンをまた投げる。
音楽の終わりが近付いて来た。
手拍子を煽り、拍手を貰って、笑顔を向けつつ集中する。
材料を加え終わったら、ティンの上にパイントグラスを被せてフタにする、ボストンシェイカー。
お客さんにうっかりお酒が飛び散らないよう、横向きになって素早く軽くシェイクする。
パイントグラスをくるっと返し、ストレイナーの代わりにしてグラスに注げば、出来上がりだ。フルーツを飾り、コースターの上に置いて、両手を高く上げる。
そこでちょうど音楽が終わって、心の底からホッとした。
『ありがとうございました。プレイヤーに拍手をお願いします!』
畠君の大声を合図に、どっと歓声が沸き起こる。ショーが終わった後、ホッとした状態で拍手に応えるのはやっぱ、照れ臭い。
右手を挙げて手を振って、それから深くお辞儀すると、カウンターの隅からひときわ大きな拍手が聞こえた。
ドキッとして目をやると、阿部君がいつもの指定席に座って、満面の笑みを浮かべてる。
「うおっ、いつの間に?」
思わず声を上げると、機嫌良さそうに笑われた。
「気付いてねーと思った。集中してたな」
集中っていうか、周りが見えてないっていうか……どうなんだろう?
あんま誉められることじゃないような気もするけど、でも、阿部君に近くで見て貰えただけで、十分に嬉しい。
使った道具を片付けながら、そっと寄ってってうひっと笑う。
いつも通り、何を飲むか訊こうとしたけど――。
「ワリー、もう戻るわ。上司待たせてんだ」
阿部君はため息をついて立ち上がり、お連れさんの待つテーブルへと戻ってった。
テーブルに座ってるのは、スーツの壮年男性と、ワンピースのお嬢さん。
阿部君の言う上司って、当然スーツの方だよね。じゃあ、あのお嬢さんは誰なんだろう? 上司のお嬢さんって年じゃないし、親戚って感じでもない……。
片付けを進めながら見つめてると、阿部君がテーブル席に寄った途端、ワンピースの女の子が立ち上がった。
ぱあっと笑顔になって、阿部君の腕を取って座らせてて、ドキッとする。
阿部君がどんな顔してるのか、ここからは見えなくて。代わりに、上司らしいスーツの男性と目が合った。
「あっ、まだ片付けてねーじゃん。叶いねーんだから、テキパキ動けよー?」
畠君に言われて、ぎくしゃくと顔を背ける。
「フローズン・ブルー・マルガリータ、レンの初恋。ちょっと暖房暑いかな?」
他のフロア係が持って来たオーダーに、「はい」ってうなずきながらテキーラを取り出す。
「そういや、レンの初恋よく出てんな……」
「ちょっと室温見て来るわ……」
畠君たちの会話は、じきにバーブレンダーのミキサー音に紛れて聞こえなくなった。
阿部君の会社の上司が、オレたちのこと、知ってるハズない。
なんだか顔が熱いのは暖房の効き過ぎが原因で――見透かしたように笑われたと思ったのも、きっと気のせいなんだろう。
塩でスノースタイルにしたワイングラスに、フローズンカクテルを盛り付けて、レモンとポッキーとストローを差し、カウンターの上にスッと置く。
ついでにあのテーブル席の方を見ると、もうスーツ姿の上司の人は、こっちを向いていなかった。
(続く)
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