Season企画小説
コーヒーとハッピーバースディ (2011栄口誕・社会人)
「出張で、近くまできてるから」
ダメ元でメールすると、今日はたまたまオフだったらしい三橋が、マンションに招待してくれた。
学生時代から住んでるっていう、16畳1LDK。一人暮らしにしては、そのリビングはやけに広くて、さすが三橋家だなーと思った。
いや、それはいいんだけど。
部屋に通されてから、ずーっと落ち着かないのは何でだろう。
数年振りに会ったからかな。
それとも、片付け下手だった三橋の部屋が、妙に整頓されてるから、かな。
その部屋の片付き方が、まるで、いつ誰が来てもいいようにって……待ち望んでるみたい、だからかな。
「はい、栄口君」
少し高めの穏やかな声と共に、コーヒーがローテーブルに置かれた。
深呼吸したくなるような、深い香りだ。
ソーサーなんてしゃれたものは付いてなくて、勿論、普通のマグカップだ。
いや、それはいいんだけど……同形色違いなんて、明らかに「お揃い」なんだろうに、オレなんかに使わせちゃっていいの、かな?
ちなみに三橋のは黄色で、オレのは黒だ。
黒、と言えば誰かを思い出させて、あいつ専用じゃないのかなーとか、ちらっと思う。
イヤ、別に、それが不愉快って訳じゃないけどさ。
「あ。砂糖と、ミルク、は?」
思い出したように、三橋がオレに尋ねた。
「うん、両方頂戴」
「わ、かった」
ふひひ、と嬉しそうに笑いながら、三橋がパタパタとキッチンへ戻って行く。
「ご、ゴメンね。コーヒー淹れるの、久し振り、だから」
「へ、へえー……」
三橋のセリフに、内心ギョッとしてしまうのは、三橋の恋人(のハズの男)が、無類のコーヒー好きだって知ってるからだ。
コーヒー淹れるの久し振り、ってことは、つまり、あの男がここでコーヒーを飲んでないってこと……?
うわぁ、それは、つまり、まさか?
そりゃ、ここ1、2年ばかり忙しくて、あまり連絡も取れてなかったから、二人がどうなったかなんて知らないんだけど。
別れた、とか、そんな話は聞いてなかった……よね?
冷や汗をかきながら記憶を探るけど、二人の噂は、何も検索できなかった。
こんなことなら、田島か泉辺りに、ちゃんと聞いてから来るべきだったか……?
はい、と差し出されたスティックシュガーとポーションをコーヒーに入れて、スプーンでよくかき混ぜる。
静かな広い部屋に、マグカップとスプーンの触れ合う音が、カラカラとやけに大きく響く。
沈黙がイヤで、何か必死に話題を探すけど、何しろ三橋に会うのも数年ぶりなので、弾みそうな話題が浮かばない。
「い、いい匂いだね、このコーヒー」
取り敢えず、無難に褒めると、三橋が照れ臭そうにうひひ、と笑った。そして、恋人の(ハズの)男のことを口にした。
「阿部君が、好きだったんだ、これ」
好きだった……!?
過去形にギョッとするけど、気付かないフリして「ふーん」と流したのに、追い討ちをかけるように三橋が言った。
「もう、飲んでくれる事もなさそうだから、いっぱい余っちゃって。だから栄口君、いっぱいお代わりしてね」
もう飲んでくれる事もない……!
意味深なセリフに「ひぃぃ」と思いながら、必死で他の話題を探す。
「あー、こ、コーヒーと言えば、高校の食堂にあった、自販機のさー……」
「うお、紙パックの!」
振った話題に食いついてくれて、ほっとしたのも束の間。三橋が懐かしそうに、ぽつりと言った。
「阿部君は、あの頃、パックの牛乳ばっか飲んでたよね」
ふう、と小さくため息をつかれて、頭を抱えそうになる。
「そ、そうだね、あいつカルシウム足りてなさそうだったし、ね」
うわー、オレのバカー、全然フォローになってないよーっ!
心の中で絶叫しながら、表面上穏やかに笑ってコーヒーを一口飲む。
と、三橋がふいに顔を上げて言った。
「阿部君、今頃どこにいるのかな?」
むせそうになるのを懸命にこらえて、「さ、さあ?」と一応応えておく。
もう、訊いちゃった方がいいかな。
訊いちゃった方が、いっそスッキリするかな?
そんで、三橋の愚痴とか聞いてあげた方がいいんじゃないかな?
オレはそっと小さくうなずき、深呼吸して、訊いた。
「あのさ、阿部とはいつ……?」
すると三橋は、顔を赤くして、うつむいた。
「え、と、先月」
先月って、まだ最近じゃん! そりゃまだ傷も癒えてないよね?
可哀想に、三橋……。勝手にもらい泣きしそうになって、オレはそっと三橋の手を握った。
「阿部のことなんか、放っといた方がいいよ! オレは三橋の味方だからね!」
励ますように、大きな声で言った時――。
「ほーお」
後ろから、地獄の底から響くような、剣呑な声がした。
飛び上がるように振り向くと、何で? そこには噂の阿部がいる!?
「あ、お帰りー」
三橋が、ぱっと笑顔になった。
へ? お帰り、って何?
っていうか、あれ? 阿部とは先月?
え? あれ? 別れたとかじゃなかったの?
オレ、何か、勘違いした? あれ?
冷や汗ダラダラのオレの前に、とん、と白い箱が置かれる。
「お前が来るからっつって、廉が言うから、わざわざ買いに寄ってやったってのによー。ったく」
そんなことをぶつぶつ言いながら、阿部がローテーブルの脇にどかっと座った。
と、入れ替わりに、三橋がすっと立ち上がる。阿部が言った。
「あー、悪ぃ、廉。オレには紅茶な」
「ん、分かってる、よっ」
パタパタとキッチンに向かう三橋の背中をぼーっと目で追いかけながら、「あ、これか!」と思い至った。
三橋が、過去形で話したりしたから!
「阿部、お前、コーヒー好きじゃなかったっけ?」
「あー、前はな。でも何か、胃が受け付けなくなっちまって。最近、紅茶ばっかだよ」
阿部はそう応えながら、疲れたようにネクタイを緩めた。
「遅かった、ね。電話しようかと思った」
三橋がそう言いながら、青いマグカップをテーブルに置いた。オレの手元にあるのと、同形色違い……。
「こ、のコップ……」
思わず呟くと、阿部が「あー」と言った。
「同棲記念にって、田島と泉がな。4色セットだぜ。あいつら、入り浸る気満々なのな」
同棲。それは、もしかして、先月から……?
言われて見れば、三橋らしくない、妙に片付いた部屋も、阿部がいると思えば納得できる。
「もう1個はね、赤なんだよー」
三橋が嬉しそうに言った。
その笑顔を見てはっとした。そういえば、三橋はずっと笑顔だった。なのに何で、変な風に勘違いしちゃったんだろう?
「何ていうか、遅くなったけど、おめでとう」
オレは居住まいを正して、ぺこりと頭を下げた。
すると、阿部が照れ臭そうな声で言った。
「おー。つか、おめでとうはお前だろ?」
そして、買って来た白い箱を、丁寧にぺりぺりと開けていく。ふんわりと甘い匂いが、控えめに広がった。
やっぱり、というか予想通り、中身はケーキだ。全部違う種類で6個入ってる。ただ予想外だったのは、阿部のセリフの方だった。
「え、覚えてたの?」
すこし驚いて尋ねたら、「あー、廉がな」と言われて、成程と思う。
何だ、心配する要素なんて、全然ないじゃないか。
三橋がローテーブルに、ケーキ皿とフォークをカチャンと置いた。
「お誕生日、おめでとう、栄口君」
どのケーキにする? と無邪気に勧められて、遠慮なく箱を覗き込みながら、オレは小さく「ありがとう」と言った。
ほっとしたから余計に、コーヒーもケーキも美味かった。
(終)
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