Season企画小説
鬼の嫁取り・5 (完結・R18)
「山に鬼が住み着いてるっつーのはさ、ガキの頃から聞いてただろ? もう、そこしかオレの居場所はねぇかも、って思ったんだ。だから、村を出て山に向かった」
隆也君の穏やかな声に、「うん」とうなずく。
勢力を伸ばし始めたのは、ここ数年。でもその前からその存在は、周辺の村々に知られてた。
本当に鬼なのか、鬼を名乗る無法者なのかは知らなかったけど、恐ろしい連中なんだって言われてた。
そこに1人で行くなんて。やっぱり隆也君は勇気、ある。
オレならどうしたかな?
もしオレに、ある日角が生えて来たら……頭から布団被って、雨戸を閉めて部屋の中を暗くして、ずっと閉じこもってるんじゃないのかな?
そう言うと、隆也君はふふっと笑って、オレの角のない額を撫でた。
「もしそうなってたら、オレは無理矢理お前の部屋に乗り込んで、布団引っぺがして、外に連れ出してただろうな」
優しい顔でそんなこと言うけど、想像してみると結構ヒドイ。
オレに置き換えたことで、何か思うこともあったのか、「ごめんな」って謝られた。
「出てく前に、お前にだけは話せばよかったな」
それはもう、言っても仕方のないことだけど。でも、隆也君が人間かどうかなんて、オレには関係ないんだって、伝わってたら嬉しい。
震える腕をそっと伸ばして、隆也君の額に触れる。
髪の生え際から伸びた角は、さっきと同じくつるんとしてて、異形の印なのに怖くなかった。
だって、隆也君だ。角があってもなくても、隆也君には違いない。
「ここの人、みんな生えてるの? 角?」
ぽつりとそう訊くと、隆也君は首を振った。
「いや、オレだけだ。『鬼』って呼ばれた山に巣くう連中は、あちこちからあぶれ、居場所を失い流れてきた、ただの人間の集まりだった」
「そう、か……」
婚礼の時に見た、数十人の鬼たちを思い出す。
みんなそれぞれ鬼の面をつけ、大声で陽気に笑い、囃し声を立て、指笛を吹いてた。
婚礼が始まる前から好き勝手食べて飲んでるし、声も大きいし恐ろしいよう気もしてたけど、そうか、ただの人間なんだ。
「でも、突然押しかけたオレを、あっさり受け入れて仲間に入れてくれた。行き場がねぇのはみんな一緒だ、つってさ」
「よかった、ねっ」
隆也君に、ちゃんと居場所があってよかった。いじめられてもなく、辛い思いしてる訳でもなく、無理矢理働かされてたり、食べられてたりもしてなくてよかった。
そう思う心は本当なのに、なんでこんなに胸の奥がモヤモヤするんだろう?
「隆也君……」
名前を呼んで、彼の首に腕を回す。
力がなくて引き寄せることはできないけど、彼はしっかりと目を合わせ、「なんだ?」って訊いてくれた。
好きだなぁと思う。
独り占めしたい。――モヤモヤするのは、多分嫉妬だ。
オレは隆也君のこと好きだけど、そういえば隆也君はどうなんだろう?
嫁にって望んだのは、瑠里じゃなかったの? 瑠里と修ちゃんのこと、隆也君なら知ってるハズなのに……。
「花嫁がオレだって、いつ気付いた、の?」
引き脱がされ、畳の上に放られたままの白無垢や綿帽子に目を向ける。
高砂で綿帽子を脱がされた時? それより前かな?
確かに目深にかぶってたし、色白だし痩せてるし小柄だから、パッと見なら女に見えると思うけど。でも、同じ幼馴染の隆也君が、オレと瑠里を間違うことはないだろう。
オレで良かったの、かな?
そしたら、隆也君は「最初から」ってニヤッと笑った。
「16になる村長の孫、って指定したら、絶対お前の方が来るだろうって思ってた。逆にお前の方を指名したら、きっと修吾が代わりに来る。……だろ?」
「そう、だね」
言われてみれば確かにそうで、否定の仕様もない。
そう、もしオレが生贄に選ばれたなら、きっとオレを殴って縛ってでも、修ちゃんが身代わりになりたがるだろう。逆も一緒だけど。
そういうの分かってるの、やっぱ同じ幼馴染だからかな?
あれこれ考えて計画を立て、実行するの、隆也君らしいかも。頭、いい。
「瑠里も修吾も、どっちもいらねぇ。オレの欲しいのはお前だけだ、廉」
隆也君がそう言って、オレにそっと口接けた。
「山に来て3年、オレはずっと不幸じゃなかった。無法者の集まりだけど、みんなオレを受け入れてくれたし、頼りにもしてくれた。けどやっぱ、寂しかった。お前に会いたくて……無理矢理奪って、閉じ込めてでも手に入れてぇと思ってた」
オレを見下ろす真っ黒な目が、行燈の明かりを受けて光る。
「これからはずっと一緒に。側にいてくれ」
嬉しい言葉に、魂が震えた。
「んっ、いる。いたいっ」
素直に即答すると、唇が塞がれる。上に掛けていた長襦袢が引き剥がされ、隆也君がオレの上に乗り上げた。
再び肌をまさぐられ、冷めかけてた熱がよみがえる。
首筋を、肩を、胸を、手のひらと一緒に唇や舌が這った。乳首を甘噛みされ、歯を立てられて、「ああーっ」と高く声が漏れた。
「まだ薬、効いてるか? もっと飲む?」
荒くなり始めた息とともに、隆也君が訊いた。太ももの裏を撫でられ、ヒザ頭を舐められる。
「あっ、んんっ」
快感に声が漏れる。
ヒザを舐めた温かな舌が、今度はゆっくりと内モモに這わされた。
「薬、いら、ない」
息を詰めながら首を振る。
まだ、あの高砂で飲まされた分が消えてないし、手にも力が戻らない。せめてしっかりと縋りたいし、顔も見たかった。
穴を拡げようとする、隆也君の指が熱い。
ぬるい香油がぴしゃっと掛けられ、ぐちゅぐちゅとかき回される。
「勃ってんな」
はっ、と笑いながら隆也君が言った。彼のより小ぶりな陰茎を、香油の付いた手で撫でられて恥ずかしい。
「可愛い」なんて誉め言葉じゃないと思うのに、好きで、嬉しくて、背筋が震えた。
指が抜かれて、彼が来る。
ぐぐっと貫かれる圧迫感。中を拓かれていく快感。抑え込まれて、無茶苦茶に揺さぶられて、欲しがられて幸せ。
「あっ、あああーっ!」
気持ち良くて、啼き叫ばずにはいられなかった。
口接けられ、舌を絡められて、喘ぎ声を封じられる。
繋がった場所が溶け合って、濡れて、隆也君が動くたびにはしたない音を立てる。それにすら煽られて、何度も波が高まった。
「愛してる、廉」
隆也君の声に、オレは何度もうなずいた。
「オレも」ってちゃんと言えたかどうかは分かんない。でも多分、もう言わなくても伝わってるって分かってた。
いつの間にか、寝ちゃってたらしい。
オレをしっかり抱き込んでた腕が、静かに離されて目が覚めた。隆也君が離れると、肌寒い。
ぼんやりと目を開けて見つめると、隆也君は手早く拾い上げた着物を着て、障子戸を少し開けた。
「お休みんとこ済まねぇ、大将……」
ぼそぼそと人の声がして、隆也君が静かに部屋の外に出る。
泥のように重い体をゆっくりと起こし、オレも手近の長襦袢を羽織った。
下半身が痺れたようにだるくて、帯を結ぶのも大変だったけど、何とか体裁を整えて這うように障子の外に出る。
薬はだいぶ抜けたけど、今はちょっと立てそうになかった。
まだ日の出前なのか薄明るくて、でも大勢の人が外に出て、色々作業を始めてた。活気のある朝だ。
宴会の片付けに、マキ割。野菜を運んでる人もいる。
みんな面を被ってて、ああ、鬼の集落なんだと思った。
廊下にぺたんと座ってぼんやり外を見回すと、数人の鬼と一緒に真剣な顔で話してる隆也君の姿もあった。
てきぱきと指示を出してるみたいで、対等で格好いい。
頭が良くて行動力があって、冷静で物知りで。きっとそういうとこ、ここのみんなに認められてるんだろう。
数年前から勢力を伸ばしたっていうの、隆也君のお陰もあるんじゃないのかな?
好きだなぁ、と思って眺めてたら、目が合った。
「廉、まだ寝てろ」
言いながら、隆也君がこっちに駆けて来る。
彼と話してた鬼3人が、オレに向かって頭を下げた。なんか照れ臭くて、ふひっと笑える。
同時にやっぱ、モヤッとした。オレだけがまだ人間で。
「ほら、中入ってろ。つーか、んな無防備な格好、オレ以外に見せんじゃねーよ」
怒ったように言われ、狭い座敷に連れ戻された後、オレは隆也君に抱き付いた。
嫉妬してくれるのも嬉しい。オレが嫉妬するのも好きだからだ。好きだから、一緒にいたい。この集落で暮らしたい。
鬼の花嫁じゃなくて、鬼の仲間として。
「オレも鬼の面、欲しい」
すると隆也君は、ふっと笑って――。
「じゃあ、作ってやるよ」
そう言って、オレをぎゅっと抱き締めた。
(終)
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