Season企画小説
鬼の嫁取り・2
差し出された手に、一瞬戸惑った。
いくら色が白くたって、女みたいな小さな手じゃないし、どうしよう?
袖から指先だけを出して、恐る恐るちょんと乗せると、袖ごとぎゅっと掴まれて、強引に駕籠の中から引き出される。
「うおっ」
とっさに色気のない悲鳴を上げちゃったけど、幸い聞き咎められたりはしなかった。
「待って」と言いたくても、ここで男だとバレたくはないし、黙ってるしかない。そのままぐいぐいと手を引かれ、板を張っただけの所に連れて行かれる。
屋根も壁も柱もなく、ただぐるっと周りを松明に囲まれた板の間に、ずらっと膳が並んでて――婚礼の場所なんだと分かった。
上座に高砂らしい席が見えて、ドキッとする。
オレの手を引き、強引にここまで連れてきた羽織袴姿の鬼は、高砂の前で短く「座れ」と命令した後、オレの横に自分もどっかりとあぐらをかいた。
……鬼の、長? この人が?
思ってたより随分小柄でビックリした。オレより少し高いくらいだ。修ちゃんとそう変わらない。
それに多分、年も若い。
顔は白い鬼の面で隠れてるけど、体つきや姿勢もいいし、動きもいい。「出ろ」とか「座れ」とか、短くかけられた声も、若くて張りがあった。
言われるまま固い円座の上に正座して、びくびくと周りに目を向ける。
板の間には次々に鬼が集まり、膳の前に座り始めた。
「酒だ、酒だーい」と叫ぶ声。
「もう食っていーのか?」
「始めようぜ、腹減った」
それぞれが野太い大声でわぁわぁと喚いて、村でやるような婚礼の席とは大違いだ。
オレだって、そんな何度も出席した訳じゃないけど……なんか色々、滅茶苦茶だった。あちこちで勝手に飲み始め、食べ始めてるし。
つくづく瑠里を来させなくて良かったと思う。婚礼がこんなんじゃ、あんまりだ。
みんなが面をつけたままだから、隆也君がいるかどうかも分からない。
と、目の前に大きな杯が差し出された。
ハッとして隣を見ると、白い鬼の面をつけた男が、左手に杯を持ってオレに受け取るよう促してる。
恐る恐る両手で受けると、白く濁った酒をいっぱいに注がれた。
甘酒か白酒? それとも普通に濁り酒かな? ちゅうちょしてると「飲め」ってまた短く言われて、仕方なく口をつける。
あまり酒って飲んだことないから、味がどうとかは分かんない。ただ、ちょっと甘くて、ちょっと癖があって、思ったより飲みやすかった。
こくこく飲んで盃を開けると、もう1杯注がれた。
ええっ、って思ったけど、アゴをしゃくられて促されれば、素直に口をつけるしかない。
ちょっと癖のある濁った酒を、女みたいにちびちび飲んだ。
3杯目を飲み干した頃、少し酔いが回ったのか、体が熱くなってきた。
慣れない白無垢が重くて、帯も詰まった襟も苦しい。綿帽子も熱くて、どうしようって思った。
冷たい水が飲みたい。
隣に座る、鬼の長? この人に頼んでもいいのかな?
「あのっ、みっ、お水、を……」
作った裏声でドモりながら言うと、なぜか突然、綿帽子を後ろに脱がされた。
女にしては短過ぎる髪が、顔が、夜風の中にさらされる。
「わっ」
悲鳴を上げ、慌てて綿帽子を被り直したけど、誤魔化せたかどうか分かんない。白い鬼の面で顔が見えない。
綿帽子を押さえたまま、カッと顔を熱くしてると、隣の鬼の長がすくっと立ち上がって、ドキッとした。
「行くぞ」
手首を掴まれ、強引に立たされる。
行くってどこへ? 短い命令に問い返す余裕もない。板の間に集ってた鬼たちが、一斉に「おーっ」と歓声を上げた。
大勢の視線に晒され、びくっと肩が跳ね上がる。
「もう寝んのか」
「頑張れよー!」
「男になって来い、大将!」
野次と共に、指笛をぴゅーぴゅーと鳴らされる中、オレは手首を掴まれ、鬼に引きずられるようにして、婚礼の席を後にした。
そのまま板張りの廊下を奥に進み、連れ込まれたのは狭い座敷だ。
乱暴に突き飛ばされ、悲鳴を上げて布団の上に倒れ込む。
行燈の明かりがゆらめく中、布団が1組しかないのは明らかで――。
鬼が、障子をパシンと閉め、羽織を後ろに脱ぎ落した。
「ま、待って……」
裏声を使う程の余裕もなかった。綿帽子が引き脱がされ、打ち掛けを強引に奪われる。
抵抗したいのに、なんでか力が入らない。
まさか酔いが回ったのか? 平衡感覚もおかしくなって、まっすぐ座っていられない。
重い帯を引かれ、ドタッと布団に倒れ込む。
「やっ」
悲鳴を上げても、帯を解く手は緩まない。
何とか懐剣だけは握り締めることができたけど、あっと言う間に掛け下着も脱がされ、長襦袢1枚にされてしまった。
絶体絶命なのに、頭がうまく働かない。はあ、はあ、と熱い呼吸を繰り返す。
平衡感覚がおかしい。目眩がして倒れそう。
必死に上体を起こし、懐剣を胸の前で構えると、白い鬼の面の向こうで、鬼の長がくくっと笑った。
「薬の効いた体で、んなモン振り回すとケガすんぞ」
「く、薬……」
響きのいい低い声に、さっきの酒だと気付いてももう遅い。
鬼が目の前で袴を脱ぎ、着物を脱いだ。
長襦袢からオレとは違う、鍛え上げられたたくましい体が見えて、ドキッとする。
「お、オレ、男、だよ」
震える声で言ったけど、「ははっ」と笑われて終わった。
「見りゃ分かるっつの」
って。
じゃあ何? どうすればいいんだろう? 男のオレをどうするの?
体に力が入らない。
「大人しくしてりゃ、痛くしねぇ」
そんな傲慢な言葉とともに、布団の上に押し倒される。
――助けて、隆也君。
幼馴染みの名前を祈るように唱えて、オレは懐剣を引き抜いた。
オレの上に馬乗りになった鬼が、さすがにぴくっと動きを止める。
「ケガすんぞ、つっただろ」
鬼の声が、怒ったように低くなった。白い鬼の面越しに、怒りの気がビシビシと伝わる。
けど、オレだってここで終われない。
「教、えて」
ぶるぶる震える右手になけなしの力を込めて、鬼の長に剣先を向ける。
「隆也君は、どこ?」
オレの質問に――鬼は。
「んなヤツはいねーよ」
そう言って、白い鬼の面を取り去った。
(続く)
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