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Season企画小説
鬼の嫁取り・1 (2015節分・和風昔話パロ)
 真新しい白無垢に銀糸を織り込んだ重い帯。白い綿帽子を深く被って、短い髪も顔も隠す。
 昔から色白なのを気にしてたけど、今となってはありがたい。ほんのり紅を差すだけで、パッと見た限りは女に見える。
 いくら痩せっぽちだっていっても、やっぱり女に比べれば肩幅があるし。手の大きさや喉仏までは隠しようがない。けど――嫁入りするのは夜だから。
 寝屋の中に入るまで、喋らずに大人しくしてればいい。
 持たされた懐剣をぎゅっと握り、オレはそれを胸元に差した。

 村長を務めるじーちゃんの屋敷は、準備に追われて騒がしい。
 和気あいあいとした賑やかさじゃなくて、張り詰めた緊張感が漂ってるのは、普通の婚礼じゃないからだ。
 嫁入りするのは、村長の孫娘。
 そしてその嫁を取るのは、ここ数年で一気に勢力を伸ばし始めた、山に住む鬼の長だった。

「れんれん、本当に行くの?」
 従姉妹の瑠里が、白無垢よりも白い顔をして訊いた。
 自分が着るハズだった花嫁衣裳の裾をぎゅっと握り締め、かわいそうに、カタカタ震えてる。
「大丈夫、だよ。心配するな」
 にへっと笑って見せても緊張は隠せてなかったみたいで、瑠里をますます不安そうにさせただけだった。
 同い年のこの従姉妹を、どうしていきなり鬼の長が望んだのかは分からない。ただ、随分一方的な申し出だったって言うのは、じーちゃんから聞いてた。
――村長の16になる孫を花嫁に差し出せば、今後一切村に手出しするのをやめてやろう――
 鬼から送られて来た手紙には、そんな風に書かれてたらしい。

「瑠里には修ちゃんがいる、でしょ」
 自分より細い手を握って、ふひっと笑う。
 修ちゃんっていうのは、オレたちの幼馴染みの1人だ。うちと同じく庄屋の子で、瑠里の許嫁。
 幼馴染みにはもう1人、隆也って子がいたんだけど……3年前に山で行方不明になって、それっきり帰ってこない。両親は先に亡くなってたから、ホントにそれっきりだ。
 鬼に取られたんだろう、って、噂も聞いた。
 鬼に食われたんじゃないかって噂もある。もう生きてないだろう、って。
 強くて優しくて頭が良くて、いつも格好良かった隆也君。
 その隆也君が死んだなんて、オレはどうしても思えなくて――諦められなくて。いつか帰って来てくれるって、3年間ずっと待ち続けてた。

 隆也君に会いたい。
 元気なのか、そうでないのか知りたい。
 そんでもし、村の人たちが言うように、ホントに鬼のせいで死んでたら――カタキ、取るんだ。
「オレは、オレのために行く、んだ。だから瑠里は、幸せになって」
 懐剣を収めた胸元をそっと押さえてそう言うと、瑠里は「れんれん……」って呟いて、ぽろっと泣いた。
「れんれんって、言うな」
 ぼそっと怒ったフリで呟くと、瑠里が泣きながら小さく笑った。
「れんれんは、れんれんでしょ」
 細い指で涙をぬぐう仕草を、静かに見守る。
 屋敷の緊張が移ったかな? ノドがカラカラで、ソワソワする。

 ――嫁入りの時が迫る。

 たがてカラッと障子が開けられて、出発の準備ができたと知った。
「廉、本当にお前……」
 迎えに来た伯父さんが、苦しそうな顔で口ごもる。
 そりゃ瑠里は大事だけど、でもその為だけに身代わりになるんじゃないんだし。伯父さんが負い目に感じることなんて、何もない。
 オレは、できる限り平静を装って、力強くうなずいた。
「みんなのこと、よろしくお願いします」
 頭を下げて、立ち上がる。
 重い花嫁衣裳。打ちかけの前を軽く持ち、玄関までの長い廊下をそろそろと歩く。

 「おめでとう」の言葉も、笑顔もない、とても静かな出立だった。
 いっぱいの花で飾られた駕籠に乗り込み、「お願いします」と声を掛ける。扉代わりのすだれが降ろされると、日の暮れた村の様子は何も見えない。
 籠を担ぐ村人の声だけが、「はいよー」、「よいしょー」って賑やかだった。

 提灯の明かりをちらちらと眺めながら、真っ暗な山道を揺られて行くと、やがて峠に差し掛かったところで、駕籠を地面に下ろされた。
 どうやら、駕籠の担ぎ手が代わるらしい。
「お嬢様、ワシらはここまででございます」
「どうぞご息災で」
 ここまでオレを運んでくれた村人2人が、駕籠の外にヒザを突いて別れの挨拶をしてくれた。
「ご苦労様、でした。みんなに、よろ、しく」
 少し高い作り声で礼を言って、深呼吸を1つする。
 覚悟はしてたハズなのに、再び乱暴に駕籠を持ち上げられた時は、うっかり悲鳴を上げそうになって焦った。

 徒党を組んで山を占領してるのは、鬼の一団だ。
 じゃあ、今この駕籠を担いでるのも、鬼なんだろうか? 鬼って、ホントに鬼? それとも「鬼」を名乗る盗賊団?
 オレが結婚式を上げる長には、やっぱり角があるのかな?
 緊張に冷たくなる手を、胸元でぐっと握り締める。
 ひどく揺れる駕籠では落ち着くこともできなくて、あれこれ考える余裕もなかった。

 ――隆也君。
 胸の中に浮かぶのは、3年前に別れたっきりの同い年の幼馴染み。
 隆也君に会いたい。
 会えなくても消息を知りたい。
 少し目尻の垂れた、形のいい瞳。真っ黒な硬い髪。普段キリッと濃い眉が、笑うと少し優しくなる、幼馴染みの顔を思い出す。
 もう随分背が伸びてるんじゃないか? もっともっとたくましく、格好よくなってるかな?
 オレのこと、まだちゃんと覚えてくれてるだろうか?
 また前みたいに優しい声で、「廉」って呼んでくれるかな?

 考えてる内に、鬼のアジトに着いたらしい。
「花嫁が来たぞー!」
 駕籠の外で、誰かが野太い大声を上げた。
 ドッと騒ぐ賑やかな声。笑い声、囃し声。ぴゅうぴゅうと下品な指笛を鳴らされ、村とは違う雰囲気に緊張する。
 ドスン、と乱暴に駕籠が下ろされて、すだれがまくり上げられた。
 ビクッと震えながら外を見れば、たき火で明るく照らされた広場に、数十人もの鬼がいる。
 山を占拠してるのが、鬼を名乗る人なのか、本当の鬼なのか、オレは知らない。
 ただ、全員がそれぞれ鬼の面を被ってて――。

「出ろ」
 羽織袴を着た鬼が、オレに手のひらを差し出した。

(続く)

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