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Season企画小説
ある旧友の初悪夢 (社会人・花井視点)
※この話は「初悪夢」の後日談・花井視点になります。






 それは1月某日、会社の新年会での事だった。
「レオネスの三橋って、ホモなんだって?」
 そんな話題が聞こえてきて、思わずギョッと振り向いてしまった。
 プロ野球チーム、埼玉レオネスの1軍で活躍してる三橋投手と、高校時代同じチームだったオレは、勿論それが事実だって事を知ってる。
 いや、本人の名誉のために言っとくと、ゲンミツにはホモじゃねぇ。好きになった相手がたまたま同性だっただけなんだ。
 ついでに言うと、その相手の男についてもオレはよく知ってたが、コメントは差し控えてぇ。
「ホモかぁ。まあ、言われて見りゃそんな感じかなー?」
「そういや熱愛報道も何もねーよな」
 酒の席での噂話を聞きながら、オレはそっと胃のあたりを押さえた。

 今年の正月に、そういや本人が「もうバレてるよ」つってたの思い出す。あの開き直りには感心しねーでもねーけど、旧友としては胃が痛ぇ。
 本人の指摘通り、「三橋廉/ホモ」でネット検索してみると、ホントにいっぱいヒットして来て、言葉もなかった。
 アンサイクロなんとかだったり、まとめサイトだったりで信憑性はビミョーだけど、だからって楽観視はできねーと思う。
 プロである以上は人気商売だし。野球だけやってりゃいいって訳でもねーもんな。
「まあ、ホモでも何でも、活躍してりゃいーんじゃねーの?」
 耳に入る噂話に、内心「だよなぁ」ってうなずきながら、ジョッキのビールをぐいっとあおる。
 キモいって意見もあるみてーだけど、「美女を食いまくるよりマシじゃん」みてーな擁護もあって、大体賛否両論らしい。
 ネットでも生の声でも大体一緒で、そういうもんなのかな、って感じだ。

 けどなぁ、だからって、「結婚式挙げたい」とか言い出したのにはドン引いた。
 当の恋人の阿部なんか、「バカ言うな」つってバッサリ切ってたもんな。
 最近は日本でも同性婚ブームがじわじわと来てるらしくて、結婚情報誌にも特集ページが組まれてる。
 それをさっそく買い込んで来てるんだから、三橋も結構本気らしい。
 正月にあいつらのマンション行った時、リビングのローテーブルにそれがこれ見よがしに置いてあって、うわぁ、と思ったもんな。言わなかったけど。
『球団にも相談したよ』
 とか。
『するんなら、シーズンオフに、内々に、って言われたよ』
 とか。三橋の外堀の埋め方がスゴくて、ああ阿部の影響だなぁとも思った。
 阿部は現実逃避のつもりなのか、やたらとハイピッチでビールを飲んでて、早々に酔い潰れてたけど、まあ自業自得だろうな。

「いーじゃん結婚。人生にケジメは大切だよ〜」
 そう言ってケラケラ笑ってたのは、栄口だったか水谷だったか? それは冗談半分だとしても、2人とも「反対」って感じじゃなかった。
 けど、こればっかりはオレは……阿部側かなぁ? だってリスクが大き過ぎんだろ?
 結婚式なんか挙げちまったらさ、それはもう確定っつーか、「ただの噂だろ」っつー逃げ場がなくなるっつーか、誤魔化しようがなくなる。
 そしたら、いらねぇバッシングも増えんじゃねぇ?
 三橋は……中学ん時にイジメを経験してんのに。世間の目とか、気にならねーのかな?

『結婚式には呼ぶ、ねっ』
 3日の朝、三橋に帰り際、そう言われたのを思い出す。
 式って。まさか結婚式か? アイツらの?
 ちょっと待て、と思ったけど、水谷も栄口も『よろしく〜』つって笑ってて、「遠慮する」とは言えなかった。
 アメリカで式、挙げようとか言ってなかったか? オレらにアメリカまで来いってか?
 下手にコメントすると、ホントに現地に呼ばれそうで怖ぇ。
 飛行機代がないから、とか言って断ると、チケット送って来られそうな気もする。そうなると逃げらんねぇ。いや、逃げてぇって訳じゃねーけど……。

 はあ、とため息をついて、黙ったままビールを飲む。
 さっきの連中の話題は、三橋の噂からいつの間にか、今年のルーキーの評判へと変わってて、オレはホッとして力を抜いた。
 正月からずっと、胃が痛い。
 場の会話に加わらず、黙々と飲み食いしてると、近くにいた課長が「どうした、花井君。大人しいな?」って声を掛けてきた。
 ビール瓶を掴んで差し出され、恐縮しながら注いで貰う。
「胃の調子が悪いのかね? 若いからって、暴飲暴食はダメだぞ」
 ははは、と笑われて、「ですね」って愛想笑いを返す。
 心因性の胃炎です、とは、何となく打ち明けにくい。旧友のホモが、とか、バカップルが、とか、悩みを訊かれても言えねーし。
「胃炎には牛乳だぞ、花井君」
 そんなアドバイスとともに、パンパンと陽気に肩をたたかれ、もう笑うしかできなかった。

「あとは卵に豆腐、大根、ジャガイモ……」
 つらつらと胃に優しい食べ物を教えてくれる、ほろ酔いの課長と、正月に『飲んどけ』って胃薬を1包くれたシラフの巣山と、どっちが親切なのか、ビミョーだ。
 正月の別れ際、巣山に言われた一言が、ふいに脳裏によみがえる。
『あいつらから目ぇ離すなよ』
 って。オレはあのホモバカップルのお目付け役じゃねーっつの。
 胃薬くれるより、あいつらの相談相手を買って出てくれる方が、はるかにオレの胃に優しい。
 目ぇ離すも何も、別に一緒に住んでる訳じゃねーし。会社だって別だし、家だって近所じゃねーし、連絡も密に取ってねーんだから、見張りようがねーっつの。

 はぁ、ともっかいため息をつくと、「まあまあ」ってまたビールを注がれた。
 飲酒こそ胃炎には悪いんですけど、とちらっと思ったけど、上司にそんなこと言える訳がねぇ。
 迷惑だから目立つような真似はやめてくれ、と、あのバカップル、特にメンドクサイ方に言うことも勿論できなくて。

――ペアの指輪、買ったんだよ――
 そんな能天気なメールを見た瞬間、ネット上でヒートアップする噂を想像して胃を押さえる羽目になったのは、それから数時間後のことだった。

  (終)

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