Season企画小説
初悪夢・前編 (阿部モブ(?)注意・夢落ち)
※夢落ちですが、阿部モブ結婚式から始まります。苦手な方はご注意ください。
なんでこうなっちまったんだろう?
今の心境を訊かれたら、こんな風にしか答えようがねぇ。
なんでオレは今、こんな場所に座らされてんだろう?
結婚式会場の、高砂席。
ライトアップされ、花で囲まれ、目の前に料理を並べられ……隣に、好きでもねぇ女を添わされて。
「新郎のお父君に、乾杯の音頭を取っていただきます……」
司会のアナウンスに呼ばれ、羽織袴を着込んだ親父がスタンドマイクの前に立つのを、呆然と見つめる。
新郎って誰だっつの。
祝辞も祝電も、何もいらねぇ。
違和感と嫌悪感に、アゴの先まで鳥肌が立った。
「自分の結婚式」だっつー実感がねぇのは、何もかもノータッチだったからだ。
式なんか必要ねぇつったオレに、女が親に泣きついて。うちの両親まで巻き込んで結託して、逆に仰々しい、いかにもな挙式披露宴を押しつけられた。
「一生に一度でしょ」って、だから何だっつの。めでたくもねーのに、喜べねぇ。
望んだ結婚じゃなかった。
望んだ相手でもねぇ。
オレの心ん中にいんのは、今も昔もアイツだけ。三橋廉1人だけだ。
なのになんで、アイツがこの場にいねーんだろう?
目の前にずらっと並ぶ丸テーブルには、親戚や上司、同僚、そして高校時代のチームメイトが並んでる。
花井、栄口、水谷、巣山……黒スーツに白ネクタイで座るヤツらの中に、当たり前だけど三橋はいなくて。
アイツら全員、顔は笑ってっけど怒ってんの丸分かりで、祝福されてねーのは明らかだった。
でも、一番めでたいと思ってねーのがオレなんだから、みんなにそう思われたって仕方ねぇ。つーか、祝福された方が辛い。
「隆也君、おめでとう。さあ飲みたまえ」
ビール瓶を引っ掴んで目の前のグラスを満たす、親戚のオッサンをじろっと睨む。
注がれたビールを一息で飲み干すと、オッサンは訳知り顔で「ほどほどにな」つってニヤニヤ笑って、どうしようもなくムカついた。
なんでこんな、愛のねぇ結婚をすることになったかっつーと、言い訳のしようもねぇ。
魔が差した。
三橋に1ヶ月以上会えなくて、寂しくて……それでも我慢しようと思ってたとこに、三橋のスクープニュースを見ちまった。
プロ野球で1軍選手として活躍する三橋には、日頃から確かに誘惑が多い。
女子アナやタレント、モデル、女優……。
週刊紙やワイドショーで取り上げられる「お相手」の女は、どんどんグレードが上がって来てた。
そりゃオレだってガキじゃねーんだし、そういうのがガセだってのは分かってる。
けど、あん時見ちまった映像は、どう見てもキスシーンで……何つーか、見過ごせなかった。
ムシャクシャした気分で酒なんか飲むもんじゃねーんだな。
偶然居合わせた知り合いの女に誘われて、煽られて……それからどうしたんだったか、記憶がねぇ。
朝起きたらホテルで、隣に裸の女が眠ってた。
行きずりの相手なら多分、そこで終わってたんだろう。
浮気は後味悪ぃけど、一生オレの胸ん中にしまっておければ問題なかった。
そう都合よくいかなかったのは、女が知り合いだったからだ。
正直、ヤった記憶もねぇ。なのに――。
「妊娠したの。阿部君の子だよ」
勝ち誇ったように報告されて、オレの人生は一変した。
三橋を失い、愛を失い、希望も喜びも何もかも失った。後に残ったのは家族と、膨らみかけた腹を撫でる女だけだ。
何が披露宴だ。何が祝賀だ。この先は地獄しかねぇ。
女の面倒も、ガキの面倒も見るつもりなかった。
――速攻で離婚してやる。
三橋以外、愛せねぇ。
けど、そうして女子供を捨てたとしても……三橋をこの手に取り戻すことは、もう二度とねーんだろう。
アイツを裏切っちまったのは事実で。
それを赦して受け入れてくれる程、三橋は寛容でも従順でもなかった。
「阿部、おめでとう……でいいのかな?」
声を掛けられて顔を上げると、栄口が笑顔でビール瓶持って側にいた。
無言で促され、グラスをあおって空にして、栄口の酌を受ける。
「……んな訳ねーだろ」
ぼそっと答えると、「だよね」って言われた。
顔は笑ってっけど目は全然笑ってなくて、怒りの深さを思い知る。
そういや栄口は、三橋と仲が良かったっけ?
花井は? 水谷は? 田島の姿がねーのは、ヤツが三橋の親友だからか?
「よくオレらに招待状なんか出せたよね〜?」
呆れたように言ったのは水谷だ。
同じくビール瓶を掲げられ、グラスのビールを一気に飲み干す。
「オレが出したんじゃねーよ」
注がれてく酒を見つめながら呟くと、ふん、と鼻で笑われた。
「三橋にも出したって、ホント?」
誰かの問いに胸の奥がすうっと冷たくなったけど、それだってオレの仕業じゃなかった。
隣の席で、遠慮なく料理を食ってる女をじろりと睨む。
『ねぇ、あなたのお友達にも招待状、送ったわよ』
得意げな顔でそう言われた瞬間の、あの苛立ちが脳裏によみがえった。
『勝手なコトしてんじゃねぇ!』
怒鳴りつけて、平手打ちしたような気がする。
床にドタッと倒れ込み、頬を抑えて泣き出した女に、苛立ちはさらに募った。
もう、これっぽっちも優しくできねぇ。
この結婚は、始まる前から破たんしてる。なのになんで、辞めさせてくれねーんだ? 勘弁してくれ。
『でもねぇ、「子はかすがい」って言うから。赤ちゃん産まれたら、案外うまくいくものよ』
って。訳のワカンネー理屈で押し切って、オレの反論を無理やり封じんのはやめてくれ。
やってみなきゃ分からない? そもそもやる気がねーんだっつの。なんで分かってくんねーんだ? なんで言葉通じねぇ?
誰の結婚だ? 何のための式だ?
こんなブス、愛してもねーのに。
たった1度の過ちで、つーか、それすら記憶にねーのに、ここまでオレが責任取らなきゃいけねーモンなのか?
悪夢としか思えなかった。
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