Season企画小説 歓喜の鼻歌・5 自分は見付かりたくないけど、隆也のことは見ていたくて、オレは姿勢を低くしつつ、彼の様子を眺めてた。 予約もなさそうだし、来るのも遅かったから、座れる席がないみたい。 隆也とその友人たちは、フロアの空きスペースに適当に立ったまま、運ばれて来たビールで乾杯してた。 楽しそうに笑う顔を見て、胸が痛むのはなんでだろう? オレの前以外で笑わないで、なんて、傲慢なこと考えてもない、のに。 彼の笑顔の前にオレがいなくて、オレがいなくても楽しそうで、それを見るとオレなんて別に、彼の人生に必要じゃないのかな、って、そんな気分にもなってくる。 もし、このまま……隆也の記憶が戻らなかったら、オレ、どうすればいいんだろう? また好きになって貰えるよう努力すべき? それとも、諦めるべき? 元々男同士の恋愛なんて、どう取り繕っても不自然なんだ、し。これを機会に、身を引いた方が隆也の為にはいいのかな? ちょうど1年の終わり、だし。 オレが寂しいのだけ我慢すれば、それで全部済むのかな? 「10分前!」 マイクを通して、スタッフが言った。 周りのみんなが「おー!」と叫んで、店中にそれがうわんと響く。 今年が終わるまで、後10分。 年越しそばの器と一緒に、気の抜けた飲みかけのビールが、「お下げしまーす」ってスタッフさんに持って行かれた。 代わりに新しいジョッキを渡されて、乾杯の準備が始まる。 「5分前!」 マイク越しの大声にあおられて、店内もヒートアップする。 乾杯するなら、ビールには口をつけない方がいいのかな? ジョッキの取っ手に手をかけ、中の炭酸をぼうっと見てると――コトン、と音を立てて、テーブルの上にビールジョッキがもう1つ置かれた。 ハッと目を上げると、目の前にニット帽を被った隆也がいる。 「お前、ひとり?」 「たっ……どっ」 名前を呼びそうになって詰まり、そのまま言葉にも詰まる。 オレの恋人の隆也? それとも、それを忘れた阿部君? 今、目の前にいるのがどっちなのか、とっさには判断つかない。 「ひとりか?」 隆也はもっかいそう言って、オレの顔をじっと見た。 そんな確認、わざわざしないで欲しい。カッと頬が熱くなる。 「ひっ……」 ひとりにしたのは隆也じゃないか。そんな文句が頭をよぎったけど、でもそれは彼のせいじゃないから言えない。 こんな時、どう言えばいいのかも分かんない。 オレは口を開いて、けど結局何も言えなくて、黙ったままうなずいた。 「3分前!」 スタッフの声。 店中が一体になって、わーっと盛り上がってる中、オレたちだけが多分、静かで。 「スケジュール帳にさ、書いてあんの見付けたんだ。今日の日付とさ、ここの店の名前。でも場所も何も覚えてねーから、連れて来て貰ったんだけど」 隆也はそう言って、真面目な顔でオレを見た。 オレは逆に、隆也の顔を見つめ返すことができなかった。 恋人じゃない彼に、どんな態度とればいいのか分かんない。笑えばいいのか、泣いてもいいのか、それももう分かんなかった。 「今日、ここでオレと一緒に過ごす約束してたのって、お前?」 ウソをついても仕方ないから正直にうなずくと、隆也は「そーか」って静かに言った。 「連絡してくれりゃよかったのに。……つっても、そこで連絡するようなお前じゃねーよな」 反論もできずに黙ってると、そのまま静かに謝られた。 「ごめんな、覚えてなくて」 「たっ、あ、阿部君、は悪くない、よ」 そう、悪くない。好きで記憶を失くした訳じゃない、し。わざとじゃないんだから、仕方ない。 慌てて首を振ると、また言われた。 「お前、この間からそうやって、『たっ』って言いかけてやめるけどさ、もしかして『隆也』って呼んでた?」 まっすぐな指摘に、ドキンと心臓が跳ね上がる。 うなずけばいいだけなのに、数秒かかった。 悪いことしてないのに、断罪されてるような気分。なんでお前なんかが、って、責められてるような気がして痛い。 「1分前!」 1年がもう終わる。 「三橋」 苗字で呼ばれて視線を上げると、困り顔の隆也と目が合った。 そんな顔をさせたいんじゃない。 ああ、違う。 そう思ったのと、涙があふれたのと、ほぼ同時だった。 「15秒前! 10、9、8、7……」 マイクで叫ぶスタッフに、店内のみんなが声を合わせる。 カウントダウンを唱えてないのは、きっとオレたち2人だけ、で。 テーブル越しに伸ばされた腕に、ぐいっと首を抱かれたけど、それは高1の夏の美丞戦の時と同じ、チームメイトの距離でしかなかった。 「3、2、1、0! ハッピーニューイヤー!」 「おめでとうー!」 「明けましておめでとうございまーす!」 スタッフたちの大声に、店内のみんなが口々に叫ぶ。 おめでとう。おめでとう。指笛が響き、拍手が鳴って、女の子たちが「きゃー」と叫んだ。 みんな新年のお祝いに夢中で、誰もオレたちの会話なんて聞いてない。 だから、ぼそりと言われた「ごめん」の言葉も、聞いたのはオレだけだっただろう。 それが、どういう意味の「ごめん」なのかは分かんなかったけど、謝って欲しい訳でもない、から。 「明けまして、おめで、とう」 オレは隆也にそう言って、精一杯の笑みを向けた。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |