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Season企画小説
ギャップ[・8
 クリスマスマーケットとドゥオーモ横のデパートを冷やかした後、ふと思いついてレオナルド・ダ・ヴィンチ博物館にも行って見た。
 スマホで検索すると、地下鉄で16分、徒歩で23分って出たから、歩いて行ってみることにする。
 アスファルトじゃなくて石畳のせいなんか、ミラノの街は何となく白っぽくて、ちょっと明るい。通りに面した古そうなビルも軒並みグレーで、統一感があってキレイだ。
 しばらく行くと、石畳もビルもオレンジがかったものが増えて来た。なのにやっぱ統一感があるから不思議だと思う。
 ただ、どれもこれも同じ路地に見えるから、ちょっと迷いそうで怖かった。
 そうやって歩いて行ったにも関わらず、博物館は予想以上に面白くて、ふと気付くと5時になっててビックリした。
「うわ、やべ……」
 外に出るともう暗くなってて、ちょっと急ぎながらアパートに向かう。ライトアップされた街はやっぱキレイで、真っ暗じゃなくて安心だった。

 アパートに帰ってすぐ、冷蔵庫を物色した。
 冷蔵庫の食材は自由に使っていいって言われてたし、シンプルだけど、ハムと野菜を適当に炒めてすましちまおうかな、と思う。
 と、そこでデニスに声を掛けられた。
「Hey,T・A」
「T・A?」
 ってオレのことか? そりゃイニシャルはTとAだけど、なんでそんな呼び方?
 冷蔵庫を閉めて向き直ると、デニスは玄関を親指で差しながら、ゆっくりの英語で言った。
「Let's go to eat out together」
「あー……Where?」
 どこへかって訊いたら、「a neighboring bar」って。近所のバー? で合ってるか?

 夕飯になんでバーなのかは不明だけど、まあ近所だっつーし、断る理由もなかったから、うなずいて一緒に行くことにした。
 バーっつったら薄暗くて静かでジャズとか流れてそうなイメージだったけど、連れて行かれた店は、意外に広くて明るかった。バーっつーより食堂だ。
 地下鉄の駅近くって場所柄もあんのかな? 客も多くて賑やかだ。テーブルに色んな食べ物が山盛りに置かれてて、どうやらビュッフェになってるらしい。
「If you pay drinking money, you may eat as much as you like」
 デニスの説明にうなずきながら値段票を見ると、ビール1杯が5ユーロ。
 1ユーロは146円だから、食い放題と考えると、まあ安い方だろう。ただ、飲めば飲むほど損するような気もする。

 スパの軽食ビュッフェは、素材メインでシンプルだったけど、バーのビュッフェは調理したモンばっかだ。
 パニーニ、パスタ、野菜のパイ包み……。その他、名前のよくワカンネー料理がいっぱいで、しかもどれも美味い。
 デニスはさすがにちょっとずつしか食ってなかったけど、周りに女をはべらせて、ワイン飲んで、それはそれで楽しそうだ。
 一緒にいるせいでオレまで話しかけられたけど、何言ってっかワカンネーし。黙って返事もしなかった。

 ビールをジョッキ3杯飲んだところで、満腹になった。
 デニスは、と思って目をやると、女3人とワイン片手にまだ楽しそうに話してる。
 連れて来て貰ったのはありがてーけど、ヤツに付き合って長居はしたくねーし、そんな義理もねーだろう。
「I'll go home first」
 一応デニスにそう告げて、夜のミラノの街に出る。
 都会だし明るいし、ほろ酔いでいい気分だったけど、日本より治安がいいって訳もねぇ。
 なるべくしっかりした足取りで、周囲に目を配りつつアパートに戻った。

 ルーティンワークのように、財布をレンの部屋の金庫に入れて、それからバスタブに湯を溜める。
 ケータイを見ると、午後9時だ。レンからの着信は来てねーけど、撮影が長引いてんのかも知んねー。
 まあ、明日ミラノに戻るって思うと、やっぱ今日、できるだけ撮っとこうってなるよな。
――デニスと一緒にメシ食って来た――
 短いメールを送信しながら、着替えを持ってバスルームに向かう。
 レンやデニスがいると落ち着かねーって思ってたけど、自分ちじゃねぇアパートに1人っきりってのも、思ったより緊張した。

 風呂に入ってる間に、デニスが帰って来たらしい。
 思ったより早かったな、と思いつつバスルームを出ると、ちょうどデニスの部屋の戸が閉まるとこだった。
 中から女の高い笑い声が聞こえて、お持ち帰りしたんだな、と悟る。
 この前レンに言われた通りの状況だ。勘弁してくれとは思ったけど、オレはただのレンの客だし、文句言っても仕方ねェ。
 冷蔵庫から水を取り出し、妙な音を聞かされねーうちに、レンの部屋に退散する。
 戸をパタンと閉め、やれやれと息をついた時――。

「Ciao」

 部屋の中から声を掛けられて、飛び上がるくらいドキッとした。
 ハッと振り向くと、ダブルベッドの上に黒髪の女が寝そべってて、こっちを向いて笑ってる。
 布面積の小せぇ服から豊満な体が覗いてて、慎みがねーっつーか、みっともねぇ。
 つーか、なんで勝手に入って来てんだ!? 今更ながらに、レンが「金庫、金庫」うるさかった理由を思い知って、腹の底が熱くなった。
 きっと前にもこういうことがあったんだろう。
 自分の恋人が、下品な女に夜這いかけられたかも知れねーと思うと、ムカついてしょうがねぇ。

 もう、英語に変換するような余裕さえなかった。
「何やってる!? 出てけ!」
 大声で怒鳴り付けると、女はビックリしたように目を見開いた。
 両手を広げて言い訳するように喋ってたけど、ワリーな、イタリア語は分かんねぇ。
「降りろ!」
 怒鳴りながら手首を掴んで、強引にベッドから引きずり下ろすと、女は悲鳴を上げながら、オレの顔を睨みつけた。

「Schiaccia palle!」

 捨て台詞を吐いて、部屋から出て行く下品な女。ドアがバタン! と乱暴に閉められたけど、どう見ても逆切れだ。
「くそっ」
 下品な香水がぷんぷん漂ってて、気持ち悪くて仕方ねェ。窓を開けて換気しつつ、シーツを強引に引き剥がす。

 ケータイが鳴ったのは、その時だった。
 ドキッとして手に取ると、レンからの着信だ。
 「はい」って返事する間もなかった。電話が繋がると同時に、慌てたように喚かれた。
『阿部君っ、無事!?』
 って。
 一瞬何の確認なのか分かんなくて、返事できねーでいると、さらに言われた。
『女の子に食われて、ないっ!?』

 身もフタもねェ言い方がおかしい。
 どんな顔して言ってんのか、考えるだけで「はっ」と笑えた。
「ねーよ。今追い出したとこ。シャワー浴びてる内に入られちまったみてーでさ。ごめんな」
 素直に謝ると、『うおっ、一緒だ』って言葉が返る。
『デニスと出掛けた、ってメールあった、から、そうなると思った。阿部君、格好いい、し。デニスはすぐ、女の子紹介しようとする、し』
 レンはそう言って、電話の向こうで『ふぃー』と気ィ抜けたようなため息をついた。

『わ、るい人じゃないんだ、けど、余計なお世話、だよ、ね』
 悪い人じゃねーって。デニスを庇ってんのにはムカつくけど、仲間を悪く言わねーのはレンらしい。
 まあ、女を連れ込むくらいなら、悪い冗談で済むのかも。女を紹介って、ふざけんなって感じだが、男を紹介されるよりマシだ。
 つーか、恋人いるって分かってんのに連れ込むなよな。いや、だからこその冗談なんか? 全然笑えねぇ。
 これがもし、レスラー並みの巨漢の男だったらと思うと、ゾッとする。それをしねぇ辺り、一応、あれでも空気は読んでんだろうか。

 話してる内に、怒りも苛立ちも収まって来て、オレも大きく息をつく。
「……心配した? 浮気」
 冗談半分で試すように訊くと、『ううん』って即答された。
『信じてた、よっ』
 どんな顔して言ってんのか見えねぇから、ウソかホントかは分かんねぇ。
 あの慌てぶりから見て、相当焦ってたっぽいのはバレバレだし。やっぱ、ちょっとは心配したんじゃねーかと思う。
 そんな風に、この極上の恋人に嫉妬されたり心配されたりすんのは、悪くなかった。

「オレ、もう、お前以外には勃たねーよ」

 囁くように告げると、レンは『そっ……』って言葉を詰まらせた。
 あー、多分今、真っ赤になってんだろうな。と、想像するだけで嬉しかった。

(続く)

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