Season企画小説
ギャップ[・5
連れて行かれたスパ施設は、日本のスーパー温泉なんて目じゃねーくらい広かった。
市街地にあんのに、スゲー贅沢な空間の使い方。
バスローブも水着もスリッパもタオルも、全部レンタルなのは日本と同じだけど、「何もいらねー」っていうのは、オレみてーな観光客にも親切だな、とちょっと思った。
ぬるいジャグジー、サウナ、全身泥パック……。熱い湯船がねーのはちょっと物足りなかったけど、レンの勧めるままに色々試すのは楽しかった。
「阿部君、泳ごう」
って、手ぇ引かれてプールの方に連れて行かれたり。
「泥パック、塗ってあげるね」
って、互いの背中に塗りっこしたり。レンの方がはしゃいでて、こっちも笑顔になって来る。
そういや、こういうデートってしたことねーよな。
日本でも仕事の合間とかに、ちょっとくらい出掛けてもいーのかも?
サウナでぼうっとしてる顔がヤベェくらいエロくてヤキモキしたけど、しっかりメンテナンスされた極上の体は、誰よりもキレイで誇らしい。
ぐるっと周りを見回しても、レンくらいキレイな体の男はそういねぇ。
男にも女にも、たまにちらちら視線を寄越されてて、そのレンが自分の恋人だって思うと気分良かった。
客は、カップルや友達、家族連れが多い。1人でのんびりリラックスしてるオッサンもいるみてーだ。
途中、何度か女の2人連れに声かけられたものの、全部レンが、慌てたように断ってた。
「あ、阿部君が、格好いい、からだ」
女を追い返した後、むうっとしたように愚痴られたけど、意味ワカンネー。
どうやら逆ナンだったみてーだけど、それなら女どものお目当てはオレじゃなくて、間違いなくレンの方だ。
だってオレ、モテたことねーし。
「考えすぎだろ」
呆れたように笑ってたら、「ホントだよっ」って怒られた。
「大家さんだって、格好いいって誉めてた、し。で、デニスだって……」
って。
んなの、「恋人です」って紹介したら、普通は適当に誉めるもんだっつの。リップサービスに決まってる。
でも、こんなくだんねーことでケンカしたって仕方ねェ。
「阿部君は、自分が格好いいの、自覚してくだ、さい」
上目遣いで拗ねたように見てくる、その顔と態度が妙にエロい。
ガウンの襟元から覗く、キレイな鎖骨もエロい。
年上なのに可愛くて叶わねェ。「分かった、気ィつける」って譲るしかなかった。
料金には軽食ビュッフェも含まれてたから、せっかくだし一通り食べた。
パンとかチーズ、ヨーグルト、それにフルーツなんかがメインみてーで、シンプルだけどどれも美味い。
コンビニスイーツにそっくりの、カップに入ったデザートもあって、レンがスゲー迷ってたのも笑えた。
「きょ、今日の1個」
そんな風に真剣に選んでんの見ると、うちのコンビニで毎回あんなに選んでんのも分かる気がする。
美味いけど、ただ、こればっかりを腹いっぱい食べるって感じでもねぇ。
メシ食うとこはちゃんとあるらしかったけど、レンに「外で食べよう、か」って言われたから、そのままそれに従った。
スパを出る前、着替えの時に、レンが香水つけてんのを見た。
スプレーじゃなくて、無地のガラス瓶に入ってる。それをちょっとずつ手に取って、胸元とうなじと手首の裏につける感じだ。
昨日嗅いだ柑橘系のフレッシュな匂いがふわっと漂って、何つーか美味そう。
「珍しーな、香水。自分で買ったのか?」
昨日から気になってたことをさり気に訊くと、「ううん」って笑顔で首を振られた。
「まだ、売ってない、よ」
どういう意味かと思ったら、来年の春に発売の新商品らしい。
「あさってコレの撮影だ、から、イメージ掴んでおこうと思って」
そんな風に、さらっと言ってしまえるプロ根性が、相変わらず格好よくて好きだ。
「阿部君、もっ」
そんな言葉と共に、いきなりちょんっと胸元につけられて、うわっと思ったけど……。
「同じ香り、だ、ね」
嬉しそうに、赤い顔でにへっと笑われたら、何の文句も言えなかった。
スパを出てから、しばらく歩いてパスタとチキンを食った。
途中、ドゥオーモっていう大聖堂の前にデカいツリーがあんのを見て、そういやクリスマスだったな、と思い出す。
昨日の晩は、ここでもミサとかやってたんかな?
日本のクリスマスとはやっぱ色々違ってて、でもそんな日にゆっくりレンと過ごせて嬉しい。
メシの後、ドゥオーモ横のクリスマスマーケットにも立ち寄った。
日本の初詣の神社の縁日みてーな感じ? 屋台がずらっと並んでて、人も多くて賑やかだ。
売ってるモノはやっぱ、食品と雑貨が多いんかな? ドライフルーツの量り売りとか、変わった置き物とか、どれもこれも珍しい。
帽子やハンカチはともかく、こんな屋台みてーなとこで指輪やネックレスなんか買おうとは思えねーけど、それでも客が並んでた。
香ばしい匂いがすると思ったら、焼き立てのケーキや、ドーナツなんかも売ってるみてーだ。
「お腹すかせてココ来ると、危険、だ」
真顔で言われて、可愛くて笑える。
まあ確かに、家には昨日の素朴なケーキも残ってるし。レンの言う「今日の1個」はスパのビュッフェで食っちまったから、我慢するしかねーんだろう。
ドリンクワゴンでホットカプチーノを買って、ベンチで休みながら飲む。
山積みになったコロネとか、ずらっと並んだチョコとか、レンにとっては誘惑が多そうで、「むーっ」って唸ってんのも可愛かった。
せっかくユーロに換金したんだし、買い物もしてみたかったから、雑貨屋でランチョンマットを2枚買った。
レンには後ろで見てて貰って、まずは1人で買ってみる。
値段交渉するとか、そんな高度なことはできなかったけど、片言の英語で何とかなったみてーで良かった。
ランチョンマットは、帰国後にこそっとレンのマンションに置いとこうと思う。
オレ1人の時に、そんなの使わねーし。
またあのマンションで、レンと2人、向かい合ってレンの手料理を食いたかった。
(続く)
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