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Season企画小説
ギャップ[・4
 部屋から出ると邪魔者は消えてて、2人きりになってた。
「あいつは?」
 短く訊くと、「ナンパ、じゃない、かな?」って言葉が返る。
「ナンパ?」
「そっ。ま、前に朝、女の子、ここにいて、ビックリした」
 真顔で言われて、ちらっと状況を想像する。朝、ってことは事後か? そりゃ気まずいよな。
 つーか……女をお持ち帰りしてるくらいなら、同居だっつっても心配する必要ねーんだろうか?
「だから阿部君、パスポートとか、金庫、ちゃんと入れて」
 レンがテーブルに料理を並べながら言った。

 ナンパとパスポートと、どう繋がんのかワカンネー。相変わらず説明が下手だ。
「そりゃ分かったけど、なにが『だから』?」
 訊き返すと、あっさり言われた。
「デニスはともかく、女の子は信用できない、でしょ」
 って。まあ確かにそうなのかも知んねーけど、意外にドライで、しっかりしてて笑える。
 海外経験が多いとそうなんのかな?
 オレにはあっさり合い鍵作って渡して来たくせに。なんつーか、警戒と信用のバランスが極端だ。

「オレは? 警戒しねーの?」
 試すように訊くと、ふひっと無邪気に笑われた。
「恋人に盗られて、困るモノ、なんて何もない、よっ」
 そんな風に即答されると、素直に喜ぶしかねぇだろう。
 レンの側にオレ以外の男がいると思うと複雑だし、やっぱちょっとは嫉妬するけど、ガキみてーに拗ねんのもバカバカしい。
 もうちょっと余裕持った方がいーのかな、と思った。

 促されてテーブルにつくと、ふわっとトマトベースのいい匂いに襲われた。
 ミネストローネって、イタリア料理だったっけ?
 そういや今日は朝からずっと機内食ばっかだったから、レンの手料理は嬉しい。
 スープのほかは、エビのマリネとチキンソテー。チキンはピリッとマスタードが効いてて、スゲー美味い。
 素直に誉めると、レンがじわっと赤面した。
「長旅、お疲れ様」
 そうねぎらってくれんのも嬉しい。けど何より嬉しいのは、こうしてレンと向かい合って、一緒に穏やかに過ごせることだ。

「みんな、イブにはミサに行くらしい、よ」
 とか。
「教会も、観光に行こうね」
 とか。
 白ワインで乾杯しながら、他愛もない事を話して、ゆっくり美味い料理を楽しむ。
 東京のコンビニで酒やチキンを売ってるよりは、余程有意義なイブだった。

 炭水化物がねーなと思ったら、食後にドーンとデカい箱を出された。
「パネットーネ。ミラノのクリスマスケーキ、だよ」
 箱のデカさにビビったけど、嬉しそうに見せられたのは、どうみてもデカいフルーツパンだ。
 けど、そういやヨーロッパの伝統菓子って、こういう素朴なんが多いかも。
 パンにしか見えねーし、別に切り分けなくても、ちぎって食えばいーんじゃねーか? そう言うとレンに、ぷるぷる首を振られた。
「ダメ、だよ。それじゃ食べ過ぎちゃう、よっ」
 って。
 なんだソレ、と思ったけど、甘さ控えめでフルーツ感たっぷりで、確かに切り分けしとかねぇとヤベェ。止まらねェ。
「マーケットで、5つも6つも抱えて買ってる人、いたよ」
 うひっと笑いながらレンが言ってたけど、それもかなり納得できた。
 

 寝るのはダブルベッドで一緒だったけど、セックスはしなかった。
「まだ仕事ある、から」
 レンにそう言われたのもあるし、オレの方も眠さが限界だった。
 シャワーを浴びんのもそこそこに、ドサッとベッドに倒れ込む。ワインのせいもあるかも知んねぇ。
「飛行機ん中で寝たんだけどな」
 けど、それもよく考えりゃ、12時間も前のコトだ。
「今、日本は夜明け前だから、ね」
 レンの穏やかな声が、スゲー心地よくて気持ちイイ。
 白いキレイな手で優しく背中を撫でられて、たちまち意識を失った。

 翌日は朝8時に起こされた。
 スッゲーよく寝たせいか、頭はハッキリしてるけど、体がダルくて仕方ねェ。
 いつの間にかデニスも帰って来てたみてーで、3人で一緒に朝メシを食った。
 ドライフルーツたっぷりのシリアルに、サラミと卵入りの温野菜サラダ、昨日の残りのミネストローネ、それからシンプルなヨーグルト。
 朝にガッツリ、夜は少な目に食べんのがイイとか、前にレンから聞いたのはいつだったっけ?
「イタリアは、ヨーグルトよく食べるみたいだ、よ」
 レンから話しかけられても、ダルくて「あー」としか返事できねェ。
「Why don't you go to the spa today?」
 デニスにもゆっくりな英語で言われたけど、頭ん中で翻訳するより、レンが応える方が早かった。

 今「spa」って言ったか? スパへ行けって?
 ミラノにスパなんて、都合よくあんのかな?
 けど、よく考えたらローマ時代にもデカい公衆浴場あったってくらいだし、イタリアって風呂文化だよな。
 じゃあ、もしかして大理石で囲まれたような、ローマっぽいスパがあったりもするんだろうか?
 掻き込んだシリアルを咀嚼しながら、デニスとレンの会話をぼんやりと聞く。
「Is that spa open from 9 a.m.?」
 レンが早口じゃねーせいか、何となく聞き取りができて、5mmくらいテンションが上がった。

 イタリア語じゃなくて英語で話してくれてんのは、オレのためなんだろうか?
 どっちにしろ早口で喋られると会話に付いて行けねーけど、確かに多少は聞き取りできる分、英語の方が気が楽だ。
「Though he was tired, did you let him overwork?」
 デニスに言われて、「What!?」ってレンが赤面しても、つまんねー嫉妬なんかしないでいられる。
 ふっ、と笑ってるとレンと目が合った。
 赤い顔で上目遣いにむうっとされて、可愛くて色っぽい。
 手ぇ掴んで引き寄せて、抱き締めてキスしてーな……と思ったけど、デニスの手前、それはさすがにやめといた。

「9時になったら、出掛ける、よー」
 照れ隠しみてーに言われて、ふふっと笑う。
「スパ? 近くにあんの?」
 そう訊くと、レンが「うんっ」とうなずいて、タブレットでそのスパのホームページを見せてくれた。
 イタリア語ばっかで、何書いてんのかすら読めなかったけど、写真を見る限りは豪華そうなトコだった。

(続く)

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あきゅろす。
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