Season企画小説
ギャップ[・3
レンが現在住んでんのは、トリカローレとかいう、2LDKで家具付きの短期賃貸物件だ。
日本の感覚で言うと、ウィークリーマンションやマンスリーマンションみてーな感じなんかな? いや、家具付きなんだから、貸別荘?
一応、シーツ交換や部屋清掃のサービスはついてるけど、食事は基本、自炊らしい。
けど、食器も調理器具も全部備え付けのがあるっつーんだから、便利は便利なんだろう。
モデル事務所が、ミラノでのショーが終わるまで、つってこういう物件を用意してくれて、そこに数人ずつあてがわれるんだそうだ。
トップモデルなら、ホテル並のサービスのついたコンドミニアムを用意されるんだろうが、レンはまだまだペーペーだっつってた。
日本で見たショーでは、トップ扱いだったのに。やっぱ世界のレベルは、相当高いみてーだな。
タクシーでアパートに着くなり、まずは1階に住む大家さんに挨拶に行った。
事前にレンから連絡してあったみてーで、頼まれてた抹茶味のチョコと、ついでに空港で買った友禅ハンカチを一緒に渡すと、えらい勢いで喜ばれた。
イタリア語なんて聞き取りも何もできねーから、何言ってんのかサッパリ分かんねぇ。
ただ、レンも大家のオバサンもずっとニコニコしてたから、悪い感じじゃなさそうで良かった。
しかもレンは、ホントに正直にオレのことを「恋人だ」つって紹介したらしい。
「いい男、捕まえたね、って。大家さん、誉めてたよっ」
エレベーターに乗り込みながら笑顔でそう言われて、いーんだけど恥ずかしい。
そりゃ、先に惚れたのはオレだし、猛プッシュしまくったのもオレだし、何も恥じることねーとは思ってるけど、堂々とされるとちょっと戸惑う。
モデル事務所にも、恋人を泊めるって報告済みらしくて、呆れるしかなかった。
オレもそんくらい開き直った方がいーのかな? 水谷くらいには言っとこうか?
オレからスーツケースを奪い取り、「こっち、だよっ」って弾んだ声で先導するレンを、まぶしく見つめる。
格好良くて頼もしくて、1つ1つの動作がキレイでエロい。
早く部屋に入って2人きりになりたかった。
けど――。
「Sono tornato!」
そう言ってレンが開けたドアの先には、もう1人男がいた。
「Bentornato」
オレらより背の高い、マネキンかってくらい整った顔の男が、にこやかにこっちに寄って来る。
「阿部君、ルームメイトのデニスだよ。Denis, egli è Abe Takaya」
ルームメイト!? と、尋ねる暇もねェ。
レンの紹介の後、ペラペラと話しかけられて、戸惑いながら握手する。
「Sei un amante di Ren? Lui è bello. E' una moda Giapponese modello?」
ゆっくり言ってくれてるっぽいけど、まるっきり聞き取れねェ。つーか、多分イタリア語なんだろうな、と、分かんのはそんだけだ。
「Nice to meet you」くらい言った方が良かったか?
けど、それもどうも今更っぽい。返事もできねーで固まってるオレの前で、そいつとレンは笑いながら何やら話してる。
オレは会話を諦めて、ちょっと引いた気分でデニスって紹介された男を眺めた。
イタリア語話してるけど、多分イタリア系じゃないだろう。茶色がかった金髪に、グレーっぽい瞳。レンも色白だけど、やっぱ白人はホントに白い。
足が長くて肩幅広くて、その上で小顔だ。
……レンのモデル仲間、か?
2LDKだとか、2人部屋だとか確かに聞いてたな、と思い出して、じわっと腹の底が熱くなる。
事務所がこういう物件を用意して、そこに数人ずつあてがわれるんだ、って話もさっき聞いたばっかだ。
聞いてたのに、理解してなかった。
レンはモデル仲間とここに住んでる。
個室はそれぞれあるにしても、キッチンもリビングもバスルームも一緒で――。
それを当たり前って思ってることに、モヤッとした。
「阿部君、こっちだよ」
レンに嬉しそうに腕を引かれて、2人の会話が終わったと知った。
コンビニバイトで鍛えた接客スマイルをデニスに返し、くるっと背を向けてレンを追う。
デカいソファのあるリビングを真ん中に、2つの個室があるみてーで、レンの部屋はリビングから見て左側だ。
8畳くらいの広さの中に、ダブルベッドとサイドテーブル、シンプルなイスが1つだけ。なのに、妙に華やかに感じんのは、壁紙がピスタチオグリーンだからだろう。
「荷物は、クローゼット入れて、ね。貴重品は、面倒でも金庫……」
説明しながら部屋の奥に向かおうとするレンを、手首を掴んで引き寄せ、唇を奪う。
ぐっと抱き締めると、レンが「んっ」と甘く呻いた。
柔らかな髪に指を差し込み、深く舌を絡ませる。
レンの手が背中に這わされて、オレのコートをぐいっと掴む。
「コート、脱いで」
キスの合間にレンが言った。
互いに脱がし合ったコートを床に落とすと、レンが蕩けるような笑みを浮かべて、ぎゅっとオレに抱き付いた。
体にぴっちりフィットしたブルーグレーのリブセーターが、ハイネックなのに妙にエロい。
裾から手を差し込むと、インナーを着てなくて裸の背中が手のひらに触れた。
首筋からふわっと柑橘系の香りがして、ドキッと鼓動が跳ね上がる。
普段、香水なんかつけてねーのに、何で今?
一瞬デニスの顔が浮かんだけど、やっぱレンを信じたくて、オレは逆にその香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
コンコンコンコン、とドアがノックされたのは、その時だ。
縋るようにオレの服を掴んでた手で、ぽんと軽く背中を叩かれ、離れるように促される。
唾液で濡れた唇を手の甲でぬぐいながら、レンが大股でドアに向かった。
開いたドアから顔を覗かせたのは、当たり前だけどあのルームメイトの白人モデル、で。
「I'll go drinking now」
聞こえて来たのが英語だってことも、イラつき過ぎて気付かなかった。
(続く)
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