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Season企画小説
後悔してる訳じゃない・8
 残念ながら、相手の方も黙ってるつもりはねーようだ。
「夜中、三橋に逃げられたんだろ? その時点で普通は退場だ。もう自分の大学に帰れよ」
 痛いところを突かれて、一瞬ぐっと黙る。
 けど、無関係の人間に「帰れ」って言われたって、簡単には従えねェ。
「うるせーな、あんたに関係ねーだろ」
 オレはそう言って、相手の顔をじっと見た。
 それにそもそも、待ってんのは三橋だ。「今日1日待つ」つったからには、ここで待っとく必要がある。
 まだ伝言を頼んでねェ、伝えてねェ気持ちが1つあった。

 それを言うのは、正直スゲー気恥ずかしい。本音言うと、水谷にも立ち会って欲しくねェ。
 こういう男と一緒の時には、余計言いにくいし。ホント邪魔だ。さっさとどっか行けよな、と思う。
 けど、むしろ邪魔者がいた方が、証明になるんかな?
 堂々と胸張って、「好きだ」って言うって。悪いコトしてるみてーに、こそこそ隠したりしねーって。
 後ろめたい思い、三橋に二度とさせねぇ、って。

「関係なくはねーよ、可愛い後輩だし。個人的にも気に入ってるしな」
 隣の隣の部屋の男が、そう言ってオレを見返した。
 個人的に気に入ってる、って。小舅発言といい、いちいち含みのあるような言い方に思えて、モヤッとする。
「気にってる、って。好きってことっスか?」
 ズバッと訊いてやると、悪びれもしねーで「まーな」とか言われる。
 好きにも色々あると思うけど……イヤな予感がして、それ以上ツッコむ気にはなれなかった。
 分が悪ィのはオレだ。
「お前も好きなんだろ?」
「勿論でしょ」
 問われて即答するけど、相手を怯ますことはできそうになかった。

 夜中に自分ちに泊まらそうとしたり、早朝から電話かけたりするくらいの親密さは、やっぱ普通の先輩後輩とは思えねェ。
 水谷の方がまだ親しそうなのが、唯一救いではあるけど、でもそんだけだ。
 「好き」って。どの程度の「好き」なんか、気にかかって仕方ねェ。
 どの程度の覚悟でそう言ってんだ?
 ため息とともに目を逸らし、頭上のヤドリギを睨み上げる。
 三橋のことを考えて待ちてーのに、コイツがいると目障りで邪魔で、言葉がうまくまとまりそうになかった。

 一方の男はっつーと、停めた自転車のハンドルに手を掛け、余裕の表情でケータイを触ってる。
 用が済んだんなら、どっか行けばいーのに。
「自転車くらい、置いて来たらどうっスか?」
 オレがそう言うと、そいつはふん、と鼻で笑った。
「何? オレがいちゃ邪魔か?」
 って。当たり前だろっつの。
「まあ、そうっスね」
 正直に肯定してやると、陽気にケラケラ笑われた。それもまた、余裕あるみてーに思えてイラッとする。

「メールしてたんだよ」
 なんて、んなことどうでもいいっつの。
「誰に何のメール送ったか、知りてぇ?」
 訊かれて「別に」って即答はしたけど、その言い方にもムカついた。
 このタイミングでオレに向かって、敢えてそんなこと言うってことは、十中八九、送信先は三橋だ。
 三橋はどうするんだろう?
 コイツは何てメールに書いた?
 オレの呼び出しと、コイツのメールと……一体どっちを優先させる?

 黙ったまま目の前の男を睨んでると、余裕の顔で笑ってたそいつが、ふと視線をオレの後ろの方に向けた。
 つられるように振り向くと、三橋と水谷がこっちに向かって来てて、ドキッとする。
「よー、三橋。免許証見つかってよかったなー」
 手を上げてそう言った男に、三橋と水谷が揃って「ちわっ」と頭を下げた。
「あ、あの、先輩、ありがとうござい、ました」
 三橋はオレをキレイに無視して、先輩って呼んだ男の方に駆け寄ってく。男は「おー」と鷹揚にうなずいて、三橋の髪をくしゃっと撫でた。
 ムカッとしたけど、今のオレに文句を言う権利なんかねぇ。
「三橋……」
 呟くように呼びかけるけど、三橋はちらっと一瞬こっちの方を見ただけで、すぐに先輩に体ごと向けた。

「メール見た? 講義はいいのか?」
「は、い。どっちみち、頭に入んない、から」
 オレをよそに、親密な距離で話し始める2人の姿を、間近で見せられて胸が痛い。
 けど、不利なのは元から承知の上だし。三橋から目を逸らさずに、オレは2人の会話を聞いた。
「頭に入んないかぁ、可愛いなー、三橋」
 男が笑顔でそう言って、短くなった髪を撫でる。
 それにびくっと肩を揺らしつつ、三橋も満更じゃなさそうだ。顔が赤い。
「じゃあ、オレの言いたいこと、分かるよな?」
 三橋がこくんとうなずくのを見て、先輩の男がニヤッと笑った。
 その様子にカッと腹の奥が熱くなったけど――。

「阿部かオレの、どっちか選べ」

 男の口から出た言葉は、小さな嫉妬なんか吹き飛ばすくらい無茶苦茶で、衝撃的だった。

「……何言ってんだ?」
 動揺を隠すように呟いたけど、それに対する応えはねェ。
 阿部かオレのどっちか、って。どういう意味だ?
 オレが単なる元・バッテリーじゃねぇって知った上での発言か? 別れた恋人だ、って。知ってんのはコイツだけ?
 いや、それより、やっぱコイツも三橋を? オレと同じ意味で求めてんのか?
 なんで2択?
 「どっちも断る」って選択肢がねーのは、まさか、もうすでに付き合ってんのか?

 三橋は一瞬キョドった後、唇を笑みの形に引き結んだ。
 色素の薄いデカいツリ目が、オレとヤツとの間で揺れる。
「あ、の、な、なんで……? 先輩、が?」
 思いっ切りドモリながら、三橋が訊いた。その問いに男は、「好きだからな」って堂々と胸を張って答えてる。
「阿部を振るっつーんなら、オレにもチャンスはあるんだろ? だったら、お試しってことで付き合うぞ」

 横で聞いてても無茶苦茶だ、と思った。
 どうやらまだ付き合ってないっぽくてホッとしたけど、でも分が悪ぃことに変わりはねぇ。
「三橋」
 静かに呼んでも、三橋はオレの方を見ようともしねぇ。
 けど、だからってもう、簡単に諦めるつもりはねーし。簡単に負けだって認める訳にはいかなかった。
「オレを見ろ、三橋」
 手首をぐいっと握って引き、三橋の視線をオレに呼ぶ。
「話、聞いてくれ」

「は、話なら、さっき聞いた、よ」
 三橋が固い声で答えた。
 ツンと背けられる視線に、胸が痛む。
 オレを見たくねーなら、今はそれでいい。けど。
「じゃあ、上見て」
 オレはそう言って、すぐ横の桜の木の、葉のねェ梢を指差した。

(続く)

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