Season企画小説
後悔してる訳じゃない・7
誰かに相談していいとか、頼っていいとか、今までそんな甘いコト、1回も考えたことなかった。
誰にも言えねぇ、知られちゃいけねぇ、って。そればっかずっと考えて、閉塞感に潰れた。
もし去年、水谷に同じこと言われてたら……何か変わったんかな?
でも、今更んなこと考えたって、どうにもなんねぇ。
「遅ェよ」
はっ、と自嘲すると、「遅くないよー!」って強い口調で言われた。
「三橋、野球部の合宿で泣いてたもん。寝言で阿部の名前言ってさ」
寝言でオレの名前。そう聞いて、夜中のコトを思い出す。
『阿部君……』
寝ている間に呟かれた名前。頼りなく伸ばされた腕。そして……涙。
愛しくてかなしくて、思わず抱き締めた瞬間、夢ははかなく散ってしまった。後に残されたんは、言いようのねェ後味の悪さと、ツンツンした三橋だけだ。
合宿で泣いてた、って。じゃあオレのいねぇところでも、あんなふうに誰かに縋ってんのか?
温もりを求めて?
「そん時横にいたのはオレだったからさー、よしよし、って頭撫でてあげたんだけど。でも、起きてた連中にはしっかり聞こえたみたいでさ。『阿部って誰だ?』って噂になってたよー」
「……噂? で、お前は何て説明したんだよ?」
ジリッと一瞬胸が焦げたのをやり過ごしながら、オレは水谷の顔を見た。
「普通だよ。三橋の元相棒で、すごく仲良かったのに、卒業する時にケンカしたみたい、って。余計なこと喋ってないって」
水谷の説明を聞きながら、「ケンカ、な」と苦笑する。
旧友を前にしてても、思い出すのは夜中に見せられた、隣の隣の部屋に住む男の意味深な笑みだ。
『阿部、ね』
って。鼻で笑われたような気がしたのは、気のせいじゃなかったんだな。『小舅みてぇ』って、どういう意味だっつの。
オレの元を完全に去って、オレのコト忘れて、いつか三橋はあんなふうに、誰かの家に泊まるんだろうか?
その内、寝言で呟く名前は、他の誰かのになんのかな? そう思うと、落ち着かねェ気分になる。
あの「先輩」ってヤツみてーな、他の誰かに三橋を任せんのはイヤだ。
男でも、女でも。
そしたらもう、やりてぇことは決まってた。
「……頼みがあんだけど」
水谷の顔をまっすぐ見つめてそう言うと、かつてのチームメイトはいつもの調子でへらっと笑って、「何でもするよ〜」って頼りなく請け負った。
2時限目の講義が始まる前に、水谷は手を振って、校舎の方に戻ってった。
水谷に託した伝言は2つ。「免許証ホルダーの中をよく見ろ」と、「今日1日だけ、校門で待ってる」。
もう1個、伝えてぇことがあったんだけど、それは三橋がここに来てくれてからでいいと思った。
よその大学の塀にもたれ、見慣れねェ景色に視線を向ける。
朝みてーな行列じゃねーけど、ちらほらと登校してくる学生もいて、けど、誰もオレのことなんて気にしてねェ。
オレがここの学生かどうかすら、多分気にされてねーんだろう。
他人の目なんて、そんなもんだ。気にするから気になるだけだ。
ため息を1つつき、校門の横から奥へと続く並木を見上げる。葉も花もねーけど、見慣れたこの幹の感じは多分、桜なんだろう。
12月の桜にはまだ、つぼみも何もついてねぇ。
けど、その枝ばっかのハズの桜の木に、1か所だけ、わさっと黄緑色の葉が茂ってる。
色もそうだけど、つるんとした質感の葉は、どうみても桜じゃねェ。
あれは……ヤドリギ、だ。
ヤドリギなんかなくたって、キスなんかどこででもすればいい。そう言いつつ、周りの視線を恐れて何もできなかったのは、ちょうど1年前のこの時期だ。
あの頃のオレには、勇気も覚悟も何もなかった。
三橋への執着も、想いも。何も分かっちゃいなかった。その大事さも。愛しさも。
オレが後悔するべきなのは、別れたことじゃねェ。覚悟がなかったことだ。
三橋を守る覚悟。愛し抜く覚悟。どんな中傷も受け止めて、平然として前を向く覚悟。
正直、今のオレにだって、その覚悟があんのかどうかは疑わしい。けど、ブレねぇように努力はできる。
三橋に背を向けられるより、他人から背を向けられる方が辛いなんてこと、あるハズなかった。
三橋はもう、水谷からの伝言を聞いたかな?
ヤドリギから目を離し、コートのポケットからケータイを取り出す。
時刻は午前11時。
うちの大学なら、とうに2時限目が始まってる時間だけど。こっちの大学はどうなんかな?
三橋にさっき、ホルダーを渡した時には気付かれなかったようだけど、あの免許証ホルダーのカードポケットの中に、オレは紙片を挟んでた。
レポート用紙をちぎっただけの、手紙にすらならねぇメモだ。
――お前が好きだ。やり直したい――
ムシのいい願いだってのは分かってる。けど、やっぱどうしても、伝えなきゃ気が済まなかった。水谷が一緒じゃなきゃ、あの場で「見て」って言うつもりだった。
失言をわびた時、「今更だ」って言われて、伝える勇気も失くしかけたけど……。
ゆるい割に意外と周りを見てる水谷が、「諦めろ」って言わねぇってコトは、多分諦めなくてもいいってコトなんだろう。
できればそのセリフ、高校時代に言って欲しかったけど。
でも、あの別れがあったからこそ、覚悟の不足が分かったとも言えるし、後悔したもんじゃねーと思う。
胸が焦げ付くような、独占欲にも気付けた。
キキッ、とブレーキ音を立てて、目の前に1台の自転車が停まる。
「他校の門前で、何やってんだ?」
からかうように声を掛けられて、じろっと視線を返すと、相手はわざわざ自転車を降り、オレの横にスタンドを立てた。
「ここの大学の駐輪場って、えらい妙な場所にあるんスねぇ?」
イヤミったらしく言ってやると、「ふん」と鼻を鳴らされる。
「三橋から電話貰ったけど。落し物、お前んちにあったんだって?」
不機嫌そうに言ったのは、隣の隣の部屋の男だ。
昨日まで見せてたような、よき隣人の顔じゃねぇ。けどオレだって今更取り繕うつもりはなかった。
「落し物見付けたら、オレに渡せって言ったよな?」
って。睨まれようが、気になんねーし。そもそも、三橋の先輩であって、オレんじゃねーし。
「『分かりました』って言った覚え、ないっスけどね」
オレはそう言って、目の前の男に不敵な笑みを浮かべて見せた。
(続く)
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