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Season企画小説
後悔してる訳じゃない・6
 三橋の大学は、夜中に本人が言ってた通り、こっから2駅先にある。その校門前に立つのは、去年、三橋と一緒に下見に行って以来だった。
 走ってだって行ける距離なのに……その駅に降りることさえ、この9ヶ月間1度もなかった。
 朝の1限目を受ける学生たちが、駅からぞろぞろと列をなして、キャンパス内に入ってく。
 三橋はもう水谷んちから寮に戻ったんかな? 1限目は受けんのか?
 それとも、夜中にオレんちから走ったコースを、落し物探して往復してたりするんだろうか?
 コートのポケットから焦げ茶色のホルダーを取り出し、免許証の写真をじっと見る。よく見りゃ原付だけの免許で、身分証明のつもりで取ったんだろうなと分かった。
 身近にいる誰かが、そういうアドバイスをしたのかも知んねぇ。そう思うと、ジリッと胸の奥が焦げた。
 オレの目の届かねぇトコで、オレの知らねぇ三橋になってく。その事実が痛かった。

 ぼうっと校門前に突っ立ってたって三橋に会える訳がねぇ。ケータイを取り出して、ホルダーの写真を取って送る。
――今、校門前。自分で取りに来い――
 送信する直前、もしかしたらアドレス変わってんじゃねーかと思ったけど、あて先不明で帰って来たりはしなかった。
 らしくもなく緊張してんのに気付いて、はぁー、と大きく息を吐く。
 駅から流れてた学生の群れはひと段落したみてーで、一気に人影が減り、ガランとした。
 1限目が始まったんかな? チャイムかなんか鳴ったっけ?
 そんなことにも気付かねーくらい、やっぱ緊張してるみてーだ。三橋からの連絡もねーし、それらしい影もねぇ。
 それとも……来ねェつもりなんかな?

 落ち着かねェ気分を紛らわすように、塀にもたれて上を見上げる。
 葉っぱの落ちた何かの木に、1か所だけわさっと黄緑の葉の付いた枝があって、それが珍しくて目を凝らした。
「阿部」
 と、名前を呼ばれたのはその時だ。
 明らかに三橋の声じゃなくて視線を向けると、三橋を背に庇うようにして、水谷がこっちに歩いて来た。
 1人で来い、とは確かに指示はしてなくて、三橋を責められずにじろっと睨む。
 三橋は水谷の背に隠れつつも、オレの顔を見返した。
 意地張ってるみてーに、唇がへの字に引き結ばれてて、夜中のことを思い出す。このまま何か話したとしても、平行線だろうなと思った。

 黙ったまま睨み合ってるオレと三橋に焦れたのか、口を開いたのは水谷だった。
「阿部、落し物渡してやって。ほら、三橋も。ちゃんと返して欲しいなら前に出て」
 そう言って、三橋の背中を押すように、オレの前に連れて来る。
「……免許、取ったんだな」
 焦げ茶色のホルダーをポケットから出すと、三橋の視線がオレの手元に向けられた。
 けど、オレの問いへの応えはねェ。
「落し物は、こんだけか?」
 その問いにも返事はなかった。

「どこにあった、の?」
 愛想のねェ声で逆に訊かれて、「ベッドの上」つって答えてやったら、白い顔がカッと赤くなる。
 けど、ホルダーを差し出してやっても、それを受け取った時に礼なんかなかった。
「わざわざ来なく、ても。先輩、に、渡してくれればいい、のに」
 って。ツンと顔を背けられて、ほろ苦い笑みが浮かぶ。
 免許証の有無だけを確認して、さっさとポケットに入れちまう性急さに、落胆する権利もねぇ。
「先輩に迷惑かけらんねぇだろ?」
 含みを持たせてそう言うと、三橋はふんと鼻を鳴らした。
「阿部君が来る方が、メーワク、だ」
 さすがに水谷が「ちょっと、三橋ィ」ってフォローくれようとしたけど、自業自得だし、気にしてなかった。
「ごめんな」
 逆に、ぽろっと謝った。

 オレが謝んのがよっぽど意外だったのか、三橋が目を剥いてオレを見た。
 けど、そのリアクションに怒鳴るような気分でもねぇ。三橋に付き合って、ツンツンしたって仕方ねーし。
「卒業式ん時のあれ、失言だった。取り消す。ごめん」
 そう言って頭を下げると、三橋が「う……」と唸んのが聞こえた。
「卒業式のあれ、って?」
 能天気なのは水谷だけだ。
 「ちょっとな」って答えて三橋の方を見つめると、三橋はまた唇をへの字に曲げて、じと目でオレを睨んでる。
「い、まさら、だっ」
「だな。ごめん」
 三橋の非難に反論しねーで謝ると、またさらに三橋が「う、ぐ」って唸った。

 日頃ツンケンし慣れてねーから、受け止められるとどうすりゃいーか分かんなくなっちまうんだろう。頭の回転はそう悪くねーと思うけど、決定的に口下手だし。
 その不器用さは相変わらずで、可愛くてかなしい。
「あ、謝ったって、何も変わら、ない」
 への字口で、つり目をさらに吊り上げて、三橋が固い声で言った。
 断罪された気分で、ズキッと胸が痛む。
 もうコイツはきっと、オレの前で柔らかく笑わねぇ。目元を赤く染めて、蕩けるようにオレを見ることもねぇ。
 甘い声で「阿部君」とオレの名を呼ぶことも。
 あの日の別れは、必然だったと思うけど、こんな風に関係性が変わっちまうとは思ってなかった。

 ツン、と目を逸らし、三橋がオレに背を向ける。
「あり、がと。……さよなら」
 ぼそっと告げられる8文字の言葉。
 引き留めたかったけど、何も言えなかった。ただ、少し短くなった髪の三橋が、校舎の方に走ってくのを、遠く見つめるだけだった。
「ちょっ、三橋〜ぃ」
 後に残された水谷は、情けねェ声で三橋を呼び止めたものの無視されて、オレと三橋とを見比べるようにキョドってる。
 三橋ならともかく、水谷がキョドったって可愛くもなんともねぇ。
「……お前も行けよ」
 見かねてそう言ってやると、水谷は困ったように肩を竦めて、はーっ、と大きなため息をついた。

 そして。
「阿部、それでいいの?」
 妙に真面目な顔をして、オレの顔をじっと見た。
「オレ、知ってるんだよ。お前らがさ、高校の時付き合ってたの。オレだけじゃない。花井とか田島とか、他にも知ってるヤツいたと思うよ」

 それはかなりの衝撃発言だった。
「……は?」
 驚きを通り越して一瞬呆然とし、とっさに「何言ってんだ」って躱すこともできなかった。
「お前は必死に隠そうとしてたみたいだし、言わなかったけどさ。もっと、周りを頼っても良かったと思うぞ」
 水谷の言葉に、何言ってんだ、と思うけど、気の利いた誤魔化しも堂々とした反論も、何も頭に浮かばなかった。

「周りを……」
 頼る、って。いきなりそんなこと言われても、何をどうすればいいのか分からなくて絶句した。

(続く)

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