Season企画小説 後悔してる訳じゃない・5 振り向くと、ラフな格好に着替えた男と目が合った。 男はゆっくりと外廊下の鉄柵に近寄り、三橋の消えた暗い道路を見下ろしてる。 「三橋、起きたのか。まあ、1杯しか飲んでなかったし、泥酔じゃねーならそんなもんか」 納得したように呟いて、それからまたオレの方に目を向ける。その顔は薄く笑ってて、わざとかも知んねーけど、イラッとした。 「で? オレの大事な後輩に、何かしたの、お前?」 自分のもの、みてーな言い方にもムカつく。 「何もしてねーよ!」 「逃げられたくせに?」 間髪入れずに言い返されて、苛立ちは余計募った。 なんでこんなにイラつくかっつったら、図星だからだ。「逃げられた」。今の状況は、まさにそうだった。 部屋に戻ってからも、イライラは治まんなかった。 ローテーブルに置かれたままの、冷めたコーヒーとココアが目障りで、くそっ、と思う。 自販機なんかに買いに行かなきゃよかった。水で我慢してりゃあ……いや、そもそも起き出さなきゃよかった。 水谷のメールさえなけりゃ。 水谷……。 『水谷君ちに行ってみる』 三橋の言葉を思い出し、ぎゅっと胸が痛んだ。 『トモダチだから』 って。 オレんちに留まるより、なんでアイツを選ぶんだ? ケータイを取り出し、迷わず水谷に電話を掛けると、すぐに『ふぁい?』ってスゲー寝ぼけ声が応じた。 「おー、寝てたか?」 当たり前のコトを訊いても、ツッコむ理解力はねーみてーで、『……阿部?』って訊き返された。 「誰だと思ったんだよ?」 不機嫌に問い返しても、答えはねぇ。 こっちだって、別に水谷と長々話してぇ訳じゃねーし。 「三橋が今、そっち向かってっから。ピンポン鳴らしたら泊めてやって」 用件だけ言って、ピッと通話を終了する。 切ってから口止めすんの忘れたのに気付いたけど、もう今更どうでもいーかと思って、再度の電話はやめといた。 今更……いい人ぶったって仕方ねーし、そういうつもりもなかったけど、この寒空ん中で三橋がさまようハメになったら、完璧オレのせいだし。 三橋だって多分、「いい人ごっこか」って思うだろう。 はーっ、とため息を1つつき、ケータイを放り出してゴロンとベッドに横たわる。 布団はとっくに冷めていて、三橋の温もりの名残なんか少しも残っていなかった。 部屋を真っ暗にして横になっても、色んなことを考えちまって、結局一睡もできなかった。 夜が明けても「よし大学だ」って気分になれる訳じゃなく、ごろごろとベッドの上で寝返りを打つ。 もう今日はいっそ、自主休講にしちまおうか。そう考えだした頃、ピンポーン、と朝っぱらから呼び鈴が鳴った。 一瞬、三橋かと思ってドキッとしたけど――。 「朝からゴメン、三橋から電話があってさ……」 へらへら笑いながらそんなことを言いに来たのは、また例の、隣の隣の部屋に住む男だった。 「……はあ?」 思いっ切り低い声が出てしまうのは仕方ねーだろう。 こんな時間に三橋と電話、って。多分夜のことを謝ったんだろうけど、その連絡の早さにもイラッとする。 オレのマイナスの誘導がバレたんじゃねーかと、一瞬ちょっとヒヤッとしたけど、もう今更どうでもいーし。 「三橋がどうかしたんスか?」 不機嫌を隠さず睨みつけると、隣の隣の部屋の男は苦笑してひょいっと肩を竦めた。 「三橋、落し物したらしいんだよ。でさ、昨日オレらが乗ってたタクシー、どこの会社だったかお前、覚えてねーか?」 「知りませんよ」 苛立ち紛れに即答してから、白いボディを思い出す。 「……車体が白くて、ラインが入ってたような気がしますけど」 口に出すと同時に、コイツに寄りかかるようにしてた無防備な三橋を思い出し、心の中で「くそっ」と思った。 オレの不機嫌をよそに、相手は「さんきゅ」と軽い口調で礼を言って、それからオレにも探すように言った。 「お前の部屋にも落ちてねーか、一応探してやってくれ」 って。 三橋を完全に身内と捉えてる、その言い方にもカチンときたけど、何より気に障ったのは次のセリフだ。 「見つけたら、オレに渡して」 それは、この男の意向なのか、それとも三橋の望みなのか? オレとは直接やり取りしたくねーってのか? そんなに……オレに会いたくねーのか? 「分かった」とは返事できなくて、オレは黙ってドアを閉めた。 誕生日だっつーのに、なんでこんな思いしなきゃいけねーんだろう? 三橋を「ごっこ遊び」で弄んだ罪は、そんなに重いのか? 三橋が靴を履いた場所、コートを拾い上げた場所、ベッドから飛び降りた位置、オレがコートを脱がせたところ……。追い立てられるようにチェックして、三橋の「落し物」を探す。 一体何を落としたっつーのか、それさえオレには聞かされてねェ。 布団を乱暴に引き剥がすと、見覚えのねェ焦げ茶色のカードホルダーがぽろっと落ちた。 拾い上げると、そこには三橋の免許証が入ってて――。 いつの間に免許を? 落し物ってコレか? そう思うと同時に、ズキッと胸が痛んだ。 これをどうやって返すかなんて、考えるまでもねぇ。 ケータイで三橋のアドレスを呼び出し、けど思い直してメールを閉じる。 「取りに来い」つったって、今の三橋が素直に従うとは思えなかった。あの隣の隣の部屋の男に連絡されたら、「渡せ」って言われる。 水谷ならともかく……あんなヤツに、間に入られんのはイヤだった。 直接渡してぇなら、何も知らせず突撃した方がいいだろう。 9ヶ月前に別れたことを後悔してる訳じゃねぇ。けど、別れ方には問題があった。 「ごっこ」なんて言うべきじゃなかった。 オレだって、ちゃんと本気で――好きだった、と、直接あいつに伝えたかった。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |