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Season企画小説
後悔してる訳じゃない・4
 激しくあちこちに飛び回る視線。くっと口角を上げた作り笑い。キョドりつつも、状況を把握しようとしてんのがよく分かる。
 口がひし形にぱかっと開いて、何も言わねーまますぐに閉じた。
 警戒感丸出しで、毛を立てた猫みてーだ。安心させようとライトを点けても、警戒ぶりは変わんねぇ。
「あー……お前さ、昨日先輩と飲んでたんだろ? そんで酔っぱらって寝たみてーだな。そこまでは記憶あるか?」
 見かねて問いかけると、三橋は唇を笑みの形に引き結んだまま、やや首をかしげてうなずいた。
「ここは、その先輩と同じアパート。そいつがタクシーでお前を運んできて、困ってそうなのを偶然見かけてさ。そんでオレが引き取ってオレんちで寝かした訳。分かるか?」
 ウソは言ってねェ。
 一部黙ってることはあるけど、それはウソじゃねーし、言うつもりもなかった。

 三橋はマウンドの上にいるみてーな笑みを作って、オレの言葉を呑み込むように、視線を落とした。
 元々、頭の回転が悪い訳じゃねーと思う。ただ、思考が空回りしがちで、脱線しがちで理解が遅い。自分の思考の中に、すぐに潜り込む癖がある。
 起き抜けやパニックになった時は、特にキョドリやすくて――視線を落としたまま、こわばった笑みを浮かべてる今も、ぐるぐる考えまくってんのが分かった。
「先輩、は?」
 三橋がぽつりと訊いた。
 オレよりアイツか、と思った瞬間、じわっと腹の底が熱くなる。
「もう寝てんじゃねー? 呆れてたぞ、『こんなに酒弱いとは思わなかった』って。寮は厳しーから、飲酒バレちゃヤベェってんで、連れて行けなくて困ってた」
 これも、ウソじゃねェ。
 ウソとは言えねェ情報を、三橋がどう受け取ろうと知ったコトじゃなかった。

 三橋はようやく頭が働き出したみてーで、慌てたように視線を玄関に向けた。
「せ、先輩、に謝りに行かない、と」
 そう言ってベッドから飛び降りるのを、「待てって」つって引き留める。
 とっさに手首を掴むと、払われこそしなかったけど、真顔で見つめ返された。
 「放して」とか言われなくても、拒まれてんのが視線で分かる。けど、そんくらいで怯んだりする訳ねーし。
「もう夜中だぞ、逆に迷惑だろ」
 静かに言ってやると、三橋の唇がへの字になった。

「もう終電もねーし。朝まで待てよ」
 当たり前の提案にも、返事はない。ただ、そっと掴んだ手が抜かれた。
 作り笑いさえ浮かべんのをやめた三橋は、白い顔を無表情にうつむけて、綿パンのポケットからケータイを取り出した。
 枕元の目覚まし時計を確認すると、夜中の2時ちょっと過ぎだ。
 終電は間違いなくねーし、始発まではまだ3時間以上ある。
 今更話す事なんか、何もねーかも知んねーけど……さっき見てた夢の内容くらいは、訊いてもバチが当たんねーんじゃねーかと思った。

「座れ」
 オレの短い指示に、三橋はぴくりとも動かなかった。
 ベッドに座ったままのオレを、無表情の三橋のデカい目が、冷やかに見下ろす。
「突っ立ってても仕方ねーだろ、座れ。……コーヒーでも飲むか?」
 そう言って立ち上がり、ふと自販機のココアのことを思い出した。
 熱々だったコーヒーとココアは、すっかり冷えてローテーブルの上に置かれたままだ。
 マグに移してチンすりゃ飲めるかな? そう思った時――。
「お、お客様ごっこ、しても仕方ない、よ」
 三橋が固く低い声で言った。

 ハッと振り向いた顔には、ひとかけらの情もねぇ。
「ここ、場所、どこ? 駅は?」
 とつとつと訊かれてすぐそこの駅名を答えると、三橋は返事もしねーまま、床からコートを拾い上げた。
 まさか出てくのか? こんな夜中に? どこへ?
「電車ねぇって」
 慌てて引き留めようとしたけど、伸ばした手は払われた。
「たった2駅、だし。走れる、よ」
 決然と言われれば、反論もできねぇ。
 駅間距離っつったら、せいぜい1〜2kmだし。直線距離じゃねーとしても、多分5kmもいかねーだろう。
 こんくらいなら、軽いロードワークで走る距離だ。決して無茶な話じゃなかった。

「けど……お前、寮だろ? まだ入れねーんじゃねぇ?」
 オレの指摘をよそに、黙々とコートを着込む三橋。
 聞いてんのか、聞いてねーのか、無視してんのか、それともまた何か、ぐるぐる考えてんだろうか?
 もたくさとボタンをはめる手つきは相変わらずトロいのに、もう「可愛い」とは言わせねぇ雰囲気があった。
「三橋!」
 こっちを向かせたくて怒鳴ると、顔を逸らしたまま「夜中、だよ」ってたしなめられる。
 朝までここにいてくれる気はねーんだと、口に出されなくても分かった。
 マフラーを不器用に巻きながら、三橋が玄関で靴を履く。

「せめて夜明けまで待て、って。アブネーだろ。寮の門が開くまでどうすんだよ?」
 そう言うと、三橋はドアの内鍵をカタンと回して、ぼそりと答えた。
「水谷君ち、行ってみる」

 なんでそこで水谷の名前が出んのか、意味が分かんなかった。
「……はあ!?」
 驚きの声を上げても、それについての説明はねェ。
「待てよ、水谷だってまだ寝てんだろ?」
「でも、トモ、ダチ、だし。ね、寝てるようなら、ファミレス行く、から」
 オレだってトモダチだろ、とは言えなかった。
 オレと朝まで過ごすより、トモダチに迷惑かける方を選ぶ。三橋にそんな選択をさせてんのは、オレ自身、で。
「三橋!」
 外廊下を去ってく後ろ姿に、オレはただ、空しく呼び掛けるしかできなかった。

 12月の朝は遠い。
 しんと冷えた外気の中、下にある自販機が明るく夜道を照らしてる。
 水谷が、三橋と同じ大学に行ったんだと思い出したのは、もっと後になってからだ。
 ほんの1〜2時間前、2人がかりで支えられながら登った鉄の階段を、三橋が軽やかに降りて行く。
 ストレッチもしねーまま走り出した三橋の姿が、闇に紛れて消えた頃――。

 カチャリ。
 小さな音を立てて、隣の隣の部屋のドアが開いた。

(続く)

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