Season企画小説
後悔してる訳じゃない・3
しばらくぼうっと眺めてると、点けっぱなしのライトがまぶしかったのか、三橋がかすかに顔をしかめた。
「んー……」
懐かしい、少し高い声。
ドキッとしたけど、起きた訳じゃねぇらしい。ぐるんと壁の方に寝返りを打って、再び寝息を立てている。
布団を掛けてやると、安心したみてーにもこもこ丸まって、その仕草に見覚えがあって胸が痛んだ。
思い出したように上着を脱ぎ、財布とコーヒーとココアを取り出す。
熱いくらいだった缶はすっかりぬるくなってて、飲み頃を逃したな、と思った。
もうどっちも欲しくなくなって、落ち着かねェ気分のまま、はーっ、と大きく息を吐く。
真っ暗にすんのもどうかと思って、常夜灯だけにしてみたけど、全く眠れる気がしねぇ。
けど、TV点ける気分でもねーし、薄暗い中でぼうっと座ってても仕方ねーし、明日も朝から講義があるから、そっとベッドの片側に潜り込んだ。
三橋と別れて9か月。
誰かと付き合ったこともなけりゃ、ベッドを共にする機会もなくて。久々に近くに感じる他人の体温は、無茶苦茶心地よくて、ぶるっと震えた。
別れを切り出したのは、卒業式の後だった。
スーツにネクタイ締めて、花束持って、清々しい顔で笑ってた三橋は、予想以上に格好良くて、誇らしくてかなしかった。
当日やその前に、何人かに告白されたって話も聞いた。
後輩のマネージャーに泣かれてて、困ってんのを見たこともある。
三橋がその告白にOKしたことは勿論ねーけど、その誰もがオレよりあいつにふさわしく思えて辛かった。
男同士、友達同士で、別れを惜しんで抱き合ってる連中もいるっつーのに、心の中のやましさのせいで、三橋を抱き寄せることもできねぇ。
田島に飛びつかれたり、泉と肩を組み合ったり、他のメンバーと握手したり、背中を叩き合ったりしてんのを、オレだけが輪から外れて遠くに見てた。
みんなの輪から三橋を連れ出し、独り占めしに行こうとできなかった時点で、もう終わったも同然だったと思う。
青空の下で、堂々と付き合えるような恋をしたかった。
大声で、「オレのだ」と公言したかった。
閉塞感に耐え切れなくなって――三橋の手を振り払った。全部、オレの自分勝手だ。
ようやく1人になったところを見計らって、ひと気のねぇ校庭の隅に連れて行き、オレは初恋に別れを告げた。
『卒業だな』
オレの言葉に、三橋は寂しそうにキレイに笑って『うん』と小さくうなずいた。けど。
『恋人ごっこも、卒業しようか』
そう言うと、デカいツリ目を見開いて、『ご、っこ……?』って呆然と呟いた。
『ああ』とも『うん』とも、返事はできなかった。
気まずい沈黙を破ったのは、三橋だった。
『阿、部君の気持ちには、気付いてた、よ。だ、だ、から、さよならする、のは、覚悟、してた』
三橋はつっかえながらそう言って、胸に抱いた花束に視線を落とした。
気付かれてたとは思ってなかったから、勿論、それを聞いてギョッとした。だが、もっとギョッとしたのは、次の一言だ。
『「ごっこ」、なんだ』
聞いたことねーような低い、無感情な声。
ハッとして見つめると、目が合った。いつもキラキラ輝いてた薄茶色の瞳には、声と同様、冷たい光が宿ってた。
『お、オレは本気だった、けど、阿部君は違った、のか』
失言に気付いても、もう遅い。
薄い唇が、ぐっとへの字に引き結ばれる。
目の端にきらっと1滴、涙が光って――でも、それだけで終わった。
三橋はオレの前で泣かなかった。
ショックで涙も出なかったのか、オレに意地張ったのか、今となっては分かんねぇ。
キッパリと背を向け、ダッと走り去る後ろ姿を、オレは黙って見送るしかできなかった。
別れたことを、後悔してる訳じゃねぇ。
あのまま、あんな気持ちで付き合い続けていたとしても、多分すぐにダメになってただろうと思う。
もしかしたら、「ウゼェ」ってののしったり、「触んな」って手を払ったり、理不尽に怒鳴ったりなじったりして、もっと傷付けて終わったかも知んねぇ。
Ifの話をしたって意味ねーし、考えても仕方ねーけど……それでもどうしても、時々あん時の三橋の顔を思い出す。
こんな風にずっと引きずってんのは、やっぱ罰なのかも知れなかった。
目が慣れると、豆電球つっても結構明るくて、なかなか眠りは訪れなかった。
ロウソク2燭分の明るさがあるとか聞いたことあるけど、こうして見ると意外に明るい。
ぐるぐる色んな事考え過ぎてしまうのも、脳が休んでくんねーからかも。
アイマスクでもありゃいーんだけどな。
点けっぱなしのままじゃ眠れそうになくて、でも真っ暗にしちまう勇気もちょっとなくて、目元を手で覆って寝返りを打つ。
と、その振動に反応したのか、三橋も遅れて寝返りを打った。
オレの体温にすり寄るように、するっとこっちに伸ばされる腕。
酒気の混じった甘い息と共に、かすかな声で「あべくん」と呼ばれる。
幻聴だったかも知れねェ。
空耳だったかも。
けど、その目からつうっと涙が1滴、あふれて頬を流れてんのを見たら、もうたまんなくなって、手が伸びた。
「三橋……!」
衝動的に抱き締めて、そんでその後どうするかとか、何も考えてなかった。
どうしたいとかも何もねぇ。
ただ、オレの名前を呟いて、夢の中でまで泣かねーで欲しかった。
抱き寄せた体が、腕の中で無防備にオレに縋る。
9ヶ月ぶりの三橋の体は、両手に切ないくらい、しっくりと馴染んだ。
捨てたハズの恋の残滓に、胸が音を立てて軋む。
けど、それはただの過去の幻影にしか過ぎなくて。
ゆっくり目を開いた三橋は、オレの顔を見た瞬間、バッと飛び起きて距離を取った。
(続く)
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