Season企画小説
後悔してる訳じゃない・1 (2014阿部誕・大学生)
12月11日。日付変わった直後にケータイが鳴り響いて、誕生日が来たのを思い出した。
――誕生日おめでと! 久し振り、元気?――
バースデーメールの送り主は水谷で、相変わらずマメだな、とちょっと感心する。
水谷以外に着信はねぇ。高校を卒業して9か月、進路がバラバラに別れた今、元・チームメイトに連絡取ろうとするようなヤツは、水谷くらいだ。
別に、他のメンバーが薄情だって訳じゃねぇ。
環境が変われば、自然とつるむ仲間も変わって来るし、今のコミュニティの方が優先されんのは当然だろう。
現にオレだって、4月早々から巣山にも花井にも、誕生日にメールなんか送ったりはしなかった。
三橋の誕生日が来た夜は、さすがに胸が痛んだけど……オレからのメールなんか、逆に辛いだけなんじゃねーかと思って、結局何もしねーままだ。
当たり前だけど、三橋から今日、メールが来ることも有り得ねェ。
別れを切り出したのはオレで――。
恋人を捨てたも同然のオレに、昔を懐かしむ権利なんかなかった。
水谷のメールのせいで、余計なことまで考えて、目が冴えた。
ちっ、と舌打ちを1つしてベッドから起き上がり、狭いワンルームを横切って冷蔵庫の前に立つ。
スポドリか何か飲みたかったけど、小型冷蔵庫の中にはそういや何も入ってなくて、ため息とともに扉を閉めた。
水で我慢するか、下の自販機まで買いに行くか。
一瞬迷ったけど、このまますぐにベッドに戻ったって、眠れるような気がしねぇ。だったら気分転換に、外の空気を吸うのもいいだろう。
すぐそこだっつっても、さすがに12月にスウェット上下じゃ寒いかと思って、上着を引っ掛け財布を持って、鍵は締めねェで外に出る。
外はしんと寒くて、晴れた夜空に星が見えた。
『星、キレイ、だね』
去年の冬にそう言った、三橋の言葉を思い出す。
あれはデートの帰りだったか?
息がふわーっと白くて、頬と鼻の頭が赤くて、オレを見るデカい目は星よりもキレイに光ってた。
あの時愛を囁いた一方で、何となく別れを予感してた、つったら……あいつはどう思うだろう?
後悔してる訳じゃねーけど、やっぱ時々は思い出して、空しい気持ちを確かめる。
三橋を弄んで捨てたオレへの、罰なのかも知れなかった。
アパートの外階段をカンカンと降りると、自販機はすぐ目の前だ。
深夜の住宅街を明るく照らす、自販機の白い灯りにふらふらと誘われる。
スポドリを買いに降りたハズなのに、寒いせいか今はホットが飲みたいような気がして、ホットコーヒーを1個買った。
ガコン、とコーヒーが取り出し口に落ち、同時にピピピピピ、とルーレットが回る。
今までそんなモンに当たったこともねーから、別に気にしてなかったけど――。
ピ――!
コーヒーを取り出した途端、甲高い音が鳴って、自販機の全部のボタンが点灯した。
「マジ?」
思わず呟いても、返事してくれるヤツはいねぇ。
『スゴイ、ね、阿部君!』
きっとここに居合わせりゃ、そう言って喜ぶだろう三橋の声を思い出す。
別れたことを後悔してる訳じゃねーけど……もし今、あいつが側にいれば、当たりの1個は間違いなく、あいつに選ばしてやるだろう。
誘われるようにホットココアをガコンと押して、何やってんだ、と自嘲する。
こんな甘ったるいモン、自分で飲む訳ねーのに。
三橋はもう、いねーのに。
はあ、とため息をついてココアを取り出した時、車のヘッドライトに照らされて、道の端によけた。
目を向けると白いタクシーで、意外にもうちのアパートの真ん前に停まる。
タクシーの中に乗ってたのは2人。男が1人先に降りて、「ほら、着いたぞ」ってもう1人に呼び掛けてる。
見覚えのある顔に、ああ、と思った。確か、隣の隣の部屋の男だ。
挨拶程度しかしねーから、名前もよく知らねぇ。
そんで、その男に引きずられるようにして、タクシーを降りた2人目は、寝てんのか酔ってんのか、あんま意識はなさそうだ。
こっから顔は見えねーけど、タクシーを降りたものの、ふらっふらしててスゲー危なっかしい。
大丈夫かな、と他人事ながら眺めてると――。
「しっかり歩け、三橋」
先に降りた男が言ったんで、ドキッとした。
三橋なんて名前、そんな珍しくねぇ。そう思うのに、こっちに背を向けてふらふらよろめいてる後ろ姿が、妙に気になって仕方なかった。
2人を降ろしてタクシーが走り去り、しんとしたアパート前にはオレら3人が残される。
オレの存在に気付いてんのかどうなのか、隣の隣の部屋の男は振り向きもしねーで、三橋って呼んだ連れの男に、肩を貸して歩き出す。
このアパートにエレベーターはねぇ。
案の定、男は外階段の前で立ち止まって、ため息とともに上を見上げた。
ちゅうちょしたのは、一瞬のことだ。
「手伝いましょうか?」
声を掛けると、男が体ごと振り向いて、「……あー」と言った。肩を貸した連れの顔が、自販機の明かりに照らされる。
「えーと、確か同じフロアの」
その言葉に、曖昧にうなずく。
何を言われても、もう頭に入る気がしなかった。ココアを持った手が震える。
隣の隣の部屋の男に、無防備に体を預けてるのは、オレの高校時代の恋人、三橋廉に間違いなかった。
(続く)
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