Season企画小説
幸せホルモン (2014泉誕・にょた泉注意・ハマイズあり)
※泉が女の子です。ハマイズ前提になりますので、苦手な方はご注意ください。
「冷蔵庫の一番上の段になんか、マヨ置くなって話だよ。マジ探したっつーの」
ぷりぷりと怒る小柄な少女の話を聞いて、三橋はこてんと首をかしげた。
「マヨ?」
「マヨネーズ!」
少女、泉は怒った顔のままで言い直したが、三橋がいくら鈍感だって、マヨがマヨネーズの意味だということくらいは分かってる。
疑問なのは、なぜ彼女が……一人暮らしの同級生の部屋で、マヨネーズなどを探すのか、ということだ。
サラダでも食べたのだろうか?
……2人で?
三橋の疑問をよそに、彼女はまだぷりぷりと、長身の同級生をなじってる。
「何でもかんでも、タンスの上に置く」
とか。
「物干し竿も1番上に置きやがって」
とか。
「部屋のライトのヒモだって、短すぎ」
とか。
タンスはともかく、ライトのヒモが短いのを気にするとは、どういう状況なのだろう?
そんなに短かったかな、と、三橋は首をかしげたまま、その同級生、浜田の部屋を思い浮かべる。
そこに行ったのはつい先日のことだったが、天井からぶら下がるペンダントライトのヒモの位置まで、あまり気にしてはいなかった。
「は、浜ちゃんと、仲いいんだ、ね?」
率直な感想を口にすると、泉はボンッと音を立てるように真っ赤になって、「ばっ……!」と立ち上がった。
身長150cmを少し過ぎたくらいの小柄な彼女は、立ち上がってもそんなに目線は変わらない。
「バカ言うな! なんであんなエロ浜田と……っ!」
「エロい、の?」
三橋が素直に問い返そうとした時――。
「なーにを大声で話してんのー、かな?」
泉の真後ろから、背の高い金髪の少年が顔を覗かせた。噂の同級生、浜田だ。
「浜ちゃん、おは、よう」
にへっと笑った三橋の目の前で、泉は振り向きざまに浜田を回し蹴りして怒鳴ってる。
「うるせー、てめぇには関係ねーんだよ!」
と、言ってることは大ウソだ。
蹴られた浜田は「痛ぇー。泉、ヒデェー」と泣き真似をしたものの、特に怒ってる様子もない。
それどころか痛がってる様子もなくて、文句を言うというよりは、むしろジャレてるようにしか見えなかった。
応援団は、いつもこんな風にみんな仲がいいのだろうか?
浜田が三橋たち野球部の為に作ってくれた応援団は、チアガールや太鼓、トランペットのメンバーを含めて総勢9人にまで増えている。
泉もその一員だった。
チアガールではなく、学ランに白タスキという格好で、凛々しく型を決める姿は、小柄ながらも男前な彼女にピッタリで格好いい。
男口調で、自分のことも「オレ」呼びするくらいに口は悪いが、三橋はそんな彼女が嫌いではなかった。
軽いパンチを入れたり、頬を引っ張り合ったり。じゃれ合いのようなケンカをする2人に目を向けて、やっぱり仲いいな、と、ふひっと笑う。
「さ、さっきね、泉君と、土曜日の話、してたんだ、よっ」
三橋の言葉に、浜田が「ああ〜」と意味深に笑い、正面の席にドカッと座った。
土曜日は、泉の誕生日だった。
そのパーティがあったのは、両親と離れて1人暮らしをしている浜田のアパートだ。
応援団のメンバーに加え、同じクラスの三橋や田島も招待されて、持ち寄った料理を食べ、ケーキを食べた。
「片付けはやっとくから」
そう言った泉を浜田の家に1人残し、三橋は他の団員に促されるまま、夕方には帰宅したのだが――。
マヨネーズ。ライトのヒモ。そういうコトがあったのは、いつの話だろう?
後でこっそりと田島に訊くと、田島は当然のように「ああ」と言った。
「あいつら付き合ってっかんな。お泊りでもしたんじゃねぇ?」
「う、えっ、ほ、ホント!?」
泉と浜田が付き合っている。それは今まで考えたこともなかったので、三橋はかなり驚いた。
しかし、そうと聞いてしまえば成程、あの仲のいいじゃれ合いも、泉の赤面も悪口も、そのようにしか思えない。
「泉、ニキビなくなったもんなー。じょせーホルモン出まくるようなこと、してんだぜ、きっと」
田島は軽い口調でそう言って、ニヒヒと笑い声を立てた。
「じょ、女性ホルモ、ン?」
聞き慣れない、けれどどこか秘密の響きのある単語に、ドキドキしながら訊き返す。
すると田島は見透かしたようににんまりと笑って、ガシッと三橋の肩に腕を回した。
「詳しいことは、阿部に訊けよ。きっと喜んで教えてくれっからさ」
「な、んで阿部君……」
呟くように訊きながら、カーッと頬を赤らめる。
泉と浜田が恋人同士であるように、阿部と三橋もまた、恋人として交際をしていた。
男同士ということもあって、誰にも何も話してはいなかったのだが――田島にはいつの間にか、知られていたらしい。
もしかしたら泉たちと同様、自分たちも分かりやすかったりするのだろうか?
「どいつもこいつも幸せでいーよなー」
田島は両手を頭の後ろで組み、軽い口調でそう言って笑った。
阿部とその話ができたのは、放課後の午後練の後だ。
三橋たちの所属する野球部では、冬の間はケガ防止のため、硬球にあまり触れない。そのため体力作りと筋トレなどの基礎練習が中心になり、練習時間も短くなった。
下校時間が早くなり、家に帰る時間も早くなったが、共働きの両親がそれに併せて早く帰るということもない。
自然と1人での留守番が増え……そこに、できたばかりの恋人を招き上げるのも、当然ながら増えていった。
互いの親には、一緒に勉強をしているのだと告げてあって、勿論ウソではないのだが、それで全てという訳でもない。
勉強もすれば、キスもする。
冷蔵庫やタンスの件でケンカしたり、部屋のライトのヒモの長さを気にしたりはしないけれど、阿部と三橋はそういう恋愛関係だった。
その日もいつも通り、宿題を終えてから休憩をかね、抱き締め合ってキスをした。
阿部は数センチだが三橋より背が高いので、キスするときは少しだけ、三橋が顔を上向ける。
浜田と泉のことを思い出したのは、そんな時だ。あの2人には30cm近くの身長差があるハズで、キスするのももしかすると、大変なのかも知れない。
「阿部君、浜ちゃんと泉君のこと、知って、た?」
キスの最中にふと思いついて尋ねると、阿部は「泉って誰だよ?」と顔をしかめた。
「うえっ、きゅ、9組の、援団、の……」
ドモリながら説明すると、阿部は興味なさそうに肩を竦めた。
「あのチビの学ラン女か。へぇー、浜田とね」
そんな感想を抱くくらいなので、当然ながら、泉のニキビが治ったかどうかにも気付いてはいないようだ。
ただ――。
「女性ホルモンが出るようなこと、って、田島君、が」
と、その言葉には反応した。
「はっ、あいつ、んなことばっか知ってんだな」
あまり誉めているようではないけれど、間違いを指摘するでもない。
三橋と抱き合う阿部の手が、ゆっくりと服の下に這わされる。イタズラな指先に、尻の谷間をくすぐられ、三橋は「んっ」と息を詰めた。
阿部と三橋は恋人だ。男同士だが、キスもするし、それ以上もする。
そうなった時に女役をするのは、何となく三橋になっていて――それで、ちょっと気になった。
「こ、いうことしてると、オレにも女性ホルモン、出る?」
それは、期待かも知れない。不安かも知れない。ホルモンの仕組みなど、今の三橋には何も分からず、分からないからこその疑問だった。
頭のいい阿部には、きっと分かっているのだろう。男同士で愛し合っても、体を繋げても、出るのは男性ホルモンなのだ、と。
そして三橋も、女性になりたいと言う訳じゃない。
「んなもん出なくても、お前にニキビなんか1つもねーよ」
阿部はそう言って、三橋に優しくキスをした。
「オレらが抱き合って分泌すんのは、オキシトシンとセロトニン。ホルモンなんて、そんだけでいーだろ」
そんな言葉と共に、ゆっくりと服が脱がされる。
オキシトシンと、セロトニン。幸せホルモンとも呼ばれるそれは、恋人とのスキンシップや軽い運動、規則正しい生活、人間同士の触れ合いで分泌される物質だ。
男も女も関係なく、ただ絆を深め、安心感を得るという。
それはとても平等で、2人にとっても誰にとっても、とても幸せなことだった。
(終)
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