Season企画小説
期間限定で別れようと言われたら・9
花井おススメのスーパー銭湯は、24時間営業で、夜だからダメだったけど、水着着て入る巨大露天風呂もあるらしい。
三橋を連れて来たら喜ぶかな、とか、こんな時でも考えるのは三橋のことばかりで、全く自分でも情けねーと思う。
入場時には全員に浴衣を貸してくれるシステムで、だから浴衣姿の男女がうろうろしてるのは当たり前なんだけど、でも浴衣を見れば、やっぱ岩清水を思い出して、くそっと思う。
気分転換に来たのに、全然気分転換になってねぇ。
突っぱねりゃよかったと、心の奥では後悔してる。
ふざけんな、三橋はオレのだ、って。
でも……この1週間、一緒に暮らして、あいつらを見て。オレはスゲー辛かった。
だって、あの女なら。岩清水なら。三橋は堂々と公表できるんだ。恋人だって。
オレと違って、交際を隠さなくていいんだ。誰からも責められねーんだ。祝福されるんだ。
情けねぇ。
情けねぇのは、岩清水を突っぱねられなかった事でも、あの魔女ぶりに動揺したことでも、三橋を信じ切れねぇ事でもねぇ。
オレが三橋を支えてやるんだ、って、胸を張れねぇオレ自身だ。
断言できるだけの自信が、まだねぇんだ。
今はどうなのか。
この先……どうなのか。
軽快な着信音が鳴ったかと思うと、花井がケータイを取り出した。
「……おー、久し振り。何だ、どうかした? ……あー、一緒一緒。んー、おー。はぁー? ……あー分かった、じゃーそっち行くから。はいはい。あー、ちょっと待て」
そう言って花井が、ケータイをオレに差し出した。
誰からかは、聞かなくても分かった。田島だ。
あいつの喚き声は、離れててもよく聞こえる。
『阿部、てめぇー!』
田島は大声で怒鳴った。
『三橋のこと泣かすんじゃねー!』
「は………?」
一瞬、何を言われたか分からなかった。
三橋が、泣いてる?
……何で?
「え、……あの」
理解できなくて、言葉が続かねぇ。
大体、何で田島なんだ?
三橋と一緒にいるのか? 田島が? 何で?
何で? 今頃は岩清水と一緒じゃなかったんか?
抱くにしても、断るにしても。
最後の夜を、二人で過ごしてるんじゃなかったのか……?
『おい、阿部』
次に電話に出たのは、泉だ。
何で?
『三橋信じろっつっただろーが、バカ。ホントバカだな。バカがいつまでも外うろついてんじゃねーよ、家帰れ』
花井がオレからケータイを取り上げた。
「あー、悪ぃ、田島。あ、泉か? こっちも泣いちゃってっから。……ははっ。あー、すぐ向かうよ」
向かう。向かうって、どこへだ?
何でかな、胸がいっぱいで、言葉が出ねー。
「……ったく、幾つになっても世話が焼けんな、お前ら」
呆れたように言いながら、花井はオレの肩に腕を回した。
オレ達のアパートの前で、田島と泉がが仁王立ちになって待っていた。
「歯ぁ食いしばれ」
殴られる!? 田島に胸倉掴まれて、咄嗟に目を瞑ったら、思いっ切りスネを蹴られた。
「痛っ!」
うずくまるオレに、上から次々罵倒が降った。
「バーカ、バーカ」
「ホント、バカだぜ」
「フォローできねーぞ、阿部」
「マジでバカ」
「バーカ、阿部のバーカ」
痛みをこらえて顔を上げたら、同時にグイッ、と腕を掴まれ、立たされた。
怒りと涙でぐちゃぐちゃの顔で……そこに三橋が立っていた。
「みは……」
オレが言い終わるより先に、スゲー力で引っ張られる。そのまま階段を引き摺るように上らされ、その途中で、田島たちの声を聞いた。
「じゃーな、三橋」
「じゃーな、阿部」
返事する間も、手さえ振る間も無く、アパートの玄関に引っ張り込まれる。
明かりの煌々と点いたダイニングは、いつも通りなのに、何かガランとして淋しい。
何が足りないのか。考える間も無く、ピシッと何かが顔に投げ付けられた。
頬を引っ掻く、ギザギザで軽いもの。
目を開けて下を見て、ああ、と思う。今朝、岩清水に渡したアルミパックだ。
使わなかったのか……。
そうか、あの女がいないんだ……。
「阿部君、は、頼まれたら、誰とでも寝る、のっ?」
三橋が、震える声で言った。
「好きじゃなく、ても、えっちできる、のっ?」
「え……」
突然、何を言われてんのか、分かんなかった。
好きじゃなくても、頼まれれば、誰とでも?
「んな訳、ねーじゃん」
即答すると、三橋に胸倉を掴まれた。
そのまま、乱暴に揺さぶられる。
「だったら、何でっ」
ガクガクとオレを揺さぶった後、その手を離さねーままで、ひうっと息を吸い込んで。三橋が叫んだ。
「オレだって、同じ、だって、何でっ考え、て、くれない、のっ!」
それを聞いて……オレはようやく、間違いに気付いた。
(続く)
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