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Season企画小説
カクテルモンスター・後編
『それではお願いします。3、2、1、GO!』
 畠の合図で、音楽が変わった。
 いつもテクノとかトランスを流してる店だから、ハロウィンにかかる曲もやっぱテクノだ。
 期間限定のハロウィンショー、最初に宙を舞うのは、氷じゃなくてソフトボール大のジャック・オー・ランタン。
 本物でできてる訳じゃねーんだろう、明かりがついてて、軽そうだ。三橋や叶に放られて、くるくると回されながらオレンジに光る。
 リキュールビンをくるくると放ってキャッチ。また放って、銀のカップも放って、ついでにジャック・オー・ランタンも放って……順番に重ねてキャッチする。
 オレンジのリキュールをジャーっと目分量で銀カップに入れて、それをぽいっと隣の叶に放り投げると、叶からは同時に白いリキュールが飛んでくる。
 叶と2人でタイミングを揃え、ヒジで弾いて受けて、放って。後ろ手に受けて、また後ろ手に放って、前に伸ばした手首でキャッチ。
 技が決まれば客をあおり、拍手を貰ってまたビンを放る。

 2人ペアでやるタンデムフレアは、このフレアバーの定番だ。
 勿論、ビンやカップを投げたり回したりするだけじゃなくて、その最中にカクテルも作ってく。
 三橋がシェーカーを振ってる間は、叶がジャック・オー・ランタンを3つ、ジャグリングのように華麗に操り……。
 逆に、叶がカップをかき混ぜる間に、三橋が頭の上にビンを乗せ、その上にカボチャを放って乗せる。
 目配せして、息を合わせて、同じ技を決めたり、フォローしたり。タンデムなんだから当たり前だけど、息ピッタリでちょっと妬ける。
 けど、こればっかは仕方ねぇ。
 オレにはフレアはできねーし。美味いカクテル作ることも、仕事のフォローもしてやれねぇ。

 オレにできんのはこうして側で見守ることと、演技が終わった後に惜しみねぇ拍手を送ること。
 そして「今日も良かったぞ」とか、「練習の甲斐あったな」とか、努力を認めて誉めてやる事くらいだった。

『ありがとうございました。ハロウィンスペシャル、完成です。プレイヤーに拍手をお願いします!』
 曲の終わりと同時に、畠がマイクで客たちに拍手をあおった。
 盛大な拍手の中、三橋が銀カップを7つ次々重ねて、それをゆっくり傾ける。7つ並んだ丸っこいタンブラーに、7杯のカクテルが同時に注がれて完成だ。
 左からオレンジ色、黒、赤、透明、赤、黒、オレンジ。これらを作りながらのパフォーマンスだから、ホントスゲェよなぁと思う。
 オレンジのは、さっき飲んだハロウィン限定のヤツだろう。赤いのはトマトジュース系? じゃあ黒は何だ?
 畠が銀のトレイに出来上がったカクテルを乗せ、フロアの方に運んでいく。オレはそれを横目で見ながら、カウンターに向き直った。
 カウンターの中では、三橋と叶がショーに使ったボトルやカップを、さり気に手早く片付けてる。

「黒いカクテルなんかあるんだな」
 三橋に声を掛けると、三橋はニカッと笑って、「阿部君も飲む?」と訊いてきた。
「コーヒーベースのと、コーラ使うのとある、けど。さっきの、炭酸だった、から、コーヒーのにする?」
 って。さり気に気ィ遣って、考えてくれんのは相変わらずだ。
「おー、そうだな、あんま甘くねーので頼む」
 オレの注文に、三橋は「あんま甘くない、の」と口ん中で復唱しながら、さっそく銀のカップをくるっと軽く放ってる。

 一言でコーヒーベースのカクテルつっても、意外に種類があるんだな。ホットとかアイスとか。果汁の入ったのとか、生クリーム浮かべるのとか。
 ラム酒使うのやブランデー使うの、ワイン使うの……と、中身もレシピも色々らしい。
 コーヒーは、業務用の紙パックのヤツだったけど、これは仕方ねぇのかも。
 やがて目の前に、さっきのとは違うタンブラーが置かれる。
「ジャマイカ・クーラー、です」
 三橋が上目遣いに言った。
 グラスに飾られたレモンの皮が、さり気にハート型で可愛い。「好き」って言われてるみてーで嬉しい。
 恋人が作ってくれた真っ黒なコーヒーのカクテルは、注文通りあんま甘くなくて、後味すっきりで美味かった。


 ハロウィン限定のデザートを食ったり、限定のシチューやパスタを食ったり。合間に美味い酒を飲んだり。
 この店のカウンターの隅で、恋人の働きぶりを見ながら、ぼうっと過ごす時間は、なかなか貴重だ。
 今週も働いたなぁ、って感じする。
 賑やかで軽妙なテクノ音楽の流れる店。バーテンダーはカウンターの中で、ビンを回し、カップを放り、目分量でカクテルを作る。
 リラックスとは程遠い環境っぽいのに、いつの間にか癒されるようになっちまった。
 ほとんど中毒だ。
 三橋んちに上がり込んで、一眠りして帰りを待つこともあるけど、今日は閉店まで居座って、閉店業務が終わるまで待った。

「おー、阿部。お疲れ」
 すっかり顔見知りになった畠や叶や、他のスタッフが挨拶してくれんのが嬉しい。
「お疲れ」
 オレも挨拶を返し、恋人と一緒に肩を並べて歩き出す。
 それから、一緒にスーパー銭湯行ったり、ファミレス行ったり、ラーメン食いに行ったり、色々だ。
 夜中の2時3時って時間は、さすがに開いてる店も少なくて、人通りもまばらで、寂しいけど落ち着く。
 男同士手ェ繋いで歩いてたって、誰も何も気にしねぇ。
 土日休みのオレと、月曜固定給の三橋とじゃ、休みもあんま重ならねーし、なかなか遠出もできねーけど。こうして2人、夜中の道をゆっくり静かに歩くのも悪くねぇ。

「帰ったら、おばけごっこの続きやるか?」
 祭りの夜はもう終わって、日付は11月になったけど。
 夜道を2人、寄り添って歩きながら恋人の耳に囁いてやると、三橋はふひっと可愛く笑って――。
「じゃあ、阿部君はオオカミの役、だねっ」

 そんな可愛いコト言って来たから、帰ったら遠慮なく襲い掛からせて貰うことにした。

   (終)

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あきゅろす。
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