Season企画小説
たぶん一生成長期 (2014田島誕・社会人)
急な雨に降られ、雨宿りに立ち寄った喫茶店で、時間つぶしに何気なくマンガ雑誌を手に取った。
分厚い少年雑誌じゃなくて、青年向けっつーのかな? ちょっと薄めのタイプだ。
別に、ぱらぱら読めりゃ何でもよかったんだけど、いつも買うみてーなビジネス雑誌や経済新聞は、何か読む気が起きなかった。
窓際のテーブル席に座って、ウェイトレスにホットを頼む。
熱いお絞りで手を拭きながら、持ってきた雑誌の表紙に目をやると、見覚えのある名前があったんで、ビックリした。
田島悠一郎。
それは高校時代のチームメイトで、一緒に白球を追った仲間で――同棲する恋人の、当時の一番の親友だった。
へぇ、野球雑誌じゃなくても、こういうインタビューが載ることもあるんだな。
けど、てっきり今度の日米野球について書いてんのかと思ったけど、違ったみてーだ。
『本音ではトリプルスリーを目指したい』
巻末の目次を見て、その特集記事を探し出すと、白黒の笑顔の写真と共に、そんな見出しが書かれてた。
まあ、侍ジャパンのメンバー発表があったの、先週だしな。そう思って雑誌の裏表紙をちらっと見ると、この雑誌の発行自体、先週だったみてーだ。
じゃあ、取材受けたんはもっと前だろうし、代表入りについての決意表明が載ってなくても仕方ねぇ。
ただ、旧友のひいき目抜きにしても、田島の選抜入りは誰もが期待してただろう。
高校時代にドラフト下位で、地方の球団に指名されてから10年。
身長170センチ半ばっつー小柄な体で、プロ1軍のスタメン、1番打者を担う田島は、打率でも盗塁回数でも上位だった。
田島なら、デカいアメリカ選手が相手でも、持ち前のバッティングセンスと足の速さで、試合を沸かせてくれるだろう。
3割打者の盗塁王だもんな。
それにしても……トリプルスリーか。
「田島らしーな」
こそっと呟いたところで、注文のコーヒーが届けられた。
ことん、と白いカップが目の前に置かれて、ふわっとコーヒーの匂いが広がる。
「ごゆっくりどうぞー」
ウェイトレスの言葉を聞き流し、オレは雑誌をぱらりとめくった。
トリプルスリーっつーのは、1シーズン中に打率3割以上、本塁打30本以上、盗塁30回以上を達成するってことだ。
田島は打率3割を越えてるし、盗塁だって30回どころじゃなく成功させてる。
けど、やっぱどうしても本塁打、つまりホームランを30本以上打つには、パワーが足りねぇみてーだった。
高校ん時も、それで悩むこともあったらしい。
オレは中学ん時から田島の天才っぷりは知ってたし。単独ホームランで1点入れんのも、チームバッティングで1点入れんのも一緒だと思ってたから、気にしてたなんて考えてもなかったけど。
でも、当時同じように小柄で細身だった、エースの三橋とは色々話すこともあったみてーだ。
今は同棲してる恋人だけど、あの当時はオレの完全片想いで――そんで、あいつらはホント仲が良くて。
プライベートでしょっちゅうつるんでんのを見て、よく嫉妬してたもんだった。
コーヒーを飲み終わった頃、雨が止んだ。
ちらっと時計を確認した後、マンガ雑誌をマガジンラックに戻しつつ、入り口のレジに向かう。
雨の後のせいか、店の外に出るとちょっと寒くて、ぶるっと震えた。そういや、もう10月も半ばだな、と思う。
帰る途中、三橋から「コンビニに寄れたら、ビール3本買って来て」ってメールが来た。
「……3本?」
2人暮らしなのになんで3本? 誰か来てんのか?
こんな時に思い浮かぶのは、田島と同じくチームメイトだった、泉とか水谷とか花井の顔だ。
今日は誰だ? と思ったけど、でもわざわざその為に電話して訊くのも面倒で、オレは黙ってコンビニに寄った。
そこで、あのマンガ雑誌が1冊だけ残ってたのは――やっぱ、買えってコトなんだろうか?
「うおっ、田島君、だっ」
嬉々として記事に目を通す恋人の姿を想像し、ふふっと笑みを漏らす。
その記事には、当時エースだった自分のことにも触れられてたから、三橋も喜ぶだろうと思う。
『高1の時に捕手を経験したことが、いい転機になりました』
って。
何のことかと思ったら、捕手を務めて以降、それまで以上に頭使うようになったらしい。
『うちのエースが、コントロールのいい技巧派だったんで。リードにスゲー頭使ったんですよ』
そんでそれをきっかけに、自分の打席ん時だけじゃなく、塁に出た時の後続打者に対するリードも、意識して考えるようになったとか。
結果、盗塁のチャンスが増え、自分のバッティングにもますます磨きがかかったみてーだ。
その経験があっての盗塁王であり、3割打者であり、日本選抜メンバーなんだろう。
しかも、それで満足してねーのがスゴイ。
『まだまだオレ、成長期だから』
インタビュー記事の〆に使われてたセリフには、相変わらずだな、と笑うしかなかった。
マンションのドアを開けると、見慣れねぇスニーカーが1足あんのに気が付いた。
やっぱ誰か来てるみてーだ。
珍しいことじゃねーし、ビール3本ってメールから予想はついてたけど、その正体は予想外だったんで、さすがにビックリした。
「よー、阿部ェ、邪魔してるぜー!」
相変わらずのハイテンションでダイニングにドカッと座り、ホールケーキを直フォークで食ってんのは……三割打者の盗塁王で、トリプルスリーを目指してる侍ジャパンメンバー、田島悠一郎。
会うのは久し振りだけど、んな久し振りって感動がねーのは、さっきまで読んでたこの雑誌の記事のせいだ。
「おー、珍しーな、お疲れ。成長期だっつーのに、んな甘ぇモン無茶食いしてていーのかよ?」
オレはビール3本をダイニングテーブルの上に置き、ついでに雑誌を田島に見せつつ三橋に渡した。
「おおっ、懐かしー」
田島のはしゃぎ声を聞くとこによると、取材は1ヶ月も前だったらしい。
スーツを脱いで着替えて戻ると、2人はさっそくビール片手に、顔突き合わせて雑誌を読んでた。
「田島君、すごいなぁ」
素直に賞賛する三橋に、田島が「そーだろ」と胸を張る。このやり取りも、10年も経つのに相変わらずだ。
今はもう、三橋といくら仲良くしてたって、モヤッともしねーし嫉妬もしねぇ。
ただ、今でも野球を伸び伸び続け、自然体で活躍する元・チームメイトの姿に、眩しさとほろ苦さは否めなかった。
「日本選抜、おめでとう」
ビールを掲げて短く祝うと、田島は雑誌から顔を上げて、生クリームまみれのフォークをちょいっと上げた。
「誕生日も祝ってくれよな」
そんなこと言われても、仲間の誕生日なんかいちいち覚えてねーっつの。今日だっけ?
しかもビールにケーキはどうなんだ。
つーか、祝ってくれるヤツ、他にいねーの? 女とか?
「さっすが成長期、若いわ」
苦笑しながらそう言うと、意外にストイックだった、28歳成長期の野球選手は、「だろ?」と無邪気に胸を張った。
(終)
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