Season企画小説
Over the Moon・前編 (2014中秋・前作沿い高3)
『今夜は中秋の名月です』
ニュース番組で、アナウンサーがそう言ったのを聞いたからだろうか? その晩、変な夢を見た。
ススキと団子の飾られた縁側で、月を背にして三橋がたたずんでる夢。
三橋はオレの目の前で、バッと西浦のユニフォームを脱ぎ捨て、白シャツに黒のスラックスも脱ぎ捨て、白装束の上に青と白の着物を重ねて軽く羽織った格好になった。
いつもみてーに、もたもたと着替えてた訳じゃねぇ。
そこは夢だし。パッ、バッ、バッ、と変わる衣装に、オレも不思議には思わなかった。
不思議に思ったのは、その雰囲気だ。
透き通るように白い肌をして、色素の薄いデカい瞳に白い月を映した三橋は、着物を羽織った腕を伸ばして白い満月を指差した。
「阿部君、満月だ」
だからどうした、と言ったつもりだけど、声にはできなかった。
「もう、お別れだ、よ」
唐突の宣言。
脈絡もなんもなくて、なんでかって理由もなくて、現実のオレなら多分、怒鳴りつけてるだろう。
けど、夢ん中のオレは、「そうか」と納得してた。
月に帰る日が来たんだな、と、言われなくても分かってた。
満月にあてられたからとか、そんだけじゃなかったかも知んねぇ。
3度目の夏も終わって、野球部も引退して。3年間続いた三橋とのバッテリーも解消したから、ちょっと物足りねぇっつーか、物寂しいっつーか……そういう気分だったせいもあんのかも。
オレらを欠いた2年1年は、もう新しい背番号を背負って秋大の地区予選に臨んでる。
オレじゃねぇ2番も、三橋じゃねぇ1番も、当たり前だけど受け入れなきゃなんねぇ。そういう寂しさは、確かにあった。
だから、「中秋の名月」って言葉と一緒に混じり合って、あんな夢を見たんかな?
ユニフォームを脱ぐ三橋を、何度も何度も思い出す。
バカバカしい感傷だ。ユニフォームを脱いだのは、三橋だけじゃねーし。
私服校の西浦で、もう白いカッターシャツに黒いスラックス、なんて格好する必要がねーのは、当たり前だし。
そもそもただの夢に、意味を求めようとすんのが間違いだ。
いくら西浦がいいチームでも、この先ずっとみんなで一緒にやれるハズもねぇ。
引退した以上、この先に別れがあんのは分かり切った話で――。
さっさと受験モードに切り替えて、先のことを見据えなきゃなんねぇってのも、分かり切った話だった。
そういうことがあったから、数日後に三橋んちに行った時、部屋の窓から月が見えててドキッとした。
中秋の名月から数日後、つまりもう満月じゃねぇっつーのに、あん時みてーに真っ白な月で。
月明かりが明るくて。
ふらふらと窓辺に寄ってくと、月明かりに照らされた庭に、手作りの的が見えた。
まだ……投げてんのか? そう思った途端、胸の中にモヤモヤが募った。
引退したのに、なんで? 何のために? 誰のために? そんな愚問が次々に浮かんで、くそっ、と思う。
冬ならともかく、まだ9月だ。三橋が投げてたって、何の不思議もねぇだろう。アイツ、投げんの大好きだし。オレがいなくたって、いつも投げてたし。
西浦のユニフォームを脱いだって、野球を辞める訳じゃねぇ。
三橋の野球人生はまだまだ続くし、まだまだ投げ続けるつもりだろう。たとえ――正面に座る捕手が、オレじゃなくなってしまっても。
ぼうっと考え込んでたオレを現実に引き戻したのは、聞き慣れた「うおっ」という声だった。
「阿、部君、明かり……」
そんなセリフと共に、パチッと部屋の照明が点けられる。
振り向くと、青のロンTの上に白いシャツを重ね着した三橋は、部屋の真ん中に置かれたローテーブルに、丸盆を置いてるとこだった。
丸盆の上には月見団子が置かれてて、またドキッとした。
「今日は中秋の名月じゃねーぞ」
動揺を抑えて言うと、三橋は「チューシュウ?」とカタカナで言って、首をかしげた。
「つ、月見? する?」
って。全く通じてなくて、いつも通りで物寂しい。
「しねーよ! 勉強見てくれっつったの、おめーだろ!」
わざと乱暴に言い捨て、ローテーブルにドカッと座って、月見団子を1個つまむ。
中に黒いのがちょっと透けてて、あんこ入りだと分かって、なんでか余計にモヤッとした。
そんなオレの怒鳴り声に、三橋はもうビビることもねぇらしい。ちっともキョドることなく、オレと入れ替わるように窓辺に向かった。
シャッとカーテンが引かれて、いびつな白い月が隠れる。
「Cの月、だね」
三橋がカーテンの前に立って、ぼそっと言った。
「痩せていくのは、Cの月。太っていく、のは、Dの月」
「なんだ、それ? 下弦と上弦って言えよ。つーか、見え方なんて時間でも方位でも違うし。中途半端に覚えてっと、『11月の早朝、南西の空に浮かぶこの月の月齢を、推測で答えよ』みてーな問題は解けねーぞ」
八つ当たりのように早口で言い返してやると、三橋は「そう、か」とだけ言って、無表情にオレを見た。
月もねぇのに、あの日の夢の再現みてぇ。
目の前にいるハズの三橋が、なんでか遠い。
『もう、お別れだ』
今にもそんなセリフをぶつけられそうな予感する。卒業まで、まだ半年も残ってんのに。
けど、半年って長ぇのか短ぇのか、考えれば考えるほど分かんねぇ。
まだ半年。あと、半年?
バッテリーはとうに解消になって。
投球練習場の手作りの的が、また新しくなってんのに気付いても、「やり過ぎんなよ」って注意することもできねぇ。
こんなに物寂しいような、物悲しいような、感傷的な気分に陥ってんのは、あんな夢を見たせいだ。
まだ、こいつと離れたくねぇ。ようやく自覚ができたせいだ。
「……なんで今、勉強する気になったんだ?」
正面に座った三橋に訊くと、三橋はオレを見返して、黙ったままでふにゃっと笑った。
(続く)
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