Season企画小説
野菜食・前編 (野菜の日記念・社会人・同居)
夕方、散歩に出てったハズの阿部君が、なぜかスーパーのレジ袋を持って帰って来た。
「ただいま」
って、すっごい笑顔だ。
重そうなレジ袋をドサッとダイニングテーブルに乗せて、ウキウキと中を覗いてる。
食料品は、昨日一緒にまとめ買いしに行ったから、十分間に合ってるハズなのに……何を買って来たんだろう?
特売でもしてたかな?
「どうしたの? 何か、安かった?」
不思議に思いながら料理の手を休めて、同じくレジ袋の中を覗く。
8月31日。去年よりは涼しいといっても、まだまだ残暑だし。ナマモノなんかは傷む前に、早めに冷蔵庫に入れようと思って。
けど――レジ袋の中に入ってたのは、発泡酒が2本と、たくさんの野菜だった。
「今日、『野菜の日』なんだってよ」
阿部君が、弾んだ声で言った。
野菜の日だから野菜、買って来たのかな? 発泡酒のついでに? じゃあ、やっぱり安かった?
「へ、え」と相槌打ってる間に、阿部君は大股でバスルームの方に向かってる。
お風呂を入れに行ったみたい、だ、けど……ちょっと早くない? まだ5時だし、晩ご飯だって食べてない。
「キレイに洗わねーとな」
いい笑顔で言ってるけど、えっ、洗うって、野菜を? お風呂で?
一瞬、野菜のぷかぷか浮いたお風呂を想像しちゃったけど、どうなんだろう? お湯に入れちゃうと、ダメになるよね?
「冷蔵庫、入れない、の?」
そう訊くと、「入れんのか?」ってニヤッと笑いながら訊かれた。
「オレはいーけど、冷たくなんのはお前だぞ」
って。えっ、どういう意味だろう?
じゃが芋とか玉ねぎとか、冷蔵庫に入れない方がいい野菜もあるんだとは知ってたけど……キュウリやナスもかな?
レジ袋をガサガサ漁ると、出て来たのは他に、ニンジンと大根、トウモロコシにゴーヤ。それと……詰め放題300円とかで売ってそうな、小さなじゃが芋が1袋。
新じゃがだったら小さいのでも、皮つきで料理できるけど……もう夏も終わりなのに、こんなにいっぱいどうしよう?
とにかく紙に包んで……と思ってたら、阿部君に「そのままでいーぜ」って言われた。
「そ、のまま?」
「ああ、いや、やっぱキレーに洗っといて」
って。すぐ料理するの、かな?
「わ、かった。あ、後でいい? 今、料理中だ、から」
フライパンを指してそう言うと、阿部君は「おー」って、快く自分で洗うって言ってくれた。
さっそく洗い桶の中にざらざらーっと、皮付きの小芋を全部入れて、上機嫌で1個1個洗ってる。
細かなとこまで丁寧に洗ってて、不思議だなぁって思ったけど、オレなんかに阿部君の考えてること、全部は理解できない、し。
阿部君、機嫌いいなぁと思うだけで、何も質問しなかった。
この時、「何に使うの?」ってちゃんと訊けばよかったんだ。色々おかしいって思ったんだ、し。
キュウリもナスも、なんで1本ずつなのか、とか。
ゴーヤだって。イボイボの大きさで苦さが違うって、教えてくれたの阿部君なのに。大きいのと小さいのと買って来てて、変だなぁって思った。
早めの時間に、お風呂入れに行ったり、とか。ホント、後で考えてみれば、前兆はあったのに。
オレは変だなぁて思うだけで――そのまま、料理を作り続けちゃった。
メインのおかずは、鶏ひき肉の肉豆腐。
せっかくだからと思って、キュウリとナスとで浅漬け作ろうとしたら、阿部君に「後でな」って言われた。
「うえ、後で、って……何の?」
意外に思ってドモりながら訊いたら、阿部君が答える前に、お風呂のセンサーがピーピー鳴った。
『お風呂ができました』
女声でのお知らせを聞いて、阿部君がいい笑顔でオレからエプロンを奪い取る。
「風呂入って来いよ」
って。えー、だから、まだ早いのに。そう思っても、口で抵抗したって阿部君にかなう訳がない。
オレは「ほら、ほら」って追い立てられて、裸にされて、無理矢理お風呂に入れられた。
「中までキレイにな」
スリガラス越しに言われた言葉に、ドキッと心臓が跳ね上がる。
中まで……って。え、えっちするの、かな? こんなに早くから?
そりゃ、恋人だし、同棲してるんだし、えっちなんてしょっちゅうだし、中まで洗うのは習慣になってることだ、けど。
改めてそう言われると、なんかすごく恥ずかしかった。
お風呂から出ると、阿部君がバスタオル持って待っててくれた。
「服、着ねーでいーから、ベッドで待ってろ」
って。
わー、やっぱり、すぐにえっちするんだな。今更ながらにドギマギしつつ、「うん」ってうなずいてベッドに向かう。
ベッドには、珍しくタオルケットが重ねられてて、準備万端整ってる感じ、だ。
でも、あんなふうに「待ってろ」なんて言われても、そわそわしちゃって座ってられない。
交代で阿部君もお風呂に入って行っちゃったけど……やっぱ、バスタオルのままで出てくるの、かな?
何となく落ち着かなくてキッチンを覗くと、ダイニングテーブルにでーんと置かれてるのは、阿部君が洗ったらしいさっきの野菜。
じゃが芋は勿論、ゴーヤもナスもキュウリもキレイに洗ってる。
阿部君、お風呂は割とちょっぱやだけど、5分くらいで出ちゃうかな?
ナスとキュウリだけでも、今のうちに切ろうかな?
そんで浅漬けを仕込んどけば――えっちが終わった時には、ちょうど食べ頃になる、かも? なんて、恥ずかしい、けど。でも、ベッドで待ってるのも恥ずかしい、し。
オレはバスタオルを腰にぎゅっと巻き、まな板と包丁を取り出した。
オレにとって野菜は、美味しく食べるもの、で。
うちでの料理担当は、主にオレだったから――買って来てくれた野菜を料理に使っちゃうのは、当たり前のことだった。
他意は何もなかった。
キュウリとナスを刻んじゃうのにも、一切ちゅうちょしなかった。
やがてガタン、とお風呂場のドアを開け、阿部君がちょっぱやで戻って来た。
予想通り、バスタオル1枚巻いただけの姿で、機嫌良くオレの側に来る。
まな板の上には、1口大に切られたナスと、薄切りのキュウリがあって。
「あーあ」
阿部君が、ちょっとだけ残念そうに、でも嬉しそうに言った。
「初級編がなくなっちまったな」
えっ、初級編? 何が? キュウリとナス、使っちゃダメだった?
でもその割に、阿部君ますます機嫌良さそうだ、けど。どうしたの、かな?
オレは包丁を握ったまま、阿部君とまな板とにきょどきょどと視線を揺らした。
「初級編」の意味を知らされたのは、その後のことだった。
(続く)
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