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Season企画小説
Jの襲来・6
 周りから、口々に「ひゅーっ」「ふーっ」と歓声が上がった。
 日本のように拍手をするという訳でもない。
 けれど、みんなでジョッキを掲げて同じ空を見上げ、花火に歓声を上げるのは、同じNY市民同士だという、一体感のようなものがあった。
「いーなー。和さんにも見せたかったなー」
 高瀬がジョッキをあおりながら言った。
 見れば、1リットルの中身ががもう空だ。三橋もつられたようにあおり、あおりながら空を見た。
 日本の大玉のような華やかさには少し劣るが、それでも大輪の白い花が、同時に3つ4つ上がるのは壮観だ。
 ドンドンドンドン、ドドドン、ドンドン。休む間もなく連続で上がる花火に、職人も大変だろうと思った。

「ビールお、代わり、行ってきます。同じのにします、か?」
「おー、頼む。今度はもうちょい辛めのヤツな」
 高瀬の注文に「からめ」と呟いて、相席のベンチを立ち上がる。
 周りの客たちも、花火を肴に騒ぎながら、陽気にビールを飲んでいる。
 花火の音に負けないように、生演奏は続いてて、いろんな音が入り交じって、夏だなぁと思った。
 この場に阿部がいないのが、すごく不思議で不自然に思える。
――今度は阿部君と、ここに来る――
 短冊と同じく断言調で願いながら、三橋は花火をじっと見上げた。

 1リットルジョッキを3杯程空にした頃、高瀬がゴン、とテーブルに額を打ちつけた。
 三橋はというと、2杯目からはハーフサイズのジョッキにしたため、そこまでは多分酔ってない。
「うお、大変、だ」
 遅ればせながら戸惑って、テーブル越しに肩を叩く。
「高瀬、さん! 起きてくだ、さい。高瀬さ、ん!」
 けれど高瀬は「んー」と言うだけで、起きてくれる気配もない。
 まずいな、と思うのは、三橋1人で酔った高瀬を運べそうにないことだ。

 三橋だって日本人としては、そう背の低い方じゃない。けれど、高瀬はそれより10cm近く背が高く、おまけに筋肉質な体型だ。
 肩を貸すくらいはできるだろうが、背負って歩くのはどう見てもムリだろう。最低でも自分の足で歩いて帰って貰わないと。
 三橋は残ったビールをぐっとあおって、残りのつまみを口に入れ、ふらっと相席のベンチから立ち上がった。
 頭上にはまだ花火が次々と上がっていたが、ぼうっと眺める余裕もない。
「高瀬さん。もう、帰ります、よー」
 ぐるっと大きなテーブルを回り込み、高瀬の後ろから声をかける。パンパンと肩を叩いたり、掴んで揺らしたり。
「高瀬さん、高瀬さん、たーかーせーさーんー!」

 しつこく名前を繰り返すと、やがて高瀬がむくっと顔を上げた。
「立って。ほら、帰ります、よー」
 三橋がそう言って腕を掴むと、高瀬は「うるせー」とそれを振り払って、腰を上げた。だいぶ酔っている。
「準さんて呼べ」
 と、いきなり言われても意味が分からない。
 けれど、そこで逆らわない三橋も、また酔っていた。
「準、さん。行きます、よ」
 声をかけ、少しでも支えになるよう、腕を肩に回してやる。高瀬は遠慮なく、ぐいっと体重をかけてきて、三橋の頭をわしゃっと撫でた。
「なんだー? お前、縮んだなー」

「う、へ?」
 縮んだ!? と訊き返したかったが、足がもつれそうになってしまって、それどころじゃなかった。
 もしかしたら誰かと間違っているのかも知れないが、それは三橋には分からない。酔っぱらいは大体そんなもんだろう、と、相手にするのをやめにする。
「歩いて、準、さん」
 敬語も忘れて呼びかけながら、自分より大きい高瀬を支えて店を出る。
 上空では、フィナーレが近いのか、一層華やかに花火が続いて上がっていたが、楽しんでのんびり帰るような余裕もない。
 駅までの距離が、恐ろしく遠く感じてげっそりとした。

 何とか電車に乗った後も、高瀬の酔いは冷めないようだ。
「あー……和さーん……」
 目を閉じたまま三橋に寄りかかり、うわ言のように呟いている。
 車内は、ラッシュと言うほど混んではないが、座れるほどには空いてない。
 以前に比べて、地下鉄の治安は格段に良くなったと言われるが……それでも日本ほどには安全でなくて、三橋は油断なく周りに目を向けた。
 ロウアーマンハッタンからミッドタウンを抜け、アッパーウエストに電車が差し掛かった時にはホッとした。
 けれど、最寄駅に到着して、ホームに無事降りた時――。

「よお、日本人。金持ってんだろ? 置いてけよ」
 先に降りた2人組に立ち塞がれ、後から降りた数人に退路を塞がれて、ギョッとフリーズしてしまった。
 白人、黒人、ヒスパニック系もいるだろうか。10代から20代のチンピラのようだが、こちらの若者は老けて見えるから分からない。
 警戒していたハズなのに、いつから目をつけられていたのか、全く気付いてなくてゾッとする。
 酔ってるし、腕に自信がある訳じゃないし、三橋にできることはと言えば、財布を渡して逃げることくらいだ。
 さんざん飲み食いしたせいで、財布の中身は残り少ない。カードも入っていないハズ……と、心の中の冷静な部分で考えつつも、どうにも怖くてたまらない。
 高瀬が三橋を庇うように立ち、「What?」と整った顔ですごんで見せたが、相手がそれで怯むハズもない。

 阿部君、助けて――! 願っても、阿部はまだパーティのハズ、で。
「来い!」
 腕を掴まれ、引きずられそうになって、どこに連れて行かれるのかと震え上がった。
 と、その時だ。

「準太?」
 低い、ハッキリした日本語で、誰かが高瀬の名を呼んだ。

(続く)

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あきゅろす。
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