[携帯モード] [URL送信]

Season企画小説
Jの襲来・5
 どうせブルックリンに行くのなら、ブルックリンブリッジを渡ろうか……と、観光ルートを考えようとしていた三橋だったが、よく考えてみれば、高瀬と楽しんでも仕方ない。
 今回の目的は、高瀬をビヤガーデンに連れて行くことで、それだって「和さん」のためである。
 「大事な和さんに、ハンパな店は紹介できない」んだそうで、よほど大事に思ってるんだなぁ、と三橋はすごく感心した。
「そ、その人のこと、大事なんです、ね」
 三橋の言葉に、高瀬は破顔して「そーなんだよ!」と陽気に言った。三橋も、阿部のことを考えると幸せな気分になれるので、高瀬の笑顔も納得できる。
「三橋もダンナのこと、大事だろ?」
 にんまり笑われながら軽くヒジ打ちされると、つい照れて真っ赤になってしまう。
 そのうえで三橋の顔を見て、「真っ赤でおかしい」と笑ったりするのだから、案外人が悪いのかも知れない。
 それでも阿部のことを気さくに語ってくれる高瀬は、なかなか貴重な存在だった。

 阿部とのデートの為に、ブルックリン観光は取っておくことにして、当日は直接地下鉄で乗り付けた。
 NYの日の入りは、この時期、午後8時半少し前だ。
 花火の打ち上げは午後9時からなので、混雑を避け、少し前に家を出た。
 大晦日のカウントダウンの時と同様、花火会場付近の地下鉄は、駅が封鎖されてしまうため、少し遠回りして店まで歩く。
 数日前から、あちこちのショップやデパートで記念セールをやっていたが、やはり祝日当日は賑やかさがいつもとは違う。
 街は星条旗であふれていて、花火目当ての観光客も多いのだろうか、いつもより道も混んでいた。
 2人が向かったのは、今年オープンしたばかりのビヤガーデンだ。雑誌などでもよく紹介されている、人気店らしい。
 ブルックリンブリッジに割と近く、また屋外型の店であるため、花火がよく見えるだろうとの前評判で、当日は予約のみになっていた。

「あれ? おい、『Reserved』何とかって書いてっけど、予約いるんじゃねーの?」
 高瀬が入り口のミニ看板を見てそう言ったが、三橋の方は承知済みだ。
 去年、阿部とよく通った馴染みの店ではなく、この新しい人気店に高瀬を案内したのは――その予約チケットを持っていたからだ。
 勿論、阿部と一緒に楽しむつもりだった。
 ビールを飲み、料理を食べながら、空を仰げば花火が見られる。気が向けば店を出て、イーストリバーの方にふらっと歩いて行ってもいい。
 混雑し過ぎてあまり近寄れないかも知れないが、それでも空気は楽しめるだろう。そう考えるだけでも楽しかった。
 けれど、それを言い出すより先に、阿部が先約を入れてしまって……諦めるしかないと思ってた。
 予約と言っても、ネットで早くに申し込みをしただけなので、キャンセルしたところで三橋の懐は痛まない。9割方は諦めていたので、有効活用できてよかった。

「あ、べ君には内緒でお願い、します」
 三橋が頼むと、高瀬は複雑そうな顔をしていたが、理由を言うと納得してくれた。
「オレが勝手に予約、してただけ、だし。き、気にして欲しくない、ので」
 だから今日、高瀬とビヤホールに行くというのも、阿部にはちゃんと話をしていない。話すとチケットのこともバレるだろうし、予約のこともバレるだろう。
 パーティのことをいつまでも責めてると思って欲しくないし、気にして欲しくもない。
 準備がムダになったとしても、代わりに土日、ゆっくり過ごしてくれるというのだから、もうそれでいいのだ。
「だよなぁ。オレも和さんに気にして欲しくねーし、この場合、やっぱ内緒にしとくかなぁ」
 高瀬もそう言ってくれたので、三橋はちょっと安心した。

 阿部は今頃、招待されたパーティで楽しく過ごしているだろうか?
 混雑した店内で空席をきょろっと探しながら、三橋は恋人のことをちらっと思った。

 1歩入って、まず高瀬が言ったのは、「屋上じゃねーんだ」というセリフだった。
 勿論、屋上にあるビヤガーデンもない訳じゃないが、ガーデンと言えば庭である。
 この店も、広いガーデンスペースに大きなテーブルがドンドンと並べられた、相席タイプだ。遠慮せずに詰めて貰って、座る席を確保する。
 肉の焼けるニオイ、客たちの熱気、ジャズの生演奏、日本のビヤガーデンより、1回りも2回りも大きな1リットルジョッキに、テンションが次第に上がっていく。
「なんか、NYって感じだなー」
 高瀬が感心したように言ったけれど、日本でビヤガーデンに行ったことのない三橋には、その辺の違いは分からない。
 テーブルを飛び交う言語だろうか? それとも人々のラフな服装だろうか? 何にせよ、雰囲気丸ごと楽しめばいい。
 いつか阿部と、高瀬の大事な「和さん」と、4人でリピートできればいいなと思った。

 オーダーは三橋が請け負った。
 日本のビールはスッキリめなのが好まれるらしいが、海外のビールには色々くせのある物が多い。
 コクが深くてのど越し良くて……と、高瀬の好みをスタッフに伝え、適当なつまみも注文する。
 ドイツウィンナーにフライドポテト、キュウリのピクルスにチーズ、そして焼き立ての巨大なプレッツェル。
 1リットルジョッキで乾杯した後、2人でぐっとビールをあおる。
 テンションの上がった高瀬は機嫌よく笑って、「和さんに飲ませたい」「和さんに食わせたい」と言いながら、飲んだり食べたり楽しんでいた。

「このデカいジョッキ、和さんが見たらウケるだろうなー。あー、これで一気飲みする和さんを見てぇー」
 高瀬がニヤけながら、自分もジョッキをぐうっとあおった。
「えっ、和さん、も、ジョッキで飲み、ます、か?」
 確かに周りを見ればキレイな女性でも、1リットルジョッキをあおってはいるが……何となく、抱いてたイメージと違うので、三橋はこてんと首をかしげた。
「そりゃ飲むに決まってんじゃん。和さんはお前のダンナより格好いーんだぜ」
「うえっ、阿部、君?」
 阿部より格好いい人なんて、そうはいないというのが、三橋の密かな自負でもある。

 その阿部より格好いい?
 和さんって、高瀬に似合いそうな和風美人じゃなかったのか? 何か勘違いをしていただろうか?
「あの、写真、とか、あります、か?」
 どうにも気になって、三橋がそう言った時――。

 ドン、ドドン、と低い音が響いた直後、空に白い花火がババッと咲いた。

(続く)

[*前へ][次へ#]

9/18ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!