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Season企画小説
Jの襲来・4
 きゅきゅっとペンの音を響かせて、さっそく短冊を書き始めた高瀬をよそに、三橋は短冊に何をどう書こうか迷っていた。
 やはり、「阿部君と一緒に花火が見れますように」か? それとも、「楽しく独立記念日を過ごせますように」だろうか?
 いや、独立記念日は七夕の前なんだから――と先日と同じことを考えてぐるぐるしてると、高瀬に声をかけられた。
「そういや、知ってるか? 願い事のコツ」
「ふえ?」
 願い事のコツ、とは何だろう?
 短冊の色には、陰陽五行に由来する意味があるらしいから、それを参考にということだろうか?

 三橋が目を向けると、高瀬はにんまり笑ってペンを置いた。
「断言するように書くといいらしーぜ。『何々できますように』じゃなくて、『何々する』ってな」
 そう言って彼は、さらっと書き上げた短冊を、両手で縦に持って見せて来た。
 そこには――和さんと早く一緒に暮らす――と、断言調で書かれてる。

 なるほど、断言するようにか……と感心するものの、それより気になったのは、そこに書かれている「和さん」だ。
 恋人だろうか? それとも奥さん、とか?
 日本人ビジネスマンも多い土地柄なので、遠距離恋愛や単身赴任の話はよく聞くが、高瀬もその1人なのだろうか?
 けれど、それを突っ込んで訊く程の勇気も図々しさも、持ち合わせていない。
 気にはなったが、結局質問はできなくて、三橋は「ほええ」と感嘆の声だけを口にした。
「こんな感じでな、『出世する』とか『試験に受かる』とか、書くんだぜ」
 高瀬は得意げにそう言った後、また次々と短冊を仕上げていく。それを見て三橋もペンを取った。

 断言調で書くとしたら、「阿部君と2人で花火を見る」だろうか? それとも、「仲良く花火を見る」の方がいいか? 目先のイベントにこだわらず、もっと将来的なことを書くべきか?
 「ずっと2人で花火を見る」? いや、花火にこだわる必要もない。 
 けれど、目下の願い事はと言うと、やはり花火が見たいということで……。

――阿部君とずっと仲良く花火を見る――

 「ずっと」と「仲良く」と「花火を見る」と、3つも欲張った短冊を書いて、三橋はむふー、と満足した。
 それに、ちょっとズルもした。わざと具体的には書かなかったのだ。
 全米1と言われる「メイシーズの花火」は7月4日の夜からなのだが、NYでは5日にも6日にも、他にたくさん花火のあがるイベントがある。
 独立記念日こそ、よそのパーティに参加するという阿部も、土日のどちらかには、三橋と一緒にゆっくり過ごしてくれるハズだ。
 ホントは4日にと思って準備していたが、それは諦めるとしても、花火は見たい。阿部の隣で、阿部と一緒に、真夏の夜空を見上げたかった。

 今年の7月4日は金曜なので、土日を合わせて3連休。その3連休のどこかでビヤガーデンに行かないかと誘われて、三橋は勿論うなずいた。
「じゃあ、金曜にしよーぜ。土日は、和さんが電話くれるかも知んねーし」
 また「和さん」だな、と思いつつ、三橋は慎重に返事した。
「あっ、阿部君に訊いてみま、す。あべ、阿部君、金曜は用事、って言ってた、けど、一応」
 そう言うと、高瀬も「そうだな」とうなずいた。
「ダンナの予定も訊いときたいよなー?」
「だっ……」
 ダンナ、と口の中で呟きながら、三橋はキョドって真っ赤になった。

 こんな風に自然な感じで阿部との仲を認められると、嬉しいけど照れ臭い。
 高瀬はと言うと、また三橋を眺めながら笑いをこらえていて、かなりツボにはまったらしい。
「仕草がおかしいっ」
 と、目の前で笑われて、困惑するけどつられる。
 あまり誉め言葉には思えなかったが、これも悪い気はしなかった。


 その後は、タイミングが合わなかったのか、ほとんど高瀬と顔を合わせないまま日が過ぎた。
 残り少なかった6月も終わり、終業式を経て夏休みに入る。
 といっても、自宅でパソコン作業などもやるので、完全にオフという訳じゃない。
 生徒やその家族に何かあった場合、責任を取るのも理事長の仕事で、そう気楽にはできなかった。
 自宅にいる間に、七夕飾りを作ったりもした。
 阿部はあまり興味が無いようで、結局短冊も書かないままだ。
 そういう三橋も、自宅に飾る短冊には、強気の願い事は書けなくて、無難に「健康」とか「平和」とか「学力向上」などと書き込んだ。
 高瀬の前で書いた短冊は、高瀬に預けて飾って貰った。「阿部君と……」で始まる願い事を、阿部本人には見られたくなかった。

 その阿部は、結局7月4日の夕方から、招待されたパーティに行くようだ。
 取引先の社長宅がブルックリンにあり、数年ぶりのイーストリバーでの開催と言うことで……などと説明を受けたが、正直なところ、あまりよくは覚えていない。
 三橋にとって、阿部と一緒にいられるかどうかが重要で、いられない理由などは、しっかりと頭に入らなかった。
 準備が無駄になったなぁ、と、思ったことはそれだけだ。
「ワリーな。そん代わり、土日はゆっくり過ごせるから」
 そう言われれば、もう「分かった」とうなずくしかない。高瀬も、「和さん」とやらの電話を待つとか言ってたことだし、やはり例の約束は、金曜に行くのがいいようだ。

「オレも4日、ブルックリン、高瀬さんと行って、みる」
 そう言うと、阿部は「はあっ!?」と眉をしかめたが、先約を入れてしまったこともあってか、反対はされなかった。
「人多いだろうかんな、気ィつけろよ? 混む前に帰れ。電車はスリとチカンに要注意な?」
 口うるさくガミガミと忠告されたが、それも三橋を心配してのことだと思うと、嬉しい。
「浮気すんなよ?」
 そう言われるのもいつものことだし、本気で疑われてないのは分かっている。

 高瀬の言う「和さん」が、恋人なのか奥さんなのかはハッキリ聞いてはいなかったけど。
「高瀬さんも恋人、いる、し。浮気心配、ない、よっ」
 両手を握って力説すると、阿部はふふっと優しく笑って、「分かってんよ」とキスしてくれた。

(続く)

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