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Season企画小説
Jの襲来・3
「こ、こ公園、ここ、ニューヨーク、あの、お酒、あの……」
 缶ビールを高瀬から奪った後、三橋はそうやってしどろもどろに説明した。
 高瀬は初め、ぽかんとして聞いていたが、三橋が説明しきらない内から、ぶぶっと吹き出して笑い始めた。
「お前、おかしいっ」
 出会ってそう間もないのに随分な反応だが、高瀬の方に悪気はないようだ。
 しかも笑い上戸のようで、なかなか笑いの発作が引かない。
 ずっと笑い続けているのは、もしかしたら止める者がいないせいかも知れなかったが、三橋にはどうしようもなかった。
 それどころか、つられて「ふ、へ」と笑えてくる。

 けれど、何とか言いたいことは伝わったようだ。
「つまり、こっちじゃこういう公園で、酒飲んじゃダメなんだな?」
 目元をぬぐいながら、高瀬が言った。
 三橋が「そっ」と笑顔でこくんこくんうなずくと、またそれを見て彼は口元を覆ったが、どうにか爆笑にはならなかったらしい。
 笑い過ぎて疲れたのか、はーっ、と息をついている。
 缶ビールを返すと、高瀬はそれをレジ袋に戻して、ベンチから立ち上がった。

 再び歩き出しながら、高瀬が訊いた。
「じゃあ、公園で花見したり、バーベキューしたりしながら飲めねーんだ? ビヤガーデンとかは?」
「あっ、あります! はっ、流行ってるみたい、で」
 三橋がそう言うと、高瀬は「いーよなー」と笑った。
「暑いもんなー」
 確かに高瀬のその格好は暑いだろう。が、スーツのせいだけでなく、NYの最も気温の高い時期は、7月だ。
 梅雨真っ最中の日本とは違って、今頃が丁度、ビールの美味しい季節とも言える。

「び、ビヤガーデン、いいです、よっ!」
 三橋は両手をぐっと握って、鼻息荒く力説した。
 混雑や行列を面倒くさがる恋人の阿部も、ビヤガーデンは好きなようで、たまに2人で出かけてくれる。
 ウィンナーやフライドポテト、ザワークラウト、チーズなどが定番のつまみだが、焼き立ての巨大プレッツェルなんかも結構好きだ。
 夏だけじゃなく、秋のビヤホールもまた、涼しくていい。
 店によっては扱ってるビールの銘柄も違うし、中には世界各国のビールを50種くらい飲み比べられる店もある。
「去年、阿部君、あっ、ど、同居してる阿部君、です、けど、50種類全部飲むまで、通う、って」
 ふひふひ笑いながら三橋が話すと、高瀬も感心したように相槌を打つ。
「へー、いいなー、仲良くて。ビール飲みそうだもんな、三橋のダンナ」

「だっ……ダンナ……」
 カーッと赤くなっている三橋をよそに、高瀬は高瀬で「オレもカズさんと……」などと呟いていたが、三橋の耳には届かなかった。
「おススメの店あるんなら、教えてよ。オレも、カズさん連れてく前に、自分で下見しときてーし。今度行かねぇ?」
 高瀬の誘いに、「カズさん?」と首をかしげたが、訊いていいのかどうか分からず、「行き、ます」とだけ答えておく。
「ダンナにもよろしくな」
 と、そう言われれば、妙に嬉しい。
 榛名や秋丸など、阿部との仲を知っている人間も皆無ではないが、比較的ゲイには寛容だと言われるNYでも、マイノリティには違いない。
 こんな風に、初対面から理解を示してくれるのは珍しくて――だから、この笑い上戸の隣人とは、今後も仲良くしたかった。

 阿部が帰宅してから、高瀬に会ったことを少し話した。
「ご、ご夫婦ですか、って言わ、れた」
 真っ赤になりながら報告すると、阿部は「へぇ」と少し驚いた顔をした。
 元々ノーマルだった三橋と違い、ゲイを公言していた阿部だから、高瀬のような態度が珍しいのも分かるだろう。
「仲良くなれそうか?」
 その問いに、元気に「うんっ」と答えると、阿部は苦笑して優しく頭を撫でてくれた。
 高瀬との雑談も楽しかったが、やはり三橋が好きなのは阿部で、阿部といる時のようなトキメキは、高瀬に対しては感じない。
 好きだなぁと思って抱き付くと、「何?」と優しく訊かれてキスされる。
 イチャイチャして貰えて嬉しい、けど――。

「てめぇ、仲良くすんのはいーけど、ほどほどにな? 浮気すんなよ?」
 耳元でぼそっと囁かれ、ぞくっとしてドキッとした。


 翌日、高瀬との約束通り、余ったミニ笹を職場から持ち帰った。自分用にと高瀬用にと、2本である。
「良かったら先生、折り紙もどうぞ」
 職員がそう言って、余った折り紙も分けてくれた。
「短冊は、赤・青・黄色・白・紫の5色が基本ですけどね、先生、恋愛の願い事なら、緑がいいですよ」
「えっ、ふえっ!?」
 中年の女性職員にこそっと言われて、思わず動揺してしまったが、いつまで経っても女っ気がないので、からかわれても仕方ない。
「お見合いとか、しないんですか?」
 くすくす笑われても「間に合ってます」とは言えなくて、キョドって真っ赤になるしかなかった。

 貰った折り紙の半分と、樹脂製のミニ笹を届けると、高瀬は喜んで、部屋に招待してくれた。
「まだ片付いてねーんだけど」
 高瀬は謙遜して言ったが、段ボールが積んであるくらいで、すっきりしたものだった。
「三橋も1枚書いてけよ」
 冷えたお茶と一緒に、高瀬が黒い油性ペンを持って来た。
 懐かしい日本製のマジックペンに、おおっ、っとテンションが上がる。
 何を書くかというと、勿論短冊を書けと言ってるようで、高瀬は渡したばかりの折り紙を、適当に数枚半分に切った。

 短冊の色は、陰陽五行にちなんで五色に決まってるのだが……高瀬の方に、それを気にする様子はない。
「はい」
 と、渡された短冊は緑色で、偶然だけどまた「おおっ」と思った。
『恋愛の願い事なら、緑がいいですよ』
 昼間、職員に言われたことを思い出す。
 三橋にとって、恋愛といえば連想するのは阿部だけで――その阿部に関して、密かに願いたいことがあった。
 職場の笹飾りの短冊には、結局「幸福」としか書けなかったのだが。

 阿部君と、2人で花火デートしたい、な。と、個人的な願い事を、まだ諦め切れた訳じゃなかった。

(続く)

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あきゅろす。
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