Season企画小説
体も態度も大きなムスコ(2014父の日・社会人・養子縁組)
6月半ばの日曜日、いきなり阿部君にプレゼントを渡された。
「うえっ、な、何?」
驚いて訊くと、阿部君はニヤッと笑って「開けてみて」って促してくる。
赤いバラの印刷された、デパートのらしい包装紙を開けると、中身は高級そうなネクタイ、だ。
光沢のあるシルバーブルーに、細かな黄色い柄が入ってる。
阿部君は格好いいから何でも似合うけど、オレは割とこういう、渋くない色合いのが好きだった。オレの好みに合わせてくれたんだなって、嬉しい。
「気に入ってくれた?」
得意げに訊いてくる阿部君に、こくこくとうなずく。
「あ、ありがとう。で、でも、なんで?」
誕生日は先月だし、クリスマスは先だし……特に何かの記念日だって訳でもない。
役所に「家族」になる届け出をしたのだって、6月じゃなかったし。じゃあ、何のプレゼントだろう?
そりゃ、オレだって会社員だし、ネクタイは必需品だし、嬉しい、けど。
理由が分かんなくて、肩を縮ませてたら、阿部君は「ははっ」と楽しそうに笑って、種明かしをしてくれた。
「カレンダー見ろよ」って。
「カ、レンダー?」
ほら、と促されて立ち上がり、壁に貼ってるカレンダーを見に行くと……今日、日曜日んとこには「父の日」って書いてある。
「ち、父、の日?」
首をかしげながら呟くと――。
「父だろ? お養父さん」
後ろに立ってた阿部君に、いきなり耳元で囁かれてドキッとした。
「お、とう、さ……」
阿部君のセリフを反すうしながら、じわじわと顔が熱くなる。阿部君とオレは去年、養子縁組を結んでた。
法律で、誕生日が早い方じゃないと養父側になれないって決まってるらしいから、オレの方が養父で、阿部君は養子、だ。
だから、オレが「おとうさん」で間違いはないんだ、けど。面と向かって言われると、すっごい恥ずかしい。
「こ、こんな不意打ち、ズルい」
真っ赤になりながら文句を言うと、阿部君は「ははっ」と快活に笑った。
「不意打ちだからいーんだろ」
って。サプライズのつもり、かな?
でも、後悔してないぞっていう意思表示みたいで、何かちょっと嬉しかった。
阿部君と養子縁組の届けを出したのは、去年の冬のことだった。
高校の時からずっと、何ていうかズルズル付き合い続けてて、10年。このままでいいのかなぁって、ここ2、3年は、考えることも多かった。
阿部君も、あまり態度には見せなかったけど、考えてそうなのには気付いてた。
合コンにはカモフラージュも兼ねて、割と積極的に参加してたし、気にしなかったけど……親戚から持ち込まれる見合い話は、ちょっと困る。
それに合コンだって、いつまでも「いい子がいなくて」っていうポーズが、通用するとは限らない。
「参加回数多い割に、毎回抜けねーな、お前。飲みに来てるだけか?」
そんな風に、先輩から突っ込まれた時は、どうしようかと思った。
秘密のカノジョがいるならともかく、付き合ってる子はいません、って言ってたし。
でも、カノジョがいますってウソでも言っちゃうと、「写真見せろ」とかうるさいし。
阿部君も、きっと同じ状況だったんじゃないのかな?
特に彼はオレと違って、格好いいから余計に大変だっただろうって思う。
阿部君の親戚は、見合い話なんて持ち込まないかも知れなかったけど……その代わり、女の子からの直接的なアプローチは多かったみたい。
小さな危機は、何度もあった。
そのたびに、ケンカしたり、泣いたり、話し合ったりして、乗り越えてきた。
去年は特に、生活面でもすれ違いが続いてて……。一緒に住んでるのに、顔すらまともに見れないことも多かった。
阿部君が、物思いに耽るようになったのは、夏頃だ。
呼びかけても、考え事してるとかで反応が遅くて。何を考えてるんだろうって、予想してはゾッとした。
もうやめにしよう、って、いつ言われるかと怯えてた。
冬になって、「話がある」って真剣な顔と声で言われたときは、ホントに覚悟した。
『別れよう』
そう言われても、取り乱したり泣き縋ったりしなくてすむよう、笑顔で「うん」って言ってあげられるように、何度も頭の中でシミュレーションしたんだよ?
なのに、阿部君の話っていうのは真逆の内容で……。
「養子縁組みしねーか?」
そんなセリフと共に、必要書類と戸籍謄本をバンッと机の上に出されて、ビックリして声も出なかった。
阿部君の方には、もう署名も捺印も押されてて。
「しょ、書類、役所に取りに行ったの?」
驚いて訊いたら、「気になんのはそこか?」って笑われた。
でも他に、何て言えばいいか分かんなかったんだ。胸がいっぱいで。嬉しくて。不安で。
「出すときは、一緒に出そうぜ」
頭を優しく撫でながら言われて、情けないけど涙が出た。
勿論、養子縁組って「家族」になるってことだから、当人だけの問題じゃなくて。冬の間、色々揉めたりとかも多かったんだけど、それでもなんとか、半年経った。
体も、内緒だけど態度も、オレより大きな息子ができて、半年。そういえば、初めて迎える父の日、だ。
「阿部君、ありがとう!」
抱き付いて礼を言うと、阿部君はぎゅっと抱き返してくれながら、くくっと笑った。
「もう『阿部君』じゃねーだろ、廉」
ちゅっとキスされて、ふひっと笑う。確かに阿部君は、もう「三橋」だ。でも10年「阿部君」でやってきたんだし、なかなか慣れなくて困る。
「じゃ、じゃあ、隆也君。ありがとう」
オレは改めて彼にお礼を言って、もっかいその胸に抱き付いた。
チチオヤなのに、ムスコにぎゅっとして貰って、安心して落ち着くなんて、変な話だと思う。
「こ、子供の日、過ぎちゃったけど、お礼、どうし、よう? 来年?」
呟くように尋ねると、「いらねぇ」って言われた。
「オレ、オトナだし」
そんなセリフと共に、いきなりひょいっと抱き上げられる。
「お礼なら、今ちょーだい」
って。まだお昼なんだ、けど。でも拒否権はない、みたい。ベッドルームに連れて行かれて、あっという間に裸にされた。
「こういうのも近親相姦になんのかな?」
阿部君が服を脱ぎながら言ったけど、考える前にキスされて、結局答えられなかった。
この先ずーっと一緒だ、って、分かってればそれでいいと思った。
(終)
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