Season企画小説
招かれざる訪問者・後編
「えっ、阿部?」
ビックリした。
えっ、じゃあ、三橋を追ってるヤツって、阿部のコト? え、何で?
高校時代、一緒に白球を追った仲間だし、2人のことはそれなりに知ってたハズだけど……特別仲良くもなく、仲悪くもなく、って感じじゃなかったっけ?
そんなことを考えて呆然としてると、ぐいっと鉄扉を掴まれて、引き開けられた。
「三橋、いるんだろ?」
一瞬迷っちゃったけど、うん、でも、三橋のあの怯えようはハンパなかったし。ここは匿った方がいいんだよ、ね?
「ええっと、いや、来てないよ」
けど、オレがそう言うと、阿部は「ふーん」と不服そうに鼻を鳴らして、狭い玄関に視線を落とした。
そこにはびしょ濡れの三橋の靴があって――。
「そうか、来てねーのか」
阿部が低い声で棒読みに言った。
三橋じゃないけど、ドキーッとした。
「まあいーや。それより、ワリーけどタオルかなんか貸してくんねぇ?」
びしょ濡れの相手にそう言われたら、断るのも不自然だ。
「分かった、ま、待って」
そう言って、脱衣所の方に取りに行く。
ユニットバスをちらっと見たけど、浴槽の中にでも隠れてるのか、三橋らしい人影は見えない。
ちらちら気にしながら出ていくと――。
「えっ!?」
阿部が、靴を脱いで上がり込んでる!?
いや、まあ、トモダチだし、不自然じゃないけど。えっと、待って。
「ぬぬぬ濡れるから、ちょっとそこで待っててよ」
三橋みたいにドモりながら押し留めようとすると、持ってたバスタオルが「サンキュー」ってサッと奪われた。
阿部がそれでガシガシ頭を拭きだして、いや、いいんだけど落ち着かない。
どうしよう? どうすればいーの?
ドキドキしながら通せんぼするように立ってると、阿部はオレの頭越しにぐるっとワンルームを見回して。
「ワリーんだけど、トイレ貸してくんねー?」
にこっともしないでそう言った。
無茶苦茶怖い。
お腹痛い。
「ト、イレは今ちょっと……壊れて、て」
いや、我ながら苦しい言い訳だなぁと思ったけどさ。
「へぇ……」
って、冷たい目で眺めることはないんじゃないかな?
「そこにコンビニあるからさ……」
行って来なよ、と言おうとした時。ピーンポーン、とインターホンが鳴った。
今度こそピザだ。
オレは財布を握ったままで。
阿部が「はーい」と返事して、アゴでくいっと玄関を差し、早く行けと促してくる。
オレが1歩前に出ると、阿部はスッと脇の壁に体をつけて――スルッと入れ違いに、ワンルームの方に入ってった。
カチャッとドアを開けると、そこに立ってたのは元チームメイトでも、旧友でもなく、ホントに普通にピザ屋さんで……。
「大変お待たせ致しました、スペシャルデラックスミックスセット、クリスピータイプMサイズと、フライドポテト、コーラ1本でよろしかったでしょうか?」
スタッフのお兄さんのセリフに被るように、部屋の奥から「三橋ィ!」っていう怒鳴り声が聞こえたけど、どうしようもできなかった。
「2130円でございます」
とか言われて。
小銭を出してる最中、ユニットバスの中折れ戸がダーン、と叩かれる音が響いて来て、ホント勘弁して欲しかった。
配達のお兄さんは、ビックリしてたみたいだけど……。
「それから、お誕生日おめでとうございます。本日、こちらサービスになっております」
早口でそう言って、袋に入ったコーラの缶をもう2本、計3本、オレに押し付けて帰ってった。
「は、は……」
そういやオレ、今日誕生日だったね。なんか、全然そんな気分じゃなくなっちゃったけど。
でも合計3本になったコーラを見ると、この日アイツらが転がり込んでくるのって、決まってたのかなぁって気もする。
当のアイツらは、修羅場だったけど。
脱衣所の中、ユニットバスの中折れ戸を前に仁王立ちになってる阿部に、はあーっ、と深くため息をついて、オレはピザやコーラをローテーブルに置いた。
もう、いつまで経っても学習しないヤツだねぇ。そんな風に立ってたら、余計に三橋は出て来ないでしょー?
「阿部、ちょっとどいて。任せて。……三橋?」
そう言って阿部をどかし、ユニットバスの中に呼びかける。
「大丈夫だよ、オレがついてるから。阿部に絶対手出しさせないから、出ておいでよ。ピザ食べよ?」
そしたら、中から三橋が震え声で返事した。
「あ、あ、あ、あ、阿部君、お、お、お、怒って、る?」
怒ってない、ようには見えないけど、ここはウソでも「大丈夫だよ〜」って言っとかないと始まらない。
「阿部、もう怒鳴ったりしないよね?」
笑顔で睨みながら言ってやると、阿部はムッとしたように顔を逸らした。一応……反省してるのかな?
「ほら、怒ってないって。ピザ冷めちゃうよ?」
そう言うと、しばらくして中折れ戸越しに、三橋のシルエットがのっそりと動いた。
ガタン。中折れ戸の開く音がする。
「さ、栄口、くん……?」
三橋が震え声を出しながら、顔を見せると――。
「三橋、ゴメン!」
阿部がそう言って、土下座したんで驚いた。
その後はまあ、なんとかなだめつつテーブルにつかせ、Mサイズのピザを分け合って、コーラで仲直りの乾杯したんだけど……2人の話を聞いても、よく理解できなかった。
阿部が押し倒そうとして、それに驚いた三橋が、阿部を殴り倒して逃げた、とか。
「ケン……カ?」
じゃないよね? 分かってるけど、言ってみただけっていうか……えーと。
「阿部君、い、痛かった? ごめん」
「いや、オレもごめん。いきなりでビビッちまったよな」
って、そこまではよかったんだけど。
「う、うううううん、ビックリした、けど、イヤじゃない、んだ。でも」
「分かってる、ゆっくり進もうな」
とか。これ、何だろう?
ピザも食べ尽くして、コーラも飲み尽くして、横でそういう会話されると、間が持たないんだけど。
「あべくんっ」
「みはしっ」
って。手を握り合って、見つめ合うのはやめてくれないかな? なにこれ、どんな拷問? どうしたらこの会話、途切れるの?
というか、今オレ、完全に空気だよね?
ケー……キ? 食べようかー、って言ったら、オレのことも思い出すかな? そんで、食べ終わったら「じゃあ、そろそろ」みたいな展開になってくれるかな?
でも2個しかないんだけど。
っていうか、オレのなんだけど。
いや、あげたくないっていう訳じゃないんだよ? でも今日、オレ誕生日でさー、一人で過ごすのはちょっぴり寂しいけど、寂しいなりにのんびりと、美味しい物を食べて過ごそうと思ってたのに。
こんな――賑やかさはいらなかった。
むしろ賑やかどころか、疎外感ハンパないんだけど。今日の主役って誰なの、かな?
えっと、このままオレ、我慢すべき? それともケーキを差し出して、静寂を取るべき?
でも万が一、ケーキを食べた後も居座られたら、ダメージ大きいんだけど。
いや、ケーキが惜しいって訳じゃないんだけどね?
ないんだけど……。
……どうしよう?
(終)
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