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Season企画小説
招かれざる訪問者・前編 (2014栄口誕・社会人)
 カノジョのいない1人暮らしだと、誕生日を特に祝われることもない。
 だからそういう時は、1人でケーキを買ってきて、1人で食べてゆっくり過ごす。ロウソクも「おめでとう」のプレートもないけど、オレだけのバースデーケーキだ。
 正直、寂しくないって言ったらウソになるけど、そういうことは考えたら負けだよね。
 だから、今日も昼間買い物のついでに、近くのケーキ屋さんに行って、カットケーキを買ってきた。南国フルーツのタルトに、ベリーベリーショートケーキ。
 色々あって迷ったんだけど、結局1つに絞れなくって。でも誕生日だし、これくらいの贅沢は許して欲しい。
 あと、この際だから贅沢ついでに、宅配ピザも頼んじゃった。
 夕方から雨になったけど、買い物中には降らなかったし。今日は洗濯物も干してないから、何の憂いもない。
 一人だけど、静かで穏やかで、のんびりした誕生日を過ごすつもりだった。

 さあ、じゃあピザが来る前に、ケーキを1個食べようかな。
 冷蔵庫から白いケーキ箱を取り出し、甘い匂いを嗅ぎながら、どっちを食べようか考える。
 やっぱり、甘酸っぱいタルトが先かな? それとも、ピザで満腹になる前に、ショートケーキいっとく?
 にやにやしながら手を伸ばした時――ピンポーン、とインターホンが鳴った。
 ピザかな? もう来たの?
 あれ、さっき電話したとき、『本日大変混み合っておりますので、お時間1時間ほどかかるかも知れません』とか言ってたのに。どうしたんだろう?
 でも、遅くなるよりはマシかと思って、財布片手に「はーい」と玄関の戸を開ける。
 けど、そこにいたのはピザ屋じゃなくて――。

「さ、栄口君、た、助けて。追われてる、んだ……!」
 そんな不穏なセリフを言いつつ、キョドキョドビクビクと何度も後ろを振り向いてる、高校時代のチームメイトだった。

「えっ、はあ!?」
 追われてるって、誰から!?
 ビックリして訊き返すと、びしょ濡れの元チームメイト・三橋はオレの声にビクッと震えて、「ご、ごめんっ」って頭を押さえた。
 三橋は元々キョドリだけど、いや、ちょっと待って、コレ、ただ事じゃないのかも?
 内心ビビったけど、すぐに中に入れた。
「中入って! 待って、タオル!」
 ばたばたと浴室の方に行き、脱衣所からバスタオルを持って来る。

 体を動かすと、頭も動き始めたみたい。
 シャワーを浴びさせた方がいい、とか、着替えも貸してあげなきゃ、とか、やるべきことが次々に浮かぶ。
 誰に追われてるのかとか、話を聞くのは後でもいい。今聞いても、多分理解できないし。
「三橋、シャワー浴びといで」
 オレはそう言って、三橋の背を押して浴室の方に押し込んだ。
 三橋は「う、え?」って戸惑ってたけど、少々強引にしてあげないと、彼の場合はひたすら遠慮する性格だから。
「いいから、いいから。服脱いで。着替え出しとくから」
 オレはそう言って、ユニットバスの明かりを点けた。

 間もなくシャワーの音が聞こえ出したから、言った通りにしたんだろう。よしよし、と思いながら、三橋に貸す服を物色する。
 幸い、下着は未開封のストックがあったからそれを貸して……服は適当でいいよね。
 脱衣所に着替えを届けたり、濡れた玄関を拭いたり――テキパキと動いてる途中で、ハッとローテーブルが目に入った。
 そこには白いケーキ箱が置きっぱなしで……ケーキは2つしかなくて……いや、2人に2つだし丁度いいんだけど……でも……。一瞬迷ったけど、そっと封をして冷蔵庫にしまっとくことにする。
 冷蔵庫を閉めると同時に、ユニットバスの中折れ戸がガタンと開いた。

「着替え、置いといたから。そんで、洗濯乾燥すぐにできるから、濡れたもの洗濯機入れなよ」
 ワンルームと脱衣所とを仕切る、ビニールカーテン越しにそう言うと、カーテンの向こうから「う、うん」っていう弱々しい返事が聞こえた。
 やがてオレの服を着て、三橋がおずおずとカーテンから出て来る。
 濡れた猫毛がへにゃーっとなってて、三橋の気分のまんまだと思った。

「あ、の、ありが、とう」
 頭を下げる三橋に、「いいよー」と答えながら、ラグの上に座るよう促す。
 こんな時にきちっと正座しちゃうとこは、相変わらずだ。
 まったく、こんな礼儀正しいいい子が、一体何に追われてるんだろう?
 警察……とかじゃないよね。借金取りとか? それとも女とか? まさかなぁ、と思いつつ、温かいお茶を勧めながら、さり気なく訊いた。
「あのさ、差し支えなかったらでいいんだけど……教えて? 誰に追われてんの?」

 すると三橋は、お茶をゴトッと落とすように置いて、青い顔でガタガタと震えだした!
「お、お、お、お、オレ……っ、あ、あ、あ、あ、あ、お、お、お、お、おっ、追われっ」

 いや、まあ、三橋って昔からそうだったしね、今更驚かないんだけど。でも困ったな、こんな感じじゃ状況も分かんないし。次にどうするかも判断できないよね。
「まあまあ、落ち着いて」
 オレは三橋の背中をさすりながら、ケーキのことをちらっと思った。
 甘い物食べさせたら、落ち着くかな? それとも遠慮するかな?
 いや、決して、もったいないとか、あげたくないとか、そんなことは思ってないんだけどね?
 でも……どうしよう?

 と、そう思ってた時だった。
 ピーンポーンとインターホンが鳴って、三橋が「ひゃあっ」と悲鳴を上げつつ、脱衣所の中に逃げ込んだ。
 ユニットバスの戸がガラガラガコン、と閉まって、更に逃げ込んだんだなって分かる。
 いやいや、怯え過ぎでしょー。
「大丈夫だよ、ピザだよきっと」
 時計を見ると、注文してそろそろ1時間だし。今度は間違いないと思う。
 カーテンから覗き込んで、安心させるように言ってあげたけど、三橋からの返事はない。

 ホント、ハンパなく怯えてるねぇ。相当ヤバい相手かな?
 なんかその怯えよう見てると、オレもお腹痛くなってきた。けど、催促するようにピンポン鳴るし、三橋が閉じこもっちゃってるし、トイレに行ってる状況じゃない。
「はーい」
 オレは財布を片手に持って、カチャッと玄関のドアを開けた。けど、そこに立ってたのはピザ屋じゃなくて――。

「ワリー、突然だけど、三橋来てねぇ?」

 そう言って、濡れた髪を掻き上げる、2人目の元チームメイト・阿部だった。

(続く)

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