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Season企画小説
期間限定で別れようと言われたら・6
 家に帰りたくねぇ。
 あと三日だ、分かってる。
 分かってるけど、もう見たくねぇ。
 金曜日。
 朝起きて、あの女の作った朝メシ食べて、あの女の作った弁当持って、頑張って午前中授業受けた。
 午後からは学生実験で、「また寝不足か」と泉にからかわれ、その後の研究室でだって、やっぱり集中できなくて、教授に「帰って寝なさい」と怒られた。

 眠れねーんだ。仕方ねーじゃん。
 週末だって、眠れねーよ。
 三橋は土日の二連戦、どっちかには先発で投げるんだろうけど、あの女は彼女ヅラして、試合見に行ったりすんのかな?
 どうせオレはバイトだし、見に行けねーから関係ねーけど。

 いつの間に「雪子さん」て名前呼びするようになったかとか、毎晩どうやって寝てんのかとか、考えたくねーし、知りたくねーし。
 いつだって部屋のドア開けっ放しなの、覗けって言ってんのか、見せつけようとしてんのか、訳わかんなくなってきたし。
 何で、オレのキス拒んだかとか。
 あの女に見られちゃ困るからか?
 それは、単純に見られたくねーのか、それとも知られちゃいけねー関係だからか。
 ……今はあの女が恋人だからか?

 家に帰りたくねぇ。帰ってあの二人の恋人ごっこ、もう寛容な気持ちで見守れねぇ。
 けど、帰らなかったら、あの二人はどうすんだ?
 オレの見てねーとこで、オレの知らねーとこで、あの魔女は三橋に、どんな魔法をかけるんだ?
 いっそ暴れて、大声で怒鳴って、「もうやめろ」つって叫んだ方がいいのか?
 それとも、このまま……このまま、あと三日、我慢してた方がいいのか?



 悩みながら、結局は昨日と同様、早めに帰って来てしまった。教授に「帰れ」って言われたら、帰るしかねーし。
 アパートのドアを開けると、今日はちゃんと、ダイニングに明かりが点いていた。
 玄関の靴を見る。三橋は……まだ帰ってねぇ。
 無言で靴を脱ぎ、さっさと自分の部屋に向かう。ダイニングを横切った時にちらっと見たら、あの女はオレのイスに座り、ダイニングテーブルの上で頬杖を突いてた。
 トマトを煮込む酸っぱい匂いと共に、鍋の蓋がカタコト音を立てている。
 その匂いはオレの部屋までついて来て、いたたまれない気持ちにさせた。

 荷物を置いて、ダイニングに戻る。
 冷蔵庫から牛乳を取り出し、そのまま飲もうとして、ああ、と思う。
 他人が一緒なんだ。直飲みはマズイよな。
 食器棚からコップを取り出し、牛乳を注ぐ。イライラする。
 鍋はまだカタコト音を立ててて……あれ、煮込むにはちょっと火が大き過ぎねーか? けど、大して料理知らねーオレが、口出していーもんか?

 つーか。何でオレがそこまで気を遣わなきゃなんねーんだ、よっ!

 バン!
 腹立ち紛れに、乱暴に冷蔵庫のドアを閉めると、中のビン類がキランカランと音を立てた。
 テーブルで頬杖を突いていた岩清水は、はっとして、ようやく顔を上げた。
 真っ白い顔で、ゆっくりとオレを振り返る。
 オレはちょっと気まずくて、牛乳を飲みながら、コンロの方をちらっと見た。

「鍋、いいんスか?」

 岩清水はぼんやりと鍋を見て、あ、って顔してゆっくりと立ち上がった。
 なんだ、気付いてなかったんか。じゃあ、声掛けねーで、さっさと火ぃ小さくしてやればよかった。
 ひとしきり鍋をかき混ぜ、ちょっと味見してから火を止めて、岩清水が言った。
「ご飯、もうお食べになりますか?」
「いや、三橋が帰ってからでいースよ」
「そう、ですか」
 岩清水は儚く笑って、ダイニングのオレのイスに、またストン、と座った。
 そのまま、ぼうっとリビングの方を見てる。

 別にTVも点いてねーし、気になることは何もねーけど?
 ああ、でも、カーテンが開けっ放しだ。オレはコップを流しの洗い桶に突っ込み、スタスタ歩いてカーテンを閉めに行った。
 ついでにTVを点け、ソファに座ろうとして……その上に散らかしてる、毛糸の山に気が付いた。
 無意識にため息が出る。

 また昼間、ここに座ったり寝転がったりして、編み物してたんかな?
 三橋のために。
 何編んでんだ、セーター?

 ごちゃっと丸められてんのは、黒とグレーの何かと、茶色とベージュの何か。えらくでかいもの作ってそうだな、よく分からねーけど。
 何となく、オレが触っちゃいけねー様な気がして、ソファに座んのは諦める。

 ふと視線を感じてダイニングの方を振り向くと、岩清水がじっとオレを見てた。
 真っ白い顔で。
 少し離れて見たせいか、肩が揺れてんのに気付いた。浅く呼吸するたび、肩が揺れる……喘いでる。
 オレを見てるってより……おい、目の焦点が合ってなくねーか?
「あんた、大丈夫なんスか?」
 急いで駆けつけると、岩清水はふっと笑って、「いつもの事です」と小さな声で応えた。
「安静にしていれば、治まります」
「じゃあ、寝てなきゃいけねーでしょ。ベッドに」

「いいえ!」

 オレのセリフを強く遮って、岩清水は小声で、だけどきっぱりと言った。
「ここで廉様をお待ちします。『お帰りなさい』言いたいし、一緒にお食事もしたい、です。だって、もうあと、三日しかない、です」

 あと三日……。

 そう言われたら、オレにはどうにもできなかった。

(続く)

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あきゅろす。
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