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Season企画小説
ギャップX・3
 暇な時は暇なのに、忙しくなるとホント、忙しくなるのがモデルっていう仕事だ。
 ファッションウィークが終わった後だし、今はレディースの方に注目が行っちゃってるから、ホントは少し暇な時期のハズなんだ、けど。
「レンくーん、仕事よぉ」
 って。語尾にハートマークつきそうな感じで、事務所の人に言われて、すっごいイヤな予感、した。
 こんな風にご機嫌な時って、大体ギャラのいい仕事、振られること、多い。
 それは勿論ありがたいんだ、けど、時々無茶振りされるから困る。TVとか、急な海外ロケとか。
 そんで、その予感は当たってて。

「アイドルグループの番組で、各業界のイケメンを集めて、2時間スペシャルやるんだって。オファー来たから受けといたわよ」
 って。冗談じゃない、と思う。
「うえ、無理、です」
 TVでなんて。喋れる訳がない、のに。
 首と手をぶんぶん振って断ろうとしたけど、「大丈夫よー」ってばかりで取り合って貰えない。
「喋らなくていいの。ひな壇に黙って座って、にこにこしてればいいから」
 そりゃ勿論、言われなくてもそうするけど。というか、話を振られても困る、けど。
 はあ、とため息をつく。
 なんか、忙しくなりそうだった。

 モデルなんてオレの他にもいっぱいいると思うんだ、けど。どうもTV局側としては、視聴者に分かりやすい肩書のモデルが欲しかったみたい。
 その点、「この間のミラノコレクション、NYコレクションに出た」っていうのは、いい材料だったみたい、だ。
 それだってオレだけじゃないんだけど、たまたま仕事が入ってなかったのと……日本を拠点にしてる人が少ないから、っていうのもある、かも?
「ショーの時の映像や写真、ちらっと流してくれるそうだから、悪い話じゃないのよ?」
 事務所の人の言い分も、まあ分かる、けど。向いてないのは否定しようがないから、できるなら遠慮したい。
 TVとかCMの仕事はギャラがいいから、事務所としてはおいしいんだろうし、仕方ないのかな?

「あの、3月末のファッションウィーク、は……」
 おずおずと訊くと、事務所の人は「ああ!」って手をパチンと打って、デスクの上にあった書類を出した。
「はい、東京コレクションね? 1次選考、通過してたわよ」
 忘れてたわー、って笑われたけど、オレとしてはこっちの方が大事、だ。春の東京コレクション。
 日本人デザイナーの勢いのあるブランドが多くて、老舗の高級ブランドとはまた違った感じのラインナップになる、かな?
 若手モデル中心になるかも、だけど。でも日本人としては、やっぱり東京コレクション、挑戦しておきたいよ、ね。

 2次選考の日程を確認してから、事務所の人にも把握して貰う。
「あの、3月中旬から、は、なるべく……」
「はいはい、こっち優先ね。覚えておくわ」
 軽い言い方にちょっと不安になったけど、もうだいぶ慣れた、し。それに、ミラノのエージェンシーの人の方が、もっと軽いからまだマシ、だ。

 英語もフランス語もイタリア語も、モデルスクール通ってた時に、専門学校でみっちりやったお蔭で、どこに行っても言葉はあまり不自由じゃない、けど。やっぱり、日本で日本語に囲まれてると、ホッとする。
 パリとかミラノとかで活躍したいって思う人は、本腰を入れるために、あっちに移住するのが多いみたい。
 オーディションだって1ヶ月前から始まるし、そもそもオーディション自体、現地のエージェンシー通さないと難しい。
 向こうでの住居探しも、人に任せっぱなしだと不安だし。
「レンはこっちに住まないの?」
 って、よく訊かれる。
 去年までは、海外生活に自信がなくて、って思ってた、けど。今は――。

 時間を見るフリして、ケータイの画面をじっと見る。
 去年の夏に撮った写真は、まだ待ち受けのままだった。

 
 さっきの書類だけ受け取って、「お願い、します」って挨拶してから事務所を出た。
 風が寒くて、ぶるっとしながらマフラーに埋もれる。
 ビルが邪魔で夕日は見えないけど、西の空がオレンジだ。夕方だけど、まだそんなに暗くない。
 陽が暮れるの遅くなると、春が近いなぁって思う。
 阿部君は今頃、バイトかな?
 バレンタインの時から、会えてなくて。もう1週間くらい、声聞けてない。
 阿部君から貰ったデザートとか、ファンの人から貰ったチョコとか、事務所の人からの義理チョコとか、消費するのが大変で。最近コンビニも行けてない、し。
 まだ家に、チョコあるんだ、けど。たまにはコンビニ、行ってみよう、かな?

 アルバイトとはいえ仕事だから、用事もないのに職場をチョロチョロしたらダメかなと思って、なるべく自重してる。
 ホントに買い物ある時じゃないと行ってない、し、阿部君がいないからって、用もないのに呼んで貰ったりもしない。
 だからタイミングが悪かったりすると、会えない時はホント、会えなくて――。

 ちょっぴりドキドキしながらコンビニの自動ドアをくぐると、店長らしいおじさんに「いらっしゃいませー」と声、かけられる。
 カウンターをちらっと見たけど、阿部君、いないみたい。
 コンビニの仕事は、そりゃ、レジ打ち業務だけじゃないんだろうなって分かるけど。
 カウンターにいないなら、奥、かな? 
 残念に思いながら、ドリンクの冷蔵庫の前を回ってデザートコーナーの方に向かう。
 デザートの棚も、いつもよりガランとしてて。
 阿部君もいなくて。

 ……寂しいなぁ。と、そう思ったとき、すぐ横の「STAFF ONLY」って書かれたドアが、カチャッと開いた。
 ハッと目を向けると、そこから出てきたのは、阿部君、で。
「……よー」
 ビックリ顔の後、苦そうに歪んだ笑みを向けられて、ぽんと肩を叩かれて、ドキッとした。

(続く)

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