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Season企画小説
ギャップX・2
 阿部君をうちに置き去りにして、逃げるように仕事に出た。
 っていうか、余裕だと思って支度してたら、結構ギリギリになっちゃって。阿部君を「早く出て」ってせかしたり、追い出したりしたくなかったんだ。
「オレ、仕事行く、けど、阿部君、は、ゆっくりして、て」
 ロングのダウンコート羽織りながらそう言うと、阿部君、びっくりしてた。
「えっ、でも……」
 って。
 あ、カギ、心配なの、かな?
 でも、合いカギは、じーちゃんが持ったまま、だ。ここ、じーちゃんが買ってくれた部屋、だから。
「も、もし帰る、時? オートロックだ、から、ここ、そのまま出ていい、よっ」

 ホントは、仕事終わるまで待ってて欲しかったけど、何時に終わるか分かんない、し、ワガママ言っちゃダメ、だよ、ね?
 阿部君は「はあ?」って、納得してなさそうだったけど、仕方ない。
 おもてなしできなくて、悪かったなって思ったけど、『気を付けて行けよ』ってすぐにメールくれたから、怒ってなさそうだな、と思ってホッとした。


 新宿のフォトスタジオで4時間くらい撮影した後、遅めのお昼ご飯を食べてからインタビューになった。
 日本では当たり前の感覚だけど、「10時集合」って言われて10時少し前に行くと、スタッフの人が全員集まって準備してた。
 こういうの、日本だなぁって嬉しく思う。
 だってパリとかで雑誌の撮影に行くこともあるけど、「10時集合」で10時に来てる人なんてまずいない。いたら逆に、感動するくらいだ。
 インタビューの時その話をしたら、「もっと詳しく」って言われた。ただの雑談のつもりだったのに、いいのか、な?
 メインの話題は、この間のNYコレクションに関してだったんだ、けど。
 今はちょうど、レディースのファッションウィークの真っ最中、だ。メンズはNYが最後だったけど、レディースはNYから始まるみたい。
 撮り立てのレディースの写真と、今日のコレ、それからNYでのオレの写真とを色々ミックスして、多分格好よく仕上げてくれるんじゃない、かな?

 この間のNYは、ブランドからオファー貰って、オーディションなしで参加できてよかった。
 その代わり、日程が合わなくて断っちゃった雑誌もあったりして、申し訳ないなーって思う。
 ファッション業界は景気にどうしても左右されちゃって。あんまり不況が続くと、雑誌でのブランドの紹介も、モデルを使わないで服の写真だけになっちゃったりもするんだって。
 だから、モデルに起用してくれる雑誌は、とても貴重だ。それに実は、ショーに出るより雑誌の方がギャラが高い。
 でもモデルやるからには、やっぱりコレクションに出たいし。ショー優先でやりたい、よね。

「NYでは滞在中のご飯、何食べてたの? 外食多め?」
「あ、普通に米とか、野菜とか、です。自炊、します」
 記者さんの質問に答えると、「へぇ」って驚かれた。ハンバーガーとかホットドッグとか、ファストフードのイメージある、みたい?
「野菜、スーパーにいろんな種類売ってます、よ。ニューヨーカー、は、ヘルシー嗜好高い、らしい、です」
「自炊ってことは、アパートメントとかに住んじゃうの?」
「え、と、短期のシェア探したり、とか、同じエージェンシーの仲間と、一緒にマンスリー借りたり、とか?」
 オレのたどたどしい説明を、記者さんは「ふむふむ」ってメモしてく。勿論、録音もされてるんだと思う、けど。
 こんな感じのインタビューなのに、雑誌を読むと、すごく説明上手な風に編集されてて、スゴいなぁっていつも感心してばっかだ。

 先月、ファッションウィークが終わった後、NYでこの雑誌のスタッフさんやカメラマンさんと、いろんなお店で取材、した。
 オーガニックチョコの専門店、とか、おしゃれ雑貨のお店、とか。
 雑貨屋さんでは、「読者さんにオレからのお土産」っていうコンセプトで、景品用にいくつかの小物を選んだりした。
「レン君の好きなの選んで」
 って言われて、戸惑った。
 でも、女性雑誌だから、読者は女性だよ、ね。
 そう思って、お母さんやイトコの瑠里にお土産選ぶみたいな気分で、好きそうなのを見繕った。

 オーガニックチョコのお店では、取材の後でこっそり、自分用にチョコを買った。
 自分用、っていうか、阿部君用、だけど。
 カカオ多めでナッツ入りのとか、ココアパウダーまぶしてあるのとか。種類も色々だし、形もどれも可愛くて、選ぶのにちょっと苦労した。
 ……阿部君、食べてくれたかな?

 そんなことを考えてたから、「レン君、バレンタインは?」って不意打ちで訊かれて、すごく焦った。
「ふえっ? チョコ?」
 って。上ずった声で訊き返しちゃって、記者さんに爆笑された。
 周りに控えてたスタッフさんにも、くすくす笑われて、恥ずかしい。
「オフレコで教えて」
 記者さんが耳に手を当ててそう言ったけど、ぶんぶんと首を振る。
 別に、アイドルとかそんなんじゃないし、恋人の有無なんて関係ないと思う、けど。でも、オレの場合は……。
 じわっと顔が熱くなる。

「やだー、レン君、可愛い〜」
 記者さんに言われたけど、それって誉め言葉じゃない、よね。
「読者の皆様も、そんなレン君がますます好きになると思うよー」
 とか、ケラケラ笑いながら言われても、あまり説得力がない。
 大体、元からオレ、赤面症、だし。そりゃ、カメラの前ならすうっと集中できるけど、こういうインタビューの時なんかで、赤くなるのって珍しくないと思う。
 カシャーカシャー、カシャーカシャーって、向こうでカメラマンの人がシャッター切ってる音がした。
 うお、こんな顔、撮るの?
 慌ててちょっとキョドっちゃったけど、でもよく考えたら、掲載写真の候補は事務所に1度上がってくる、し。
 あんまり恥ずかしい写真はきっと、事務所がストップしてくれるよね?


 結局、話が思いっきり逸れちゃって。写真の確認作業もあったりで、解放されたのは夜の8時過ぎだった。
「レン君、ご飯どう?」
 スタッフさんたちに誘われたけど、「いえ、今日は」って、申し訳ないけど断った。
 阿部君どうしてるかな、と思ったんだ。
 仕事中、ずっとオフにしてたケータイの電源を、駅まで歩きながらオンにする。メールも何も来てない、けど。もう帰っちゃった? それともまだ、うちにいる?
 あ、でも、食べるものって五穀米と煮物しかない、し。お腹すいて、帰っちゃってる、よね?

 駅に着いてから、西口の大きな「目」の前で自撮りして、阿部君に写メを送る。
――仕事、終わったよ!――
 でも、返信はすぐには返って来なくて。

「ただ、いまー」
 ドキドキしながらカギを開けた部屋の中は真っ暗、で。阿部君は、やっぱり帰っちゃった後だった。

(続く)

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